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[1] 産卵の季節/PIERROT
By PIERROT
02-10 15:46



今朝買い換えたばかりの、軽快車で走る小径を、ソーマトロープのように走馬灯が過る。
深海にたゆたう記憶は、忘却の網から引き上げられ、その分厚い束の御神札は (普遍性を映し続けた硝子が、音を立て、)
魂とも鬼火とも呼ばれた、氷結した焚き火にくべられて、
車輪の銀光に巻き込まれていく。
血飛沫は、女のにおいが、
母たちの腐った乳から伝う、卵子のような、女のいやらしいにおいがする

たくましい田園には白濁の用水路から磨ぎ汁の轍が入り込んでいる
稲は穂を垂らし、蛙が食らい付く房の黒ずみ
夕刻だろうか、案山子は夕陽に似かよう黄ばんだひかりに焼かれて
焼身している
燃え盛る 空には ほら 綺麗な、ひまつ
そのうちに辺り一面、篝火だらけになる

自転車のブレーキは、愈々融けて、足は縺れ合い、瘤になる
水の張られた田畑に顔から落ちた私の嗅覚へ
泥のにおいが 母の、腹の、あのすえたにおいに変幻して
発酵し、懐かしい文化的母乳が、母になりきれなかった、まま、入り込んでくる

―受精卵は、解れ、オタマジャクシは、蛙になって
―だれひとり、産まれなかったね。

木造、瓦屋根の平屋の玄関前、
豆電球が硝子の引き戸を溶かして
その下で丸くなる子猫の毛皮、疎らな大陸図に透明が染みていく
硝子の色は悲しい、
とても悲しい色だから、子猫は顔がないまま、
客人を見て 首をおとしながら笑った(それは見るひとによって違う)
屋内からは、包丁で何かを切る音と
あぶら蝉の発情した音がして
大陸図の上に、ぼとり、と排便して死に絶える
それはやはり、透明だった

炬燵の北と西から、足だけが真っ直ぐに突っ込まれ
そして 国々のように蹴りあい 喧嘩をしている
爪の生えなかった女の子の、醜悪な足と、
指が生えなかった女の子の、艶やかな足とが、
沈みかけた太陽と海岸線の見える砂丘にて蹴散らしあう
さざ波の飛沫は、飛沫になる度に結晶化し、
浜辺ではそれを踏みつけながらはしゃぐ修飾されない
鴎の足跡が血跡を刻していた
女の子たちは戦い続ける その戦を
ハロゲンの真ん中に立つ 赤毛の猫を抱く白人が、審判している
その様を白寿の老人が、緑内障の瞳で見つめて、
かつて焼けなかった写真の分だけ、
何もかも焼いてしまうように、
もう灰さえ 灰にはなれないのだから、
焼却炉には、
母にも、赤子にもなれなかった名前が添えられて、
海の音、潮のにおいだけが―
―ほら、喧嘩しちゃだめだよ 炬燵は猫だけのものだから
愛はそう たしなめたまま 銀光に耀く扇形の卵となった

―結晶も 猫も 国も 母も 私も 透明な卵白に還元され
篝火が溢れる 稲の房へとくべられて
人でも物でもない 同質の空白へと 撹拌されては
実ってゆくのだ
ただ ただ みな底へと 向かって―



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