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[1] 再生/蛇
By 蛇
09-18 06:54
何故なのか、という疑問から、このようであるというサイクルで全ては産まれる。そうして先人達の書物になり、神話になるのだ。そんな神たちの経験を、知恵を、法律を、子どもたちのために心臓に塗りたくる人々。新しい歌はきっともっと前に無くなってしまったか、羊に食べられてしまったのだろう。知恵をぐるぐる回る私たち。都合の良い血が全身を駆け巡り、生きる事が許されるような神の世界の私たち。全ては血縁である私たち。常識的に構成された遺伝子配列である私たち。世界を創る私たち。言い訳など見つかる筈もない私たち。
頭と体を、浜辺で洗って砂で拭く。理由の流行で満たされた海水の滑りが、砂という理屈を吸い上げ、新しい体を成してゆく。学生時代も、成人後も、中年期も、老後も、そうやって成長し、慰めて、自傷を繰り返えす。そして乾いた砂は再び落ちる。砂に浚われる砂。砂は砂。されどそれは何故なのか、そう考える事をやめないなにかが、反逆のように鳴り響く波の音に共鳴し、かきけされる。無音の空間で砂を漁る。砂を掘る。砂を噛む。その感触だけで果たして、何か取り戻せるだろうか。
目的と動機の端に立つ鴉の群れ。それを狙って鰯雲の大軍が灰色の灰だけを纏ってやってくる。色は色のまま取り残され、街に降り注いだ。色とはどんな色なのだろうか。色の前後にある名前もない余白。きっとそれを見つけるためには色を崩す必要がある。しかしそれは誰も望まない。名前のない余白。あなたにもある、砂にもある、色にもある、全てにあるもの。これらは決して埋まる事はない。だからこそ創らなくてはならない。そうして余白は連鎖する。神は神を量産し続ける。
何故なのか、こうである。しかしそうでもない。そうやって洗い流して、纏う砂。そして乾き、落ちる私を探す何か。色を落とした灰にはなれずに、その正体さえ無くしていく。或いは最初からそんなものは無かったのだろうか。
Android(SBM009SHY)
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