3つの恋愛短編集*
3つの恋愛短編集です。
ほんわかしてもらえたら
嬉しいです。
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昨日約束した。
「明日は早く終わるから、いつものとこで待っててな?」
そう目を細めて、口を緩ませて言ったのは、あなただったはず。
あたしの記憶が確かなら。
確かに決まっているんだけれど。
だってちゃんと返事したもの。
あなたより、いくらかにっこりと。
待ち続けて、どれほど経ったでしょうね。
忙しいあなたのこと。
昨日のような台詞を置いてくれただけで、あたしは幸せな気分だったわ。
だから、いいの。
ただ、あたしが待ちたいから待っているだけ。
帰ってきたあなたを責め立てようとか、そんな幼稚さは遠い昔に置いてきたの。
今日会っておかないと、また遠い昔に戻ってしまいそうで怖いだけよ。
「お客さん、もうそろそろ…」
苦笑いをしながらあたしを見つめるマスター。
まだジャズは流れ続けているじゃない。
もうタイムリミットなの?
「…そうね。」
飲みかけのカクテルをそっとマスターの方へ。
淡いピンク色と真っ赤なさくらんぼが、にわかに揺れた。
なんとなく、カクテルを見つめつづけた。
「それ、飲み干したら閉店の合図になりますから…。」
マスターの一言。
あたしに背を向けていても、顔はにこやかな気がして、ほんの少しだけ気分が穏やかになったわ。
カクテルグラスを自分に引き寄せて、少しだけ口に含む。
程よい甘さと、アルコールが気持ちを緩ませる。
いっそ、プライドもなにもかも捨てて、ぐちゃぐちゃに泣いてしまえたら…
なんて、思うだけで実行できないのは、あたしの弱さね。
グラスを持ち上げて、指でさくらんぼを押さえながら一気に飲み干した。
「ごちそうさま。」
それだけ言って、白いコートを手にとりドアを開けた。
背中越しに
「ありがとうございました。」
と微かにマスターの声。
あたしには
「いってらっしゃい。」
に聞こえたけれど、あたしの言葉はマスターになんて聞こえたのかしらね。
うっすら雪の積もるアスファルトの上を、かかとの高めのヒールで歩く。
雪のおかげで寂しいヒールの音は聞こえない。
聞こえるのは、雪を踏み締める音。
そして数台の車のエンジン音。
終電はとっくに過ぎてる。
ここからタクシーは少し気が引ける。
歩いて帰るほど近い道のりではない。
そう思いながら、携帯を見る。
着信が一件。
彼から。
着信があったのは、わずか一分前。
かけ直そうと思った時、ディスプレイが点灯した。
すぐに通話ボタンを押す。
「今っ…どこにいる?」
息が切れている彼。
答えようと思った瞬間、電話が切れた。
ただそれだけのことなのに、あたしは頑張れなかったのよ。
涙が止まらなかった。
泣きながら歩きはじめた時、後ろから足音。
ほんのわずかな、根拠もない期待を抱いて振り返る。
思い切り抱きしめられた。
「ごめんなっ…」
顔なんて見なくたってわかっている。
ごめんなさい。プライドなんて今置いてきたわ。
「ばか…会いたかった…」
振り絞るようにしか言えなかった。
何も答えなかった彼。
でも聞こえていたのよね。
だって抱き寄せるあなたの手に、一段と力がこもっていた。
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あと三分。
その間にお茶をとってこよう。
温かいお茶を飲みながら、待ち時間を楽しもう。
あと一分半。
気になってきちゃったな。
どうしようかな。
落ち着かないよ。
あと一分。
一秒は長い。
この秒針の音をあと六十回も聞かなくちゃならないなんて。
苦痛でしかない。
あと二十秒。
もうすぐだよ。
今日はどうしようかな。
あと十秒。
もうすぐ俺が待つ音がなる。
五、四、三、ニ、一、
と、あと数秒後。
電話の呼び鈴がなる。
受話器を手に取って、耳にあてる。
ひんやりと冷たい受話器。
耳にまで浸透する冷たさ。
「もしもし、俺だよ。」
わかってるわよ、
と少し笑われた。
電話口の彼女の声。
受話器の冷たさも許せるくらいの、温まる声。
笑われたのが気にかかり、お茶を口に含む。
飲み込んだと同時に苦しむ喉。
むせる俺に再び笑う彼女。
さっきより大きめに。
お茶を恨みかけたが、大丈夫?という声のおかげで、恨まずに済んだ。
こんなくだらない会話。
でもいつもと変わらない会話。
安心できる会話。
さっきまでの三分はあんなに長かったのに、今の十分はあっという間で。
じゃあまた明日ね。
なんて言う彼女。
切断音が耳に響く。
耳に痛い。
お茶が目に入る。
また一口飲んで。
彼女は何を思っているだろう。
もう一口、飲もうと思ってやめた。
もうむせたくないからな。
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あの日、あなたは約束してくださいましたね。
またいつか、必ず私に会いに帰ってくると。
知っていますか?
私が今だに待ち焦がれているのを…
あなたがくれた手紙は、今でも大切にしまってありますよ。
そうね、私の机の引き出しの一つに。
その引き出しには宝物ばかりいれてあるのよ。
あなたまた、幼稚だって笑うかしらね。
そう言われても仕方ないですね。
だって私の気持ちは、あの頃から何一つ変わっていやしませんからね。
でも私、あなたに一つだけ謝らなくてはならないの。
あなたが旅立つ、あの日…
あなたは私に素敵なハンカチをくれたわね。
あのハンカチ、今私の手にはないのよ。
娘が結婚して家をでていくときに、あげてしまったの。
どうしても、父親であるあなたの物をあげたくてねぇ…
あの子、泣いていたわ。
あなたがくれたものがハンカチでよかっわ。
ありがとう。
今更、こんなことを綴っているのにも、きちんとわけがあるのよ。
ごめんなさいね。
あなたの帰りを待たずに、私はもう逝ってしまいそうなの。
あなたには申し訳ない気持ちでいっぱいです。
向こうでは会えないと思っているから、いつかこの手紙を読んで、いつか会いにきてくださいね。
女房が先に逝くなんて、とんでもないわよね。
さすがのあなたも、怒るかしら。
あなた、帰ってきたら私より先に立派に育ったあの子を抱きしめてあげてくださいね。
幸せな人生をありがとう。
あたしがこの母の書き残した手紙を見つけたのは、母が亡くなってから一週間後のことだった。
お母さん、手紙あたしも読んじゃった。
あのね、知ってると思うけど、お父さん、ちゃんと抱きしめてくれたよ。
まだお母さんからの手紙、読んでないのに。
さすがだよね。
伝わってたのかな。
お母さん、ありがとう。
もう、お父さんに会えましたか?
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└宛名のないメールは小瓶に手紙を入れて海に流すような場所です。
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