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死体を見ていた美しい涙
by 翼  
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キーワード:テニスの王子様、庭球、版権、仁王、死ネタ
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 三年生にしてみると今年が中学最後の夏。そしてマネージャーである彼女も例外ではない。

 部員たちが炎天下で朝連のメニューをこなす頃。マネージャーである彼女はというと、一人部室の中で昨日行われた他校との合同練習についてノートに纏めていた。
 机に向かいペンを走らせている彼女は丸で受験勉強でもしているような真剣さが滲みでており。喩え誰かが部室に入ってきたとしても彼女は何一つ反応したいだろう。それ程に彼女は集中していた。

 彼女がペンの動きを止める時は消しゴムをかける時か、皆にドリンクを配る時だけ。それ以外は永遠とペンを走らせる。無駄が全くない、機械のような動きには見る者全て唖然させられるだろう。

 彼女がこの状態を三十分程続けていた頃か。何やら外が騒がしい。何処からかは悲鳴に近い声も上がる。折角集中しているのに。邪魔をされた気がして彼女の眉間には軽くだが皺が寄る。しかもタイミングが悪いことにそれと同時に豪快な音と立たせながら扉が開くものだから彼女の眉間には更に深い皺が。ペンを走らす手にも無意識だとは思うが力が籠もっていく。現に何度か芯が折れてしまっている。
 横目で部室に入ってきたのは赤也だと確認すると彼女は机に向き合ったまま短く何?と言った。その声には何処か苛立ちが含まれていた。

 赤也はよく練習を抜けては彼女の元へやってくる。今回もそうに違いないと経験上、そう思った彼女は赤也には目もくれずノート纏めを進行させる。
 しかし何故か今回の赤也はいつもと様子が違う。いつもならヘラヘラしているはずが今は息切れをして、いかにも切羽詰まった表情をしているではないか。この様子に少し異変を感じた彼女は手を一旦止め、彼に向き直った。
 どうしたの?と彼女が真剣な顔付きで聞くと赤也は荒い呼吸を繰り返しながらグラウンドを指差し、先輩が、先輩がと何度も言う。


「赤也、落ち着いて。誰が、どうしたの?」

 赤也の肩に手を置いてゆっくり問いただすと彼は途切れ途切れながらも事態を話出した。
 彼の顔は真っ青だ。しかし赤也の話を聞いた彼女の顔の方がより真っ青になっていた。

 引かれた、仁王先輩が車に引かれた。と赤也は言ったのだ。
 何でもボールが道路にまで飛んでしまい、それを拾いに行った時に自動車に巻き込まれた、何とも間抜けな話だった。
 嘘よね、と彼の肩を力なく揺らしがら呟くが、彼は頭を左右に振るだけで。冗談ッスよ。といつもみたいに言ってくれない。
 唇を強く噛み締め、彼女はしゃがみ込んでいる彼を放り無言で外へと飛び出した。

 今日は祝日なので学校にはテニス部員しか居ない。その部員全員がテニスコートではなく道路に居た。嗚呼、彼の言っていたことは本当なんだと走りながら彼女は理解した。

 既に人集りで沢山になっている中に彼女は体を無理矢理潜り込ませ、彼が横たわっているであろう場所へと向かう。だが途中、それを阻止するかのように誰かに肩を掴まれた。一体誰だと思い、伸びてきた腕の方を辿れば其処には罰悪そうな表情をしたジャッカルが居り。
 お前は見るな。と彼は目で訴えているようにも見えた。そんなに彼の容態は酷いのとジャッカルが着ているウェアを掴みながら訴えるが、彼は目を逸らすだけで何も言ってはくれない。彼女は力を失ったかのように、その場に座り込んでしまった。

 遠くから救急車のサイレンの音が。音は次第に近くなり救急車は彼女たちの居る少し前で止まり。
 そして数分も経たない間にサイレンは遠ざかっていく。彼女はそれを黙って聞いていた。




 レギュラーの皆に連れられ病院に向かうと既に入り口前には彼女たちを出迎えるかのように医師が立っており。
 貴方方は先程運ばれてきた方の知り合いのお方ですねと聞いてきて。頭を頷かせれば医師は目を逸らし、罰悪そうに話を始めた。

 大変言い難いのですが先程運ばれてきた人は即死でした。と医師は申し訳なさそうに告げた。まだ仁王は生きていると信じていた彼女たちには残酷過ぎる言葉だったであろう。
 彼女の隣からは鼻を啜る音。後ろからは声を殺しながら泣く声が聞こえてくる。
 皆泣いていた。しかし彼女だけは泣いていなかった。徒呆然としていた。きっと彼女の心の何処かでは、彼はまだ生きていると信じているからだろう。
 医師が是非顔を見てあげてくださいと言われ、彼女だけが病院の中へと入った。皆はいい、お前だけ行って来いと言ったからである。だから彼女一人だけ、彼が眠る場所へと向かった。

 ギィと扉を開ければ、部屋の中には彼が遺体があり。顔は白い布の覆われているので見えないのだが。
 彼の元へ近寄ると手を震わせながらゆっくりと白い布を手に伸ばす。剥がれ落ちると彼の端麗な顔が顕となった。
 まだ生きている。と彼女は錯覚した。眠っているだけのような表情で。声を掛ければすぐに目覚めそうで。
 彼の手を握ってみれば無惨にもまだ暖く。けれども彼は死んでいる。彼女は唇を噛み締めた。そして彼に向かって馬鹿と呟いた。

 彼女の中では悲しみなんかよりも怒りの方が強かった。
 全国大会は目の前だったのに。青学に都大会での借りを返すはずだったのに。今年が最後の夏だというのに。貴方が死んでどうするのよと問い掛ける彼女の声は震えており。今にも泣き出しそうで。
 皆の前では流さなかった涙がスローモーションのように、ゆっくりと流れだす。目尻から流れだす涙が頬を伝い、彼の目元に滴り落ちて。丸で彼も泣いているようにも見えた。


死体を見ていた美しい涙
(それが最後の涙となった)




2008/01/06
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