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文鎮と蜜柑の脳髄



今日はよくある冬の夜の話をしようと思う。
炬燵に潜り込んで眠気のおいでなさるのを、だらけた風情で待っているだけの夜。
炬燵の天板の真ん中には竹籠風に拵えたやや安っぽい入れ物が置かれていて、その籠の中には柔らかく熟しそれでやや天地の潰され平らに近くなった蜜柑が五つ六つ適当に積まれている。
僕が潜り込んだ炬燵布団の端の方に文鎮という名前の雌猫が背中を丸めて目を細めている。
酒などを瓶に移し替えるときに使うアルミの漏斗が髪の毛と擦れあってカサカサと鳴る。
漏斗は蟀谷の少し上の辺りに開けた頭蓋の穴の中に差し込んであって、僕が蜜柑を喰っていると米を噛んでいるときと同じに肉が動くので、釣られてこの、常態が逆さまな金物も身動ぎして微かな音を立て、それがまた耳朶のすぐ側なものなわけだから、いくら深々と静かな夜だとはいえやけにはっきりとした輪郭で聞き取れて、そうして聴こえるものだからついつい耳を欹ててしまい、すると頭の中で脳髄のやつが独りごちていて、

テレビ点けてくんねえかなぁ、こう静かだとなあ……テメエの莫迦さ加減が今日はやけに骨身に沁みやがらぁね、つったってまあ骨は無いのだけれどもね

リモコンは炬燵の向こう側かどこかに墜落しているらしく視界の中に見当たらない。
第一に電源を入れたところで放送を受信できやしないのだ僕のこのテレビは。
仕方がないので片目を開いて何か察したような顔でこちらの様子を窺う文鎮のやつを持ち上げ、えいやとばかりに漏斗に押し込んでしまった。
ついでに差し入れだとばかりに皮も剥かずに蜜柑を丸ごと一個突っ込んだ。
文鎮は蜜柑の皮から飛び出す汁気が嫌いなので厭がってぐいぐい頭から漏斗の中を脳髄の方に潜り込んで行く。
暫く放っておくことにして漏斗を抜き取りその辺に投げ出してしまう。
我ながら不衛生極まりないとは思うが実際のところあまり気にならない。
炬燵から立ち上がり防寒に上着を羽織って外出の支度をする。
炬燵の電源を抜いて部屋の灯りを消して家から外に出る。
戸締まりと言っても玄関の鍵さえ掛ければそれで終いなわけで簡単なものだ。
鼻の奥から脳髄と文鎮が何やら暇潰しの二人遊びをしているような薫りがする。
幾分フラフラと芯の揺らぐような心持ちだが目的地はごく近い。
問題なかろうと歩き始めたら街の奥の方から寺の鐘の音が鳴り始めた。
どうもまだまだ、まるで眠る気にならぬ。


馬梨王 / / 編集
2009/12/21 20:26

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