投稿日06/04 09:59

「空がまた暗くなる(前)」
宮沢スイ

そうだ、思い出した。
テレビブロスの清志郎のコラム名。


【瀕死の双六問屋】だ。


私はずっと、忌野清志郎の浅いファンだった。


初めて好きになったのは、RCサクセションじゃなくて、タイマーズの【デイ・ドリーム・ビリーバー】で。
RCサクセションのアルバムもベストと後期のものくらいしか所持していなかった。


私はRCサクセションの活動後期が、ギリギリタイムリーなくらいの世代だ。

RCの全盛期は詳しく知らない。

RCの曲も、
後追いで知ったものが殆どだ。


だから職場の年上の人たちに「清志郎が好きだ」と言うと、ちょっと意外な顔をされたりもした。

「世代じゃないのに珍しいね」
なんて笑われたりもして。

でもその後に「おれも(私も)結構好きだよ」と付け足す人も多かった。



19の頃、仕事で国立に行った時、妙に嬉しかったのは、清志郎が国立育ちだと知っていたから。

その時はずっと、頭の中で【ぼくの自転車の後ろに乗りなよ】の歌が流れてた。


「次に引っ越すなら、どこに住んでみたい?」


昔からそう訊かれる度、真っ先に「国立」と答えていたのも同じ理由だ。

だけど私は結局、国立に引っ越す機会もないまま、今に至る。



当時付き合ってた彼氏とは、車の中でよく音楽を聴いていた。

その彼は、音狂いと言えるくらいの音楽好きな人で。

ロック、パンク、トランス、ヒップホップ、ジャズ、ファンク、レゲエ、スカ、ブルース、民族音楽だのと、何だかもう、やたらめったら、片っ端から聴いてる人だった。

だから私は当時、一体誰の何を聴かされてたのか、殆どよく分からない。


そんな中、私は私で勝手に自分の好みの音楽を車に持ち込んだ。


RCサクセションはその中のひとつ。


最初は「ええ?今更、清志郎?」と渋ってた彼も、気づけば一緒に大声で【気持ちE】を歌ってた。



大好きなCharaを特集した雑誌で、清志郎がコメントを寄せていた。

やっぱり好きな三代目魚武濱田茂夫の歌のコーラスに、清志郎が参加していた。

ホフディランの多摩川レコードを初めて聴いた時、ワタナベイビーは絶対清志郎のファンだと確信した。


そんな時の私は、妙に嬉しくて、ひっそりとニンマリしていた。


だけどライブは生で見たことない、全曲は知らない、RCの歴史も全然知らない。


私はずっと、
忌野清志郎の浅いファンだった。




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