投稿日06/04 19:46

「空がまた暗くなる(中)」
宮沢スイ

テレビブロスを読み始めたのは、
20か21才くらいの頃。


【瀕死の双六問屋】を初めて読んだ時、私は思わず泣き出しそうになった。

今でもその時のことは、
ハッキリ覚えてる。


文句や愚痴ですらも、温かいだなんて、笑えるなんて、思わず泣きそうになるだなんて。


感動だった。衝撃だった。
ショックだった。


こんな文章を書ける清志郎は凄い。


大好きだ。
羨ましい。
狡い。
羨ましい。
でもやっぱり大好きだ。


それ以来、テレビブロスを購入して、私が真っ先に読むコラムは【瀕死の双六問屋】になった。


なんてチャーミングなんだ。
なんてユーモラスなんだ。
なんて滅茶苦茶なんだ。
なんて自分勝手なんだ。

なんて優しい人なんだ。



だけど気づけば、コラム名は変わって、自転車のことばかり書いてたし。

最終的には、マネージャーの人がメインに変わってコラム書いてたし。

そうこうしてるうちに、とうとう連載終了しちゃったし。

なんて適当な、なんてグダグダな、なんて終わり方。



だけどそれも、笑いながら許せちゃうんだもの。

「清志郎だから」で、ちょっと苦笑いしながら、許せちゃうんだもの。



そもそも私なんか、ずっと好きで読んでいた筈の、そのコラム名も思い出せない様な適当さを孕んだ人間だ。

そんな私に、許すも許さないもないもんだけれど。



初めて好きになった【デイ・ドリーム・ビリーバー】が、カバー曲くらいのことは、当時から知っていた。

ただそれがカバーだと知った時、私は少し落胆したのを覚えてる。

あの日本語の歌詞が大好きで、清志郎の言葉だと信じきっていた私は、それがただの和訳なら、何だかちょっとショックと思ったからだ。



だけど後から知った事実。

原曲の和訳は、まるで内容が違ってた。


やっぱりアレは、
清志郎自身の言葉だったんだ。


凄く嬉しかった。
凄く凄く嬉しかった。


私は長い間、そんなことも知らなかったくらいの浅いファンだ。


生でライブを見たこともない、全曲も知らない、RCの歴史も全然知らない、コラムの名前も忘れてた、あの歌詞がただの和訳じゃなかったのも長い間知らなかった。



私はかなり底の浅いファンだ。

底が浅いままに、今の今まで忌野清志郎のファンだ。

気付けば20年近く、忌野清志郎の底の浅いファンだった。



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