山里紅包粽子/島野律子



猫編7

さて、ゆうきちです。白黒猫です。キレやすい猫が多いといわれているキジ猫みねこのアイドルとなった体重5キロの雄猫です。
天才ノイマイヤー率いる名門ハンブルグバレエ団でソリストにまでなったダンサー服部有吉君から名前をもらったんですけど、とりあえず内緒の方向でお願いいたします。
小柄で敏捷な有吉君とは正反対ながら、どなたからも「確かにゆうきちだねえ」と太鼓判を押されております。
こいつはやたらと手足、じゃないですね前脚も後脚も妙に長く太く、伸び上がると軽く一メートルを越える場所まで爪が届きます。
その伸びきった体勢でも、ちょこんと後脚を落とした体勢でも所構わず一心不乱に爪磨ぎをやりまくっております。
叱っても、いえ叱れば叱るほど情緒不安定になったゆうきちは爪とぎに没入します。こんなところもかっ! ゆうきちの爪を逃れている壁、障子、襖は五センチの幅も
許されておりません。なのに爪とぎ用猫タワーの柱は全く無傷であるという罠。ああ。
ゆうきちは今の無駄な巨体からは想像し難いのですが、乳離れすれすれの頃までなど一緒に生まれたきょうだいのなか一番のヤセでちっちゃかったそうで「小柄な猫が欲しい」という以前の飼い主の方の願いの元、もらわれてきたのだそうです。
なるほど、そうですか。そのお話を引き取ったあと聞き及んで納得いたしました。こいつ「ひねっ子」だな。
猫は容赦ないもので、一腹の子の内、一番小さく弱っちい子猫は、きょうだいたちからいじめの対象になりやすいのです。母猫も大抵はそれを容認してたりします。
結果無事育っても、すこしばかり性格にくせが残っておりまして、この手の猫を飼った経験からいえば、ええとその。
飼育書的には「おすすめしない」と断言されていたりして。まあ、そんな子なわけです。

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そんなゆうきちをみねこは今のところ、たいそう気に入っているのですが、そこはおばかさんみねこなので、好意を持っている相手に対する態度というものにも、なかなかダメなものがあります。
遊びのお誘いが寝ている相手へ、いきなり首筋本気噛みはまずいと思うぞ、みねこさん。我が家に迎えたばかりの頃のゆうきちはそのたびに「みねこさんは少し乱暴だと思います」みねこの倍ある広い眉間にたてジワをよせ半泣きで耐えていました。
体重体長三割り増し、ころっと片腕でみねこを転がせる力があるとはいえ、自分は負ける側であると固く信じているゆうきちは、なんの配慮も遠慮もないみねこの理不尽さに怒るという選択肢さえ思い浮かばない様子でした。
不憫ではあるものの、よくよくみねこの顔を見ればヒゲがないよ、あんた。みねこはなんと、根元の太い部分を残してほとんどのひげがばっさり切られたように無くなっているのです。
ゆうきちの遠慮がちな猫パンチは、みねこの顔に全く傷を負わせていなかったですが、ヒゲだけは見事に切り取っていたのです。
ただでさえ色々とハンデを抱えていたみねこの容姿は、この最後のそして最大の一押しで素晴らしい破壊力を手に入れてしまったのでした。やるな、ゆうきち。あんたただの「ひねっこ」じゃないぞ。ついつい猫バカ炸裂です。
そのうちゆうきちは「みねこさんは乱暴です」と断言するようになり、ついには「だめですよ、みねこさん」教育的指導である、ぐい押し二回猫パンチを繰り出すようにまでなりました。
「なによう」とむっと見上げるみねこにも「仕方ありませんね」ため息ですかそれは、ゆうきち君。すっかり、みねこの保護者気分のようです。
とはいえ、みねこはまったく他への様子見などしない超絶マイペースというより、自意識のないこなので、ゆうきちの態度の変化など歯牙にもかけておりません。
ただただ、あのいつもいつも浮かべていた不機嫌かつ不穏な表情がすっかりなりを潜め、うっとりとしかいいようのないご満悦な顔つきでゆうきちを眺めているのです。
そうか、みねこさん。あれは生まれついての顔つきなんかじゃなくて、ほんとに不機嫌だったのね。我が家の生き物はどれもこれもこの顛末か。飼い主としては恥じ入るばかりです。

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