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たとえ、独りだったとしても・・・
by 海の子
R指定:無し
キーワード:少年陰陽師
あらすじ:俺が覚えておくから、それでいいよ。
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優しい声がした。
優しい夕日色が、自分を見下ろしていて。
なんて幸せな夢だと。
涙がこぼれた・・・。
「昌浩、気分はどうだ?」
のろのろとまぶたを開くと、綺麗に切りそろえられた黒髪の女性が自分を見下ろしていた。
「・・・勾・・・陳・・・?」
「ああ。大丈夫か?」
額に乗せられた彼女の手の冷たさが心地いい。昌浩はうなずくと、こみ上げるものをやり過ごした。
「・・・どうした?」
その様子に心配したのか、彼女は聞く。昌浩は涙をこぼしながら言った。
「・・・このまま・・・目、覚めなきゃよかった・・
・」
「何を・・・!」
「やっと・・・会えたのに・・・」
その言葉に、勾陳ははっとした。そして、静かに待っていろと告げて席を立つ。
しばらくすると、人の気配が近ずいてくるのがわかった。その神気を、自分は知っている。
「・・・騰・・・蛇・・・?」
布団をかぶっているから、相手の表情までは見えない。それでも、口を開く気配を感じて昌浩は慌てていった。
「言わないで!・・・お願い、何も言わないで・・・」
夢を見た。物の怪が、語りかけてくれる・・・幸せな夢だ。今、騰蛇の声を聞いたら、きっと自分は二度と立ち直れない。
「・・・何も言わないで・・・勾陳に頼まれたんでしょう?俺のとこに、いけって。無理しなくていいよ・・・おれ、もう一人でも平気だから・・・」
「・・・昌浩・・・」
「無理して呼ばなくていいから!!・・・呼ばないで・
・・」
前と変わらない声で。優しい声で、呼ばないで。
「・・・昌浩、聞いてくれ。おれは・・・」
「呼ばないでったら!!お願い・・・お願いだから・
・・」
「聞いてくれ!!・・・おれは、全部思い出した。お前のことも、自分のしたことも、全部・・・だから、聞いてくれ・・・」
「・・・思い・・・出した・・・?」
昌浩は、呆然とつぶやく。ゆるゆると視線をあげると、痛い表情をした紅蓮とぶつかった。
「・・・昌浩・・・」
なんで。
何を言ってるの、この人は。
オモイダシタ。
「・・・昌浩・・・つらい思いさせてすまない。おれもう逃げないから・・・だから」
「・・・騰蛇・・・」
一瞬。紅蓮が息を呑んだのが判った。
「昌浩!おれはぐれ・・・っ」
「騰蛇」
昌浩は、力の入らない手でぐっと体を起こした。
「・・・騰蛇・・・だよ」
「昌浩何を・・・!?」
狼狽する紅蓮に、昌浩は顔を上げた。
「・・・夢は・・・現実になっちゃ・・・いけないんだ・・・!」
そして、静かに忘却の術を唱えた。
「・・・悪しき夢・・・」
「ま、昌浩!?」
その声に、引っ込んでいた神将たちが何事かと集まってくる。
「幾たび見ても、身に負わじ・・・」
流るる水の、澱まぬごとく。
昌浩のしようとしていることに気付いた神将たちだったが、一足遅かった。
ぐらりと、紅蓮のからだが傾く。
「・・・昌・・・ひ・・・」
最後の呟きを残して、紅蓮の瞳が閉じられる。
昌浩はつぶやいた。
もう、独りでも平気だから・・・。
誰も心に触れないで。いらないんだ。
(・・・まさひろやぁーい・・・)
夢で、十分。
現実に、なっちゃいけないから。
永遠にさようなら。
おれの、愛しい紅蓮(ひと)。
2007/09/29
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