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[1] 紙様が創った世界 /香琴
By 香琴
03-09 21:07

ついたり消えたり忙しいボロボロのスタンドライトの光
それを頼りに真っ白な紙に想いを詰めていく
一枚 また一枚と紙は積み重なっていく

買ったばかりのペンのボロボロの先っぽを見つめてため息一つ

同じ時間 同じ場所
でも僕の手は君に触れない
それはたった紙一枚分の距離

決して遠くない
でも越えられない
たった紙一枚分の次元を

同じ時間 同じ場所
でも僕の手は僕にすら触れない
それはたった紙一枚分の距離


届け 届け 届け
届け 届け 届け
たった紙一枚分のその向こう

伸ばしたつもりの手
でも伸びてない
この薄っぺらい空間に ため息の残響


ぶつけるあてのない苛立ちすら
重ねられていく重圧に潰されかけて悲鳴をあげる

もうこれ以上耐えられそうにない
なら いっそのこと
声だけでも届けよう


声になってるかわからない
自分の声すら聞こえないから
でも ただ音だけでも届いてほしい


一ミリの厚さもない空間に

残響
pc
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[2] By 変な音
05-21 21:02

>>1

 紙一枚の隔たりは大きい。これは魂を削り裂きながら作品に傾倒する詩人には良く分かるんじゃないですかね。誰か同調しても良いくらい詩人の煩悶が爆撃機の爆弾みたいに投下された詩なんですけど、何でこうも下へ下へ消えてしまうんでしょうか。悲しいことだ。



 〉ついたり消えたり忙しいボロボロのスタンドライトの光

 表現としては非常にソフトでいて、比喩としても分かりやすいのが、現代のニーズによく合ってると思った。所謂着想の生と死ですかね。浮かんでは消える、消えては浮かぶ。ボロボロというのはその限界を表していて、自身の才能の枯渇に輾転反則する様の事なのかとも思いましたし、詩を生み出すという行為は決して楽という側面ばかりではなく、寧ろ詩人の『魂』を傷つけながら刺激し、傷つけながら筆から紙へと投入する。詩とは遊びでも楽観的なものでもない、そういう深刻な世界であるという事を知れ、という事なのかもしれませんね。
 そしてそれを頼りに、つまり苦しみや痛みから世界を引っ張っては書き、引っ張っては書き、積み重なていく。そして、


 〉買ったばかりのペンのボロボロの先っぽを見つめてため息一つ

 と、ふと気が付いた時には、新しいペンがボロボロになっているくらいに、無意識に詩を書いている。自分も呆れるくらいに。
 これはやはり詩をただの生産活動ではなく、意識とは乖離した、魂や精神のメタファである。と、主張しているように思えてしかたない。作者の詩への想いが、非常に強いのだろうな。と、なんとなく思ってしまいました。


 そして最終的には、其れ丈の想いで書いたにも関わらず、中々伝わらない。理解されない。読者へと、紙という媒体を越えて侵入出来ない。
 その虚しさの中でも、書き続けて書き続けて、それでも越えられない紙一枚分の向こう。つまり読者と自分の差、ですかね。それを書いているんですかね。


 ただ、正直2連目以降が同じ事の繰り返し。要するに言い方は違うけど、言っている事は同じ気がする。この詩は5連目までで充分じゃないですか?
 あと、最後


 〉この薄っぺらい空間に ため息の残響


ぶつけるあてのない苛立ちすら
重ねられていく重圧に潰されかけて悲鳴をあげる

もうこれ以上耐えられそうにない
なら いっそのこと
声だけでも届けよう


 結局、あれだけ前半、詩に対する煩悶や想いなどを書いているのに、『もうこれ以上耐えられそうにない』なんて言って声に逃げて、また、音へと二転三転してしまっているではないですか。あれだけ前半に書いてるんですから、

 〉ぶつけるあてのない苛立ちすら
重ねられていく重圧に潰されかけて悲鳴をあげる


 その悲鳴が詩だぁぁぁ、詩にしてしまえ!と発狂しそうになりましたよ(笑)


 私的には、やはり5連目までで充分ではなかろうかと思いました。


 『僕の手は僕にすら触れない』


 この表現は最高に好きだなあ。此処の連でこの詩が終わっていたら良かったと、本当に思います。
930SC
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