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[1] 侵食／蛇
By 蛇
11-20 06:38
英雄を選ぶ事を望んでから、あなたもわたしも、沢山の夢を殺し、正義を壊しました。果たして、あなたは何故ここで生きているのでしょうか。なぜ沙汰されないのでしょうか。あなたは英雄なのでしょうか。早朝の誰も居ない公園で君は突然、ブランコに座るわたしにそのような事を訊いてくる。君に見覚えはない。勿論わたしに見覚えもないだろう。霧に飲まれた精巣のような公園で、遊具は静止している。だが、死んではいない。一方君はわたしの前で仁王立ちをしている。君が来るときはじめて、風を感じたように思う。いや多分気付かないだけなのだろう。
わたしは返答に迷う。まず生きているのかどうかを証明できない。答えずにいると（答えたくないわけではない）、君は矢継ぎ早に言葉を投げ掛けてくる。主義や思想、あなたにはあなたの形が何かあるでしょうとか。将来についてとか。その時、君の目に空いた空洞が目に映る。君にはなにもないのだと悟る。不憫に思う。しかし君への確かな回答を持たないわたしも恐らく空洞があるのだろう。暫くすると君は諦めて座り込む。
わたしは相変わらず無言のまま服を脱ぎ君に掛ける。紺のパーカーと色褪せたジーンズ、それからダサいトランクスである。頭の上から被さる衣服に隠れ、君の体は下半身と白い長髪の一部しか見えなくなる。君は震えている。わたしは全裸になっている。君は震えている。恐れているのだろうか。それよりなぜわたしは君に服を掛けたのだろう。多分君が可愛いからさ。そう思うようにした。男は皆下心があるらしいから、きっとそうなんだろうと思う。君は震えている。離れよう。わたしはブランコから離れる。少し離れて振り返る。服を被った君の後ろ姿が見える。
霧雨が降りはじめる。地面に穴が開く。君に被せた衣服にも侵食していく。地面が変質する。わたしは理由も分からずに君に駆け寄る。後ろから覆いかぶさるように君を抱く。力を込めると君の感触に触れる。安心感が湧く。温かい。わたしの何かが溢れる。霧雨が止む。同時に衣服に空いた無数の空洞に気付く。わたしは急いでそれを塞ごうともがく。衣服から何かが溢れてくる。すると君が萎んでいく。わたしは焦り、息を荒くしながら君を更に強く抱く。力が加わり、真っ赤な君の何かがわたしの顔に弾け散る。君が変質していく。
やがて衣服は地面に張り付き、わたしは君ではなくなった何かを見下ろしている。そこにわたしの顔らしきものが映っている。わたしの目にはやはり空洞がある。そこから何かが溢れる。君にこぼれる。波紋がわたしの顔を歪ませる。その刹那背後から気配を感じる。わたしは振り返る。
すると全裸の幼い子供がこちらを見て立っている。笑っている。止まらない笑いを堪えようとして、口許を押さえてもどうにもできずに笑っている。それに同調した遊具が動き出す。シーソーや、先程居たブランコ、砂場のシャベルなんかが軽快な動きで躍り始める。不愉快な気分になる。そこに子供の母親とおぼしき女が来て子供をしかりつける。そしてわたしの不愉快な表情を見て子供の代弁者として丁寧に謝ってくる。同時に怯えている。卑しい目でわたしを見ている。子供は相変わらず笑っている。
あ、あ、あ、言語が思い出せない。わたしは母親になにかを言いたいのだが、言えなかった。そのまま夕方になる。母親の影が、時間を掛けて乾いた地面に現れる。わたしは影を越えてきたのかもしれないと思い知らされる。母親が影に吸い込まれていく。子供は消える。不意に君を見る。君もいない。（乾いたのだろうか）彼女の影が公園を支配していく。夕陽か昇るにつれ、わたしの周囲は変質していく。母親の形と共に変質していく。
君の言葉が思い出される。その度に君が、影を越えられなかったのだろうと、そんな解釈に満たされる。答えが必要なのではない。答えこそが（水が喉を流れる音）母の影が黒い海に変わる。ペルソナが濃い紅色の虚空へと舞い上がる。空を切る。軌跡を描く。最後の影、に横たわる数々の死骨が見え（瞳の空洞に影が注がれる）波の音が聴こえる。体に硬いものが次々と追突していく。痛みはない。冷たい水温に奪われる体温が流出していくのが分かる。
あの時の君の言葉がどよめく。英雄は居ないんだ。だからわたしは英雄ではない。そうなれないから生きられ（鼓膜に吸い込まれる影の音に吸い込まれる鼓膜）冷たい。体が震えているのが分かる。全身が悴み、全身が痺れる。感覚の代弁者から伝わる鼓動が、和太鼓のように轟音を音ではない振動で奏でている。
君のように生きられたらと思うよ。何者にもならない事で死んでいける。そんな破壊者で（あ、あ、あ、脳髄に侵食する影に侵食する言語に侵食する自我に侵食する影に）
Android(SBM009SHY)
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