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夏霞(雲雀と髑髏)
by 南天
R指定:無し
キーワード:雲雀
あらすじ:雲雀←髑髏の、ノーマルカプ小説。一話完結です。安心してお読み下さい。^^;できれば、サイトにもどうぞ。イラストもあります。
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夏だった。
暑苦しいくらいに青い空には、巨大な、巨大な、巨大な−−−入道雲がそびえ立っていた。
「まったく、あいつは、いつになったら起きてくるびょん」
朝なのに、すでに汗が皮膚に滲み出てくる、茹だった空気を掻き乱して犬は言った。傷の走った鼻にしわをよせ、毒づくその表情は、今にも、鉄柱に噛み付きそうに、険しい。
ガコン、とジュースにの缶を蹴飛ばした音に、不釣り合いな程けだるげな声が重なった。
「…犬…うるさい…」
ワックスでがちがちに固めた鮮やかな金髪が振り返り、鋭い猛獣のよいな瞳が、光りを反射する眼鏡のレンズを捕らえた。白い肉まんのような帽子と、おかっぱに縁取られた顔に乗っかったそれは、見に行って来いと無言のうちに伝えていた。
…………う…………
………う……………
……う………………
……………う………
………………う……
暑い。
息が詰まる。
苦しい。
「いつまで寝てるびょん!」
ばん、と建て付けの悪い鉄の扉が開いて、生温い風が、僅かに動いた。
……犬?
そう思って、顔を動かそうとする。だけど、それは鉛でも入っているかのように重たかった。
がんっ。固い革靴の先でつつかれる。ぐにゃり、と体がうねった。
「こいつ、意識あるびょん?」
「……ない」
ききなれた、二人の声がして、髑髏は、声を返そうとする。
二人に迷惑をかけまいと。
二人に愛想を尽かされまいと。
また、見捨てられるのは、嫌だから。
骸様の役に立ちたいから。
二度と、要らないものにならないように。
…涼しい。
冷えた空気が頬と額を撫でて、髑髏は瞼をひらいた。
首を巡らす。
首筋と後頭部は、まだ、熱を持ったように疼いたけれど、思いの外、軽く動いた。
白い、見慣れない壁を背後に、見慣れたおかっぱをみつける。
「…千種?」
問い掛けると、彼は、顔を上げた。
「ここ、どこ?」
「……病院」
一拍遅れての返事に、髑髏は、自分が、白く、清潔そうなベッドに寝かされている事に気付いた。
………病院。
ふかふかさらさらした布団が心地良い。しゅるる、しゅるる、と体内のあくが蒸気となって、体から立ち上っている気がする。
………っ
「千種、」
「一日は、安静にしていたほうがいい。犬が、この病院で、1番安全なところをとってくれた」
それだけ言うと、千種は、長居は面倒とばかりに、壁から上半身を離し、扉から出て行った。
……1番安全な、
……病室……?
千種と、犬に、迷惑をかけた。そのことを苦しく思う前に、彼らが、自分のために、安全な病室をとってくれたのが、嬉しかった。
骸さまのためかもしれないけれど、髑髏は、素直に喜びたかった。
さらさらさら。
光を纏った暖かい風が、頬を撫でて、髑髏はそちらに振り向いた。
強い太陽光を、出窓に付いたカーテンが波打たせ、逆光の元、もう一つベッドがあることに気が付いた。
人影が、ひとつ、ぽつり、と。 黒く。
それは、病室と、太陽の白さとは、対照的で。
圧倒的な存在感と、
吸い込まれそうな冷たさと、
抗えない強さと、
そして、
彼にしては有り得ない程の、
はかなさと。
だから、わからなかった。
懐かしい、その声を聞くまでは。
「やあ。君の所の子猫に、頼まれたんだ」
……あ……
とくん、と心が温まる。
少しばかり、冷房の効き過ぎた部屋に快い。
「ねえ、冷房、上げていい?僕、夏風邪でここにいるから」
構わない、と頷くと、彼は出窓の上のリモコンを操作した。
犬が、この病院で、1番安全なところをとってくれた
千種の声が蘇る。
1番安全なところ。
外からの、どんなしがらみからも解放されるところ。
どんな襲撃にもたえうるところ。
ここ−−−
何だか嬉しい。
「君、どうして自分がここにいるのか、わかっているの?」
目が慣れて来て、彼の顔がよく見えるようになる。
彼は、切れ長の目を、やや細めて微笑んでいる。リング争奪戦の時は、一瞬しか見れなかった笑み。薄く笑みの形に引き延ばされた唇。どこと無く輝くようなそれに、魅了された。
争奪戦の時の殺伐として、嗜虐的な笑みよりは、よっぽどいい−−−
「君、聞いてるの?」
形のいい眉を少しゆがめて聞いてくる。
今にも、チャキ、という音が聞こえてきそうな気がして、反射的に頷いた。
「まあ、いいよ。僕は寝てるから。起こさないでね。風のそよぐ僅かな音でも起きるけど」
そう言いって、布団に潜りこむ。
あぁ、それで、彼はいつも眠そうなのかと、みょうに納得する。
すーすーと言う寝息が、夏の風に乗って耳朶をふるわす。ホントは、ただの風のふるえなのだけれども。
私……どうして、ここにいるのかな……?
髑髏は、自分が熱中症で倒れた事を知らない。
だから、彼女は、いつまでもおきて、彼の顔を見つめていた。いつも険しい彼の顔を温かな陽射しが、やわらげていた。
骸様−−−−
私を、もうしばらく、もうしばらく、生きながらえさせてください−−−−
骸様への忠誠と、この温かな気持ちは、必ずいつか、互いを憎み合うだろう。その時は、どちらかを必ず選ばなければならない。
生と死と安寧と−−−−
2007/03/21
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