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[1] 文芸批評について
 広田修
 詩も言葉によって作られた芸術ですから「文芸」の一種です。ところで、人間というものは、何らかの物事があると、それを対象にして、それを説明したり解明したり評価したりしたがります。この説明・解明・評価のことを「批評」と呼ぶことにしましょう。ここに一編の詩、あるいは一冊の詩集があるとする。すると人間はそれを批評したがる。これは文芸批評の一種です。
 「説明」とは、説き明かすこと、すなわち、相手に対象を理解させるために言葉を尽くし、相手を説得して対象を明解なものにすることです。「解明」とは、発見的な説明であり、普通の人には容易に気づき難いような説明です。
 説明と解明には「方法」が必要です。どのようにして相手を納得させるか、それが方法です。方法として有効なものは、論理や理論や印象や連想です。論理とは人間の思考の筋道のことで、その筋道の中でも客観的に正しいとされているものです。理論とは人間の認識の枠組みのことで、それなりの構造を備えたものです。論理や理論に即した説明によって相手を納得させることができます。印象とは対象が観賞者に与える感覚的・感情的な質のことで、共感によって相手に伝わります。連想とは対象と類似関係など様々な関係に立つものを提示することで、これも共感によって相手に伝わります。
 「評価」とは、価値づけること、意味づけることです。評価には「基準」が必要です。基準としては、批評する者の感受性、一般人の感受性、理論、認識枠組み、価値体系などがあります。
 そして、説明・解明・評価、すなわち批評をするためには、「事実」が必要です。事実とは、作品がそう書かれてあることだったり、作者についての情報であったり、作品が書かれた時代の歴史状況であったり、批評する者や一般人の持っている価値体系であったり、既に与えられた理論であったりします。批評する者は、受動的に事実を受け入れます。事実を受け入れたうえで、それを素材に能動的に批評していくのです。そのことによって、批評という新たな事実が生まれます。

文学的であるとともに精神的でもある綿密さによって、内心の苦悩をためらうことなく洗練したので、彼はいわば世俗の聖者となっている。(アルベール=マリ・シュミット『象徴主義』、文庫クセジュ、10ページ)

 これはマラルメについての記述です。まず、ここでは説明と評価が一体となっていて不可分であることに気づいてください。「文学的」「精神的」という評価は、シュミットが、その感受性を基準にしてマラルメの綿密さに対して下した評価です。それは同時に、マラルメの綿密さに対する説明にもなっています。
 次に、事実と評価も一体となっています。マラルメが「内心の苦悩」を洗練したことは、シュミットがその感受性に基づいてマラルメの作品から読み取った評価です。ですが、その評価は、マラルメが実際そうであったという事実として提示されています。
 さらに、論理と印象・連想も不可分であることに気づいてください。シュミットは、マラルメが、綿密さと洗練ゆえに「世俗の聖者」になったと言っています。これは前提と結論を形式的には論理的に結び付けています。苦悩を洗練することは、苦悩しているという意味で世俗的であり、洗練しているという意味で聖者的です。ですが、この論理的な結びつきは、必然的なものではなく、この結びつき自体が一種の印象や連想となっています。つまり、厳密な論理に従えば、マラルメは「世俗の聖者」でないことも十分あり得るのですが、その論理を印象化・連想化することでマラルメが「世俗の聖者」であると断言しているのです。
 その上、この引用部は単に印象的であるだけでなく、背後には理論が控えています。おそらくシュミットはキリスト教の教義を知っていて、聖者がどういうものであるかを知っているはずです。聖者についてのキリスト教理論を踏まえた上で、初めて「世俗の聖者」という逆説的な評価が可能になっているのです。つまり、ここでは評価の背後に理論があるのです。
 批評とは説明・解明・評価です。批評には事実が必要です。また、説明・解明には方法が必要で、評価には基準が必要です。批評観をめぐる争いは、方法と基準をめぐる争いだと言えます。
 この方法と基準をめぐる争いにおいて、しばしば「印象か理論か」という争いが見られますが、引用部で検討した通り、実際の批評では印象・連想と論理・理論が複雑に絡まっていることが多いです。印象批評をやるときにも、その批評に説得力・創造性を持たせるためには論理や理論の助けを借りる必要があります。一方で、理論批評をやるときにも、その前提として作品から事実としての印象を忠実に受け取らなければ説得力を持たせることはできません。批評において重要な問題は、「印象か理論か」ではなく、「どれだけ説得的か」「どれだけ創造的か」だと思われます。



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