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[442] By とおりながらI
06-02 22:01

ふらりと庭先に現れた庄屋を見つけ、木太刀をこしらえていた彦八は手を止めて声をかけた。
「これは里の庄屋殿、久しいな。いつぞやは世話になったの」
軽く頭を傾けた彦八に、庄屋は丁寧に応える。
「いえいえ、私は仲介をしただけのこと。お世話というほどのことはいたしておりませんから、どうぞお気になさらずに。それよりも読み書きや計算をご教授いただいて里の者は喜んでおりますよ。これは皆と私からでございます」
言いつつ包みを示す。
「あいすまぬ。それこそ気を使わなくてよいものを。これ、お峰」
彦八は謝辞と詫びを返しつつ、お峰を呼んで手土産を預からせ、茶の用意を言い付けた。
「して、何年も開けて礼を言いに来たわけではあるまい。なにか用件があるのかえ」
手元を片付けて煙草盆を引き寄せ、庄屋を縁側へと招きながら聞く。
案の定、挨拶の時の笑顔は消え、庄屋は真面目な面持ちで近寄り彦八の隣へ腰をかける。
「実はお耳に入れたいことが二つばかりございます」
ひそやかに切り出した庄屋の様子に、彦八はただ事ではない雰囲気を感じ「中で話を聞こう」と居室へあがる。
茶を運んできたお峰にも「子らを近寄らせぬように」と言い付けて障子を締め切った。
SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[443] By とおりながらJ
06-06 00:24

庄屋の話はこうである。
時期は違うが里に二組の来訪者が有り、そのどちらもが人探しをしていたという。
一組は昨年の秋頃に身なりの良い男共が数人で、女の捨て子がなかったかと聞いて回ったそう。
もう一組は先月、みすぼらしい風体の男女が強盗のように怒鳴り込み、男の捨て子があったはずだと脅すように聞いて回ったのだ。
どちらも育っていれば十になるはずだと言の葉にあげていた。
「ふむ。竹と桃彦かもしれんということか」
左様ですと庄屋は頷いた。
彦八らは里で六年近くを過ごし、このボロ屋へ引き上げて三年以上になる。歳頃も捨て子であったことも合致している。
「で、ここを教えたのかえ?」
「とんでもございません。一組は身なりが良かったとは言え、名乗りもしない方々でしたし、もう一組は野盗か山賊のような輩でしたから、皆も怪しんでとぼけましたよ」
庄屋や里の皆の気遣いに彦八は心が温かくなり、感謝のあまりに言葉がつまり頷き頭を何度も傾けることで言葉の代わりとした。

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[444] By とおりながらK
06-06 22:20

剣の道に生き隠遁生活に身を置いた彦八であったが、老齢にあっても感謝で流す涙はまだ枯れてはいない。
「この歳になってこの様なことで泣ける。藤堂彦八、老い先短い中で最大の感謝じゃ」
打ち震えた気持ちが幾分落ち着いてから彦八は深く頭を下げてそれだけを言った。
「先生、お顔を上げてくださいまし。全て先生の人柄と行いがためでございますから。どうか私などに頭をお下げにならないでくださいまし」
こんな彦八を初めて見た庄屋は慌てふためき、それに対して彦八も「すまぬ」と一言詫びた。
「さて、その者らもいつかはここを見つけようし、その際に皆に迷惑をかけても申し訳がない。子らの育ちよう次第だが、数年のうちに策を打つことにしよう」
改まった彦八の表情には覚悟が気持ちが浮かび、庄屋を不安にさせる。
「先生、何をお考えで?」
「いや、案ずるな。子らを育て上げ、行き先を示してやるだけのこと。そこから先は巣立った子らが決めることなのじゃ」
彦八の言葉に庄屋の不安は確実なものとなった。

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[445] By とおりながらL
06-07 00:11

「ここをお離れになるおつもりでございますか?」
御さえようのない不安を庄屋は素直に口にした。
「いやなに、子らの生きる道はここだけではないというだけのこと。わしも方々に出歩く歳ではないわさ」
彦八は微笑とともに答えたが、庄屋にはそれが方便であると分かった。
「先生……」
「言うな。人の生き着く先は一つ。その場所を決めるのはその人のわがままじゃて」
諭すように言い切ると、彦八は庄屋をねぎらい里の者達へ感謝を伝えてもらうように頼んで帰り姿を見送った。
さて、と一息ついた彦八は作りかけの木太刀を引っ張り出し、作業を再開した。
お竹に心配なことはないが、桃彦の行く末だけは心配でならない。
彼の道を示してやれるのは彦八をおいて他にはないのだから。

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[446] By とおりながらM
06-11 00:13

それから更に月日は経ち、お竹と桃彦は十三になった。

お竹は背も伸び始め、面立ちや体型が変わりはじめた。
年頃までにとお峰が仕込んだ花嫁修業は、完成されつつあり、年相応に老いたお峰は家の事はお竹に任せて彦八の機嫌だけを見ていられる。

対して桃彦は体の成長と鍛練の成果のために、益々と手に負えなくなりつつある。
彦八も気を揉んで居るのだが、ここぞという機会を逃したままである。
「わしが先か、桃が先か」
お峰が寄り添う縁側で、彦八はそう独り言のようにつぶやくようになっていた。

と、そんなある秋の日のこと。
桃彦がいつものように一週間ほど姿をくらました夜半の出来事。
「親父!!!」
桃彦が切羽詰まった声音で彦八を呼びながら戸を蹴破る勢いで帰ってきたのです。

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[447] By とおりながらN
06-14 15:00

「ああ、桃や。こんなに長い間どこへ。こんな夜中にどうして」
安心と心配をないまぜにしながらお峰が桃彦に近寄ろうとするが、彦八は制止する。
「おまえ、人を斬ったな」
明かりのない室内であったが彦八にはわかった。
わずかな血の匂いと、桃彦の行い、今の動揺から判別できた。
彦八はうろたえるお峰に明かりを点けさせると、お竹と奥に居るように命じた。


SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[448] By とおりながらO
06-19 21:06

老齢を迎えたとは思えぬ目で彦八は桃彦を射抜く。
「斬った」
眼光に屈したか迫力に屈したか、はたまた己の行いに屈したかは分からないが、桃彦は一言だけ答えた。
彦八はこの時しかないと決心をする。
「桃よ。わしが怖いか?」
視線も定まらぬ桃彦は一瞬びくりと硬直し、視線を落として逡巡を見せてから答える。
「前はそうでもなかった。鍛えていれば、大人になれば越えられると思っていた。でも」
一端言葉を切り、生唾を飲んでから続ける。
「今は怖い」
「なぜか分かるか?」
彦八の問いに桃彦は肩を抱いて震え「わからない」と首を振った。
「それは、わしがお前を斬って捨てる力があるからじゃ。そしてお前は人をあやめたことで、自分も死する定めにあると知ったからじゃ。
わしが手元にお前が来たとき、すでにお前はこの力に負けておった。だからお前はわしの言い付けを聞いた。
だが命が無限だと思っていたお前はわしから逃げ出そうとし、悪さをしては物足りなくなり、力を付けたくて舞い戻っておった」

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[449] By とおりながらP
06-21 00:35

ずいっと一歩詰め寄り彦八は続ける。
「なあ、桃よ。
わしに隠れてしていたことは大体の見当はつく。今夜お前が人を斬ったのも悪さが過ぎたためじゃろう」
彦八の推察に桃彦はがくりと膝を折り床にはいつくばる。
それは推察を肯定したも同然だった。
「奪うこと、欲すること、望むことは人の本質の一部じゃ。そこは責めるまい。
しかし生半可な精神で人同士の命を賭けた結果が今のお前の姿であり、恐怖なのじゃ。
精神。肉体。行い。
この三位を共に育てねば人は容易に魔物へと堕ちるのじゃ。
わかるか?」
彦八の問いに顔をあげた桃彦は混乱した表情であった。
「魔物でも勝てば力を認められるんじゃないのか?」
桃彦の見開いた目は年老いた父親を卑しく睨む。
「ならばわしを斬って魔物へと堕ちるがいい」

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[450] By とおりながらQ
06-22 19:59

突き放すような冷たく厳しい眼差しで言い放つと、彦八は背筋を伸ばし大きく呼吸をして腹をすえる。
目付きと態勢の変わった彦八を見上げ桃彦は彦八が勝負の準備を終えたことを知る。
誘われるように立ち上がり、腰にある脇差しを確かめてから目線を合わせる。
「親父は得物を持たないのか?」
手を伸ばせば届く位置に立つ彦八に桃彦は問うた。
素手の彦八は答える。
「お前程度に刃はいらぬよ」
笑うでも無く脅すでも無く世間話のような口調に桃彦はかっとなる。
怯えていた瞳は怒りにひきつり、腰を落として足を開く。
父親を睨んだまま脇差しの鯉口を切り、抜き放たんと前にのめる。
「っやぁあ!」

SH006
[編集] 妹の部屋覗き
[451] By とおりながらR
06-28 00:20

気合いの声と共に桃彦が抜き放つ。
だが彦八は動じることなく刀の軌道を見切り、柄の尻を勢いよく押し返す。
鞘から刀が抜ける前に押し戻されたため、桃彦の手から柄がすっぽ抜け、大きな音を立てて刀は鞘に収まった。
空手を振ることになった桃彦は何が起こったか分からぬ間に、彦八の当て身を受けて土間にすっ飛んだ。
「まだまだじゃな」
いつの間に奪ったのか、桃彦の脇差しを手にしながら彦八は倅に勝負の終わりを告げた。
「わしを越えるにはわしの積んだ鍛練よりもさらに多くの鍛練を積むことじゃ。
しかし邪念のあるうちは今のお前のままで何一つ身にならぬ。
馬鹿力は所詮馬鹿の振るう無理な力。
技に頼るは小手先だけの無知の技。
鍛練を怠けるのは斑の心。
力も技も心と共に鍛えねば何も産まん。
これが分かりたければ一心に剣に打ち込んでみよ。そうすればわしの命あるうちにお前は一端の剣術使いになれよう」


SH006
[編集] 妹の部屋覗き
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