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制限時間(曽良→芭蕉)
by ハタセ  
R指定:---
キーワード:ギャグマンガ日和(曽良→芭蕉)
あらすじ:旅の途中、芭蕉が怪我を負った。そんな芭蕉を見兼ねた青年が芭蕉に近付こうとした矢先、曽良がそれを拒んだ。その曽良の態度に怒った芭蕉は曽良を嗜めるが……時間の許す限り芭蕉さんと一緒に生きたいと願う曽良くんのお話です。
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【制限時間】


「うひゃあああ!」

「………」

芭蕉さんはよく転ぶ
それはもう何も無い所でも不自然な程にこける
耄碌ジジイだからか足腰が弱い

「イタタタ…もう嫌だ帰りたい」

「………」

そしてすぐに泣き言を言う
ジジイの癖に我慢が出来ない駄々をこねる子供のように

「マーフィーくんだって帰りたいよね?そうだよね?」

「………」

そしてよく分からない古ぼけたぬいぐるみを出してきては語りかける日々
実はもうボケ始めているのではないかと本気で疑う時もある

「うわっ!膝擦りむいてる!松尾ショック!略してマック!」

「馬鹿な事言ってないでいい加減立ったらどうなんですかみっともない」

「師匠に向かってみっともないって…!君はどこまでも非情な弟子だな!私泣くよ!?」

「お誉めに預かり光栄です」

「ええっ!?誉めてないよ曽良くん!」

「ほら人が見てますよ芭蕉さん
恥ずかしいのでとっとと立ちなさい」

「恥ずかしいって…師匠に向かってなんて口の聞き方なの?!もう嫌だこの弟子…うぅ、それにしてもあんよが痛いよぉ」

僕と芭蕉さんがそんなやり取りをしている間に一人の男が芭蕉さんに近寄ってきた

「あの、大丈夫でしたか?
先程尋常じゃない転び方をしていたので少し心配になりまして…」

丸めがねをかけた見た目僕の年齢とさして年端は違わないであろう青年は芭蕉さんにそう言葉を投げかけた。

「え?あっ私?ああそれなら大丈夫!
私これでも骨だけは丈夫だから!」

ヘラリと芭蕉さんがその男に笑いかけた

ピリッとこめかみが痛む

「あの僕、実は医者のたまごをやっておりまして、足の方を少し診せて頂いてもよろしいでしょうか?
足首を痛めているかもしれませんので」

「まままマジで?じゃあお言葉に甘えて…「芭蕉さん」

その男が芭蕉さんに触れようとした瞬間
僕は男よりも先に芭蕉さんを引っ掴み無理矢理立たせていた

「曽良…くん?」

「この人は大丈夫です。
殺しても死なないような人なので…
ですからもう芭蕉さんの前から消えて下さい」

「え?」

医者と名乗る男はキョトンとした顔で僕を見た
その変わり慌てたのは芭蕉さんの方だったらしく
僕の袖を引っ張り

「なっ何て事言うの曽良くん!
せっかく親切にしてもらったのにそんな言い方は良くないよ
ほら謝って」

普段ではあまり見せないような真剣な眼差しで僕を見る芭蕉さん

ああ…胸糞悪い

「……先程は失礼致しました。
お気を悪くされたのなら謝ります」

心の中で舌打ちをしながら僕は頭を下げて男に形だけの謝罪を述べた

「ああ、いえいえ、お怪我をされてないのなら良いのです
僕もついついでしゃばってしまい、いやお恥ずかしい限りですよ。
では僕はこれで失礼致します
良い旅を」

男は深々と会釈をしてその場から去っていった。

どうやら本気で怪我を心配してくれただけのようで僕は内心でホッと息を吐いた。

「礼儀正しい青年だったね曽良くん
彼、きっと良い医者になるね」

「そう……ですね」

「どこか悪くなったら彼に診てもらおうかな」

「…いいんじゃないですか」

「曽良くんもそう思う?
いやー久しぶり良い人に出会ったなぁ」

「…ッ」

芭蕉さんの口から放たれる彼への賞賛が酷く胸に突き刺さる



いったい彼があなたに何をしてくれたと言うのか?



「彼の名前くらい聞いとくべきだったね
ねっ曽良くん」



名前を聞いてどうする気ですか?
もう二度と会えないかもしれない相手の名前なぞ覚える必要もないでしょう?



ああ、非常に気分が悪い



「……やめて…下さい」

「曽良くん?」

「聞きたくないんですよそんな言葉!!
あんたは俳句の事だけを考えていればいいんです!」

「!?」

気付くと僕は芭蕉さんの胸倉を掴み上げそうまくし立てていた

「曽良くん?曽良くんどうしたの?なんで怒ってるの?」

「それはあなたがっ……」



『あなたの傍に居るのは僕だけで充分だ』



なんて馬鹿な事



言えるはずが無い



伝えたい言葉は素直ではない自分の口からは決して出て来てはくれない
そんな都合の良い脳みそなんざ詰まっちゃいない



「私が…何?」

「…ッ」

僕は掴んでいた芭蕉さんの胸倉をそっと離した

痛むのは胸

「……足…足は大丈夫なんですか?」

この痛みを治せるのは

「え?ああ足?足は全然大丈夫だよ」

「痛くないんですか?」

「そりゃ膝は痛いけど、…大丈夫だよ曽良くん
私は大丈夫だから」

「そう…ですか」



ナニガダイジョウブ?



「………何か私よりも曽良くんの方が痛そうな顔をしているね」

「!!」



どうしてこの人は…



「大丈夫だよ曽良くん
何も痛い事なんてないよ」

「………はい。」



ああ、どうしてこの人はこんなにも…



「たった2人ぽっちの旅だ
君は君のままでいてくれないと私が困ってしまう」



「……はい」



こんなにも自分が欲しい言葉をくれるのか



芭蕉さんは僕の返事を聞き取ると薄く笑みを見せ
また少しだけ子供をあやすように僕の肩に手を置いた

「さて、あんよが痛いからもう休もう
私もう歩けない
しんどい
疲れた眠たいお腹すいた沢庵食べたい
あっ!あの宿とかどうかな曽良くん!」

置かれた手をそのままにあっち!と芭蕉さんが指し示す方向を見遣ると少し古ぼけた宿が目に留まった

「…ああ、まだ駄目ですよ芭蕉さん
今日分の距離はまだ稼げていません」

「ええー!師匠が死傷してるのに!?
今上手いこと言ったから今日はもういいじゃない!」

「駄目です
それにさほども上手くありませんよ」

「酷いよ曽良くん!この非道男!さっき何か泣きそうな顔してたくせに!
私の同情を返せ!」

「五月蝿いです」

僕は無理やり芭蕉さんの首根っこを引っ掴むと引きずるように歩き出した

「それに、僕が僕のままでいいと言ったのはあなたですよ芭蕉さん」

「そうだったー
先刻の私を棒で突いてやりたい」

グスグスと涙ぐむ芭蕉さんを引きずりながら僕は独り言を呟いた

「まったく……どうしてこうも時間が足りないのでしょうか
老いはもうすぐそこまで来ていると言うのに…」

「何それ私のこと?こなくそっ私まだ若いよ!まだ若干水弾くよ!」

その独り言が聞こえたのか芭蕉さんは引きずられながら両手足をバタつかせる

「なら立ち止まっている暇なんてないでしょう
きびきびと歩いてください
時間には限りがあるんです」

「何だよ、私だって分かってるよそれくらい!
でも足から血が出てる師匠に対してその言動って!」

その言葉に僕はピタリと足を止めた

「何言ってるんですか
もう大分前に血なんて止まっているでしょう」

「うう…ちくしょーバレてた
でも少しは労ってくれたっていいじゃない!
私は君の師匠だぞ!弟子は師匠を敬うものなんだよ曽良くん!」

「ならば…傷口でも舐めてさしあげましょうか?」

フッとその口端に笑みを含ませて芭蕉さんを見遣る

「なっ……曽良くんの破廉恥!」

「ぶん殴りますよ」

「えええええ、疑問形じゃなくて殴る前提で言われた…もう本当に恐ろしい弟子だ」


僕は掴んでいた襟首を離すと芭蕉さんの方を振り返った


「……あなたが僕を選んだんですよ芭蕉さん
そしてあなたが僕は僕のままでいいと言ったんです
これから先何があっても僕は決してあなたのその言葉を手離したりはしません
ですから…今のうちに出来るだけ覚悟を決めておいて下さいね」

「え?…ああ、うん…?」

何の事だろう?と首を捻る芭蕉さんを一瞥して僕はまた歩き出した。
その半歩後ろを芭蕉さんが付いて来る。



出来る限り近くで

出来る限り傍に居て

出来る限り一緒に居る時間を共有したい

そんな願望なんていとも簡単に飛び越えていく時間

あとどれくらい?

あとどれだけの時間を僕で埋められる?

寝てる時間さえ惜しいのです

あなたを視界から消してしまうのが恐いのです

いつか居なくなってしまうのが人生ならば

その限界まで僕をあなたの傍に置いて下さい



「ああ………ほんとうに……」



僕には時間が足りないのですよ芭蕉さん



END






御観覧ありがとうございました。


2008/11/01
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