投稿日02/19 16:01

「美味しい物を食べる時は」
りんご

バイト終わりの夜。家に帰り着いても、一人暮らしの学生には晩御飯を作ってくれる人なんていないので、何となく街をフラフラして、食事のできる場所を探す。
市役所横の通りに入ると、大きなポストが目印のレトロな居酒屋がある。引き戸を空けて、隠れ家の様な店内に入り、「夜ご飯」と書かれたメニューを捲る。今日はしょうが焼き定食を頼むことにする。
習慣のようになった外でのご飯は、趣味のようなものだったけれど、最近、一人で食べるのがつまらない。誰かと一緒に向かいあって座って、「美味しいね」と言えたら楽しいだろうな。そんな思いがふと心に浮かぶ。
街を歩く。信号待ちをしていて、仕事帰りの先輩に会う。今日もご飯を食べる店を探していた私に付き合って、一緒に晩ご飯を食べることになる。
メニューが運ばれてくる。二人分そろうまで待ってから、食べ始める。空腹に温かい料理が染みていく。おいしい、とつぶやくと、向かいでおいしい、とつぶやく声がある。顔を上げて、ご飯を食べる先輩を見る。視線を戻して、もう一口食べる。
店を出て、先輩と分かれて歩き出す。冬の空気は冷たくて、足早にバス停へ向かう。そして、ぼんやりと考え事をする。
夏に最後に会った時、その人は鶏肉の和膳を頼んだ。二人とも食事はとっくに終わったのに、その後何時間も粘ってずっと話をしていた。私は話をしながら、その人が首を傾げる度に揺れるクセ毛や、机の上に置かれた白くて長い指を見ていた。綺麗な手ですね、というと、その人はすぐ手を引っ込めて曖昧に笑った。

あの人は、元気にしているだろうか。捕え所がなく、穏やかでいて時折驚くような鋭さを感じさせる人だった。会う時はいつもご飯時で、食事をしながら会話をした。食欲が無い日でも、その人と一緒だと不思議と喉を通った。ご飯を食べながら、穏やかで優しい声を聞いていた。私の話を聞いて、その人がうん、とうなずくと、何故か酷く安堵した。

春になったら、久しぶりに連絡をとってみようか。また一緒にご飯を食べながら、沢山話しをしたい。
向かいに座っておいしい、とつぶやくその人の姿を、思い出していた。

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