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水星物語
あめ色宇宙でつかまえて
16歳のPHOEBE NOTES
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1 水素とベビーパウダー
フィービーは隅っこの床の上に白い冷蔵庫を置いてペンギンを飼っていた。
フィービーは眠閉の持っている別の名前で、ペンギンは彼女の思想を冷やしたものです。
「水素ガラスのつくり方」
雨が降ったら水素のダンス
冷たい床を滑っていって
白いシーツで水素をくるみ
冷蔵庫で冷やします
月の光で水素は踊り
くるくる廻ってガラスができた☆
水素は悲しいけれど優しいからガラスがつくれるんだわ。フィービーは思った。
(眠閉は冷蔵庫の中に缶入りのベビーパウダーとバレエシューズを冷やしていた)
ガラスの中には、宇宙の踊り子達が地球の終末夜を想って吐く白い溜息が哀しい靄となって潜んでいます。
ガラスは、いつも自らが砕け散る瞬間を予感していて、絶望のあまりに毒を飲んで自殺した水晶達が宇宙にかける悲しみのオーラを映しだしているの。
眠閉の夢は、ベビーパウダーの詩人になる事だった。
悲しんでいるガラスの為に、水素をベビーパウダーでくるんだ詩が書きたい、と思っていた。
彼女は、いつでも冷たい詩が書けるように、冷蔵庫に白い紙を百枚と黒インキの瓶を必ず冷やしておきます。
冬の終末夜、空気は水晶のように透き通り、ひんやりとした飲み物になる。
そんな晩に、眠閉の中にあるあめ色宇宙で雪が降れば、かじった後で沈思する、あの水星の氷結空間へと跳べるバンダーミントのアイスクリームをつくる為の結晶ができるのです。
彼女は、ガラス色に透き通ったスピリットをベビーパウダーでパタパタはたいて、冷やしていた薄荷水に浸けて、鏡の上で詩を書いた。
モーツァルトのピアノとバイオリンの為のソナタは、眠閉に頭の中の天上界と体の奥のあめ色宇宙との融合を引き起こしたその結果、頭の中で跳ねていた天使達が彼女のあめ色宇宙に降りてきて、そのスピリット空間にかかっている悲しいオーラを慰める為の最後のワルツを踊っています。
(モーツァルト!モーツァルト!)
眠閉は宇宙の踊り子を真似て、つま先まですっかり冷たくなっているバレエシューズを履くと、ベビーパウダーで体をくるんだ。
HERMINE(エルミーネ)も冷蔵庫の中で水素をベビーパウダーでくるんで詩を書いている。
眠閉は、HERMINEの音楽が作る白いお皿の上で眠るのが好きだった。
それから独りで薄桃色の溜息をつきながら、フィービーは、そっと考えた。
「凍らせたマシュマロって、白くて冷たくって、それでいて、ちゃんと弾力があるってとこが好きだわ」
(弾力!)
白黒猫はミルクを飲み終わって、
「ミャーウ」
ペパーミント・ソーダのような欠伸をした。
眠閉は、右手に缶入りベビーパウダーを抱えて、ガラスの塀に座ってる。
ガラスで出来た言葉の破片が、頭の中のあめ色宇宙を流れてゆく。彼女は、踊りながら跳び上がって、ガラスの破片を掴まえようとする。
(天使はガラスのバスタブで爪を磨いてる)
Glass Wordsを掴まえ終えたフィービーは、ガラスのグラス(グラスのガラス)に薄荷水を注いで、破片を残らずCooling Down。
「五時間は冷やしておかなきゃね☆」
(パパもママも忙しいの)
彼女は、石鹸を泡立てて、お月さまを洗ってる。
(だからその晩のお月さまは、白くてすべすべでした)
フィービーは、ミントの薫りがするリンスで髪を洗って、水浴びを済ませた。
びっしょり濡れた髪を夜の風で乾かしながら、グリーン・アスパラガスにドレッシングをかけて窓の下を覗き込む。
天使の爪に入っちゃうくらいの乳白色の微睡みの中で、少しだけ堅いグリーン・アスパラガスの思想をかじった瞬間の眠閉は、
吸い込まれるガラスの惑星群には注意しなきゃ、と思っている。
(ペンギンは水星で暮らしておりました)
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2 水銀とミルク
宇宙の歪みを「ヒズム」、といいます。
ヒズムが作り出す、ある一つの不協和音は、時と共にその音色を増して、モーツァルトのソナタをレクイエムに変えようとしている。
誰かが説明している。
(乱調の音符は強迫観念です)
(長い髪は絶望を示唆しております)
「誰か説明して」(踊り子a)
「誰も説明しないで」(踊り子b)
悲しみの淵に佇んで、踊り子達は水銀入りのミルクを飲みました。
だらん、と垂れた白い腕。たくさんの白い腕。
踊り子達の虚ろな瞳は、彼女達が飲んだ水銀の量を示すガラスのメスシリンダーだったの。
(水晶の絶望は、水銀色の自殺)
眠閉は、水銀が飲みたくなることがあった。きまって独りの、きまって真夜中に、きまって不意に。
それからガラスになった体の中に水銀を流し入れて、それから透かして見て、それからこの水銀柱が割れて粉々になってる姿を
(想像する。想像してみる。それからそれを試す)
転がっている、ちいさな薬瓶。
頭の裏っかわに映っている映像を覗き込んでいるのは、誰かしら?
(踊り子達は砕け散ったガラスの中で冷たく横たわっている)
鏡の上の冷たさは、死んだ時の冷たさと同じ。
鏡の上の心地よさは、死んだ時の心地よさと同じ。
そうしてまた静かに朝が来る。
知ってる?
何回も死ぬと、飽きちゃうのを。
フィービーは、
すりガラスの絨毯に乗ったチェシャ猫が笑うのを見た(ような気がした)。
朝、凍てついた第三惑星、破れ目、悲劇嗜好の蒼、燐光と膨張。
(似合わないったらないわ)
ガラスの向こうのペンギンは、割れる寸前のガラスのように悲しい。水面には、あの蒼い電燈の光が映っている。
(ペンギン達は知っているのかもしれない)
静かに風は吹くでしょう、やがて。
ライ麦の畑では独り、ピエロが踊ります。
悲しんでいることを悲しんでいる、悲しんでいられることを悲しんでいる踊り子達を笑わせようとして独り、おどけてみせる。
ビー玉のような瞳が濡れている。よくよく見ると、疲れた顔を白く塗り直しては、殊更に大きく紅くその唇を笑わせて。
(かみさま)
眠閉は、ピエロに慣れないウインクをした。
フィービーは、冷蔵庫に冷やしておいた特別なキスを彼にあげたい、と思った。
(忘れないわ)
(そしていつか忘れてしまう)
ペンギン達に雪と氷を贈る。恭しく。
そうして、新しいミルクを買ってくる。
11時14分の出来事。
水素がガラスを作ったから、ミルクを入れなさい。
わたし、11時14分にリボンをかけてあげる。
お月さまにはガラスのグラスに入ったミルクがぴったりなんですもの。
(今度は水銀ぬきでね)
(ミルクって、無重力な飲みものだと思うわ)
そう思いながら眠閉は、石鹸箱に入れてあったメンソール煙草に火を点けて、ドアーズの「Strange Days」を聴きながらムーンライト・トリップ。
(ライ麦畑のことは、まだ覚えるわ)
「それって洒落てるのかしら?」
フィービーは、呟いた。
彼女は、ガラスのバスタブで「美のはかなさ」を読んでいます。
冷たく冷やした桃にリキュールをかけて、アイスムーンのデセール。
爪を洗って白月光に透かして見ると、ほんのり僅かにクールミントの薫りがしました。
気狂いピエロにジム・モリスンに詩人ランボー、かわいそうね(そうかしら)
放浪するには覚悟が要るわ。
フィービーは、桃色ペリカンを抱きしめながら月の上に腰掛けて眺めている。
グラスのミルクに沈めた時間は、それでも不死だけど、
詩人達はムーンライト・マジックで永遠を見つけるかしら?
(それとも?)
いつも不思議に思っていることがあります。
どうして、
どうして眠くなるのか、と。
それじゃあ、おやすみなさい。
アラバマ・ソングを子守唄に贈ります。
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