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[1] 影と影を見る/変な男
By 変な男
07-19 06:05

 僕は僕がかつて通っていた小学校の校舎が燃えているのを見ている 。意識はしっかりしているのだけれど、身体が正常の状態じゃない。恐らく普段の何倍も緩慢な動きになっている。まるで全体の空間が水の中のようで、緩やかな抵抗を受けているようだった。然し、動きたいわけじゃない。火を止めたいわけでもない。ただ、何もない、何も感じる事もない、まるで、空間に同化してしまった一つの物体のような、そんな感覚だった。寧ろそんな僕をどこかで見ている僕が様々な心地よさを感じていた。
 すーすー。



 春の薫風が美しさの全てを引き連れて僕を空中に巻き上げる。
 然し次の瞬間には学校の前を通る二車線の道路に立っていて、僕は木々に挟まれたその道の歩道を歩く。
 右側には焦げ茶色の土で出来た土手の盛り上がりがあり、その向こうに体育館があった。
 二つの肌色の引き戸は閉められているが、乳白色の外壁には無数の幽霊が居るらしく、今にも飛び出てきそうな顔が、まるでビニール袋に顔を押し当てたみたいな醜い表情でこちらを睨み付けている。
 だけど僕は全く恐怖を感じなかった。まるで当たり前の風景のように、当たり前にそれがそこにあるかのように。
 そこから100mくらい歩いて、僕は校門にたどり着いた。その先にはコンクリートで整備された道が道路から繋がっていて、少し進んで左折すると保護者や教員が車を止める駐車場スペースがあり、歩道から繋がる道は赤い煉瓦道へと続いていた。そして校門付近右には先程の幽霊体育館があり、駐車場の左にはプールがある。
 赤煉瓦の歩道を進むと、その赤煉瓦と同じ材質の赤煉瓦の、綺麗な階段がばぁっと、広がっていて、それを登っていくと漸く校舎にたどり着く事が出来る。
 因みに校舎の玄関は生徒が使うものと教師が使うものの二つがあり、生徒用が正面に、教師用がその少し左に別の入り口としてあり、教師用の入り口の横にある道を入っていくと、広い校庭があった。



 さて、肝心な僕ではあるのだけれど、僕は校門の前で燃える校舎を見ているだけだった。駐車場には車も無かったし、校舎には誰も居る様子はない。ただ灰色の空に、炎の飛沫が撒き散らされていた。
 遠くからそれを見ていたはずではあったのだけれど、何故かパッと視界が切り替わるように、それをごく間近から覗いていたので、僕は空中に瞬間移動したのかもしれない。勿論意図は無かったが。



 そんな中、僕は僕のクラスの教室に向かって飛んだ。6年2組だから、コの字の一番右だな。浮いていると、わたあめの、あのふんわりした気持ちがなんとなくだが分かったような気がしていたが、そんな場面でもない事も一方で考えていた。余裕があった。


 玄関を飛び越えて、黒煙をあげる千畳敷きの給食大広間の上を通る。数百名にものぼる全校生徒で給食を取る事を前提としていた空間で、その規模を比喩するならば、テニスコートを四つ足したぐらいだっただろうか。厨房と一体となった場所だったので、当番の者がそこから直接銀の重たい容器を持ってきて、皆が食事をする巨大な机の前に置いた、長く白い木製の台にそれを設置して給食を配っていた。ああ、僕はいつも最後尾に並んで、食べ終わるのも最後だったな。それが妙に懐かしい。僕は6年間ここで亡霊みたいに食事を取っていた。いや僕にとっては皆が亡霊だったのかもしれない。



 ――回想から帰還すると、燃え盛る教室を少し離れた場所から見下ろしていた。窓は割れ、そこから太陽色の炎が溢れ出している。その中に、微かだが人の影が一つぽつんと此方を見ているのが分かった。僕は視力に自身はないが、感覚でも捉えた。
 それが誰なのかは認識出来ないが、あの炎の中で平然と立っている所を見ても、きっと人間じゃない。何故だか良く分からないのだけれど、それが何者なのかを無性に確かめたくなった。いや確かめざるを得なかったといった方が良い。不思議な事に根拠もなく、逃れようとしてもまたこの映像に引き戻されるだろう、と、いう事が心のどこかで分かっていたような気がする。目を凝らして炎と炎の間隙を覗いた。すると、何となく、焼け焦げた机の羅列の中に、全身が真っ黒で、まるで全てが煤の塊のような輩が見えた。然し一際目立つのはその者の目、だ。黒人のようなぎょろっとした真っ白な目が、此方を睨み付け凝視している。それだけが真っ白なので、異常に際立っていて気味が悪く、背筋が凍るような気分だったが、そいつは僕を離さなかった。だから次の瞬間は僕自身が燃え盛る炎の中に居た。だが熱さなどはなく、寧ろ心地よささえ感じられた。あの頃の放課後、この教室に一人で居る事が楽しみだった時のように。そういえばあの日、校門には亡霊が一人立っていたな。
930SC
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