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[1] abandoned railway line/而
By 而
01-04 04:22

 君が廃線となった線路の上を歩きながら綱渡りをしているのを、姿が小さく見えるくらい離れた、もう使われる事もない駅のプラットホームの端に立ち眺める事、これが僕が在り続ける唯一の理由だった。


 この村は凡そ二十年前、主要産業であった石炭採掘が行われなくなったのを境に衰退してしまった。


 数多くあった商店は矢継ぎ早に閉じ、談笑する主婦達は幽霊のように姿を消していった。それを目の当たりにした僕が、夜中の孤独感にも似た快感に悶えていたのが今となっては懐かしい。個人主義的傾向が強かった僕は、人が居なくなる事は苦ではなかったのだ。


 当時、国産の石炭は、コストパフォーマンスの点で輸入品に押され、加えて石油へのエネルギー革命が止めを刺した事もあり、この村の炭鉱を含め多くの中小炭鉱が岐路に立たされ、姿を消していった。


 そして、食い扶持を喪失した若者は、花の都へとこの駅の喧騒に消え失せ、働き手を無くした村には死にかけた老人と、僕だけが残留し、軈て村の人間は全て果て、自然界の営みの中へ還っていった。かつて築き上げた栄華の痕跡だけが、人々の遺言となって。


 僕は父の仏壇に、村を囲うように聳える山から収穫した妛を供え、カレンダーを確認した。19XX年12月から捲られて居ないスポーツドリンクの書かれたカレンダーで、古くなったせいか、端の方から黄ばみが進行している。僕はカレンダー通り、今日が日曜日であることを確認する。そこには赤色のペンで丸が付けられており、遥か昔、君が焼き芋を片手に、僕の記憶力を疑って付けたのを事細かに思いだしていた。この曜日、毎週日曜、僕は君と会う特権を持っていた。そう思っている、ずっと。待ち合わせ時間は君が到着する5時00分。それが正しいと思っている。余裕を持って4時25分に家を出て、父のチャリンコで、密集する廃墟達の間を駆け抜けた。コンクリートの細い路地を通り、立ち並ぶ死んでしまった防犯灯を過ぎ、木造の電信柱の角を曲がり、広い網野川に掛かる錆び付いた鉄橋を渡って、駅へと急いだ。


 チャリンコを乗り捨てた僕は、無人駅舎の切符売り場と改札をスルーし、いつもの場所、雪が足首近くまで積もる、整備される事を忘れてしまったプラットホームの端で君を待った。向かい側のホームの時計は4時50分を指したまま針を停止させている。僕はそれを正しい時間表記と考え、君を待った。そしていつも通り、君の姿が小さく確認出来る。電車が無くなってからも君は毎週時間を守てくれていたから、僕も必ず君を出迎えたかった。と、思っている。


 君と僕の隙間には、必然的に景色が介入してくる。点と点は、単体で繋がれる事は不可能だ。僕らの村は線と線で繋がっていて、僕達はいつも点でしかいられなかった。今のまま全てが制止し、世界が正方形になれば良い。そうすれば点は線となる。失われたものさえ帰還するさ。


 君の腰まで掛かる艶々とした黒髪が、汽笛代わりの冬風に鋤かれ、降雪と共に北方へと浚われていく。青く澄んだ瞳が、僕を捉え、目と目が繋がると、君の青色は核の冬に侵食されてしまって。月蝕はこのように、繰り返される毎週に訪れ、君を硝子細工に変容させる。そして裸足の細い足元からその華奢な身は瓦解し、六花と交わるのだ。


 僕は廃村そのものに違いない。だから訪れるものに齎すものは持ち得ない。君の村には君の村なりの死に方があるように、僕の村には僕の村なりの生き方もあった。この村の建物と建物の間、山々と僕との間、プラットホームの間、都会のビルディングの間、父と母の間、時代と時代の間にもあった等間隔の隙間。そこに落とされた者達を、誰も知らなかった。それは君と僕が点でしかなかったのと同じ原理で。


 ─だから村には価値が無い。あなたがあなたを繋ぐ事でしかあなたである方法は見つからないから。─だから皆降り注ぐ元素記号を蜻蛉に見立てて、指に止めて、笑って。─だから廃線となった線路上で君は、自然界に恋い焦がれた。そう、世界は冷たかった。


 「でもね、全ての死を知るために、全ての生を知るために多くの人が、多くの寂しい人達が産まれたの」
 「誰もが無関心に晒されてしまわないように」
 「あなたをみていたい。どうかあなたがだれかをみられるように。そしてどうかあなたがだれかにみてもらえますように」


 降雪の激しさは増し。頬が悴み、腕が悴み、耳が悴む。全ての悴みが、世界に降り積もるように、村の家屋の屋根を白い白い六花の粒が包みこんでいる。僕は色々と死んで、色々と生きて、君の死を見続けた。それは焼け野原を前に拳をにぎった男の子のように。それはチェルノブイリ原発の作業員の怨念のように。


 今、全ての等間隔の隙間を、廃線となった線路と呼ぼう。そうすれば、永遠は、途切れず、


 、恒久的に、やって、くるだろう。
930SC
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