山里紅包粽子／島野律子
猫編３
*同人誌「プラスマイナス」105号掲載作品
我が家には今、猫が二匹います。いえ、大丈夫です。これ以上は増えません。生後十ヶ月の雄猫を引き取ったのです。巨大です。白黒です。先住猫がすっかり、「小柄な猫ちゃん」に変貌いたしました。人間の目なんていい加減だなおい。いや、私の目ですね。大変いい加減です。がっつり実感いたしております。
ちょっと先走りすぎました。先住猫のあれやこれやの報告をまずさせていただきます。
名前というのは不思議なものだと、ペットが増えるたび実感します。散々迷おうが一発で決まろうが、それ以外にはありえなかった手触りで動物にもヒトにも浸みこんでしまい、なんだか生き方まで支配されたかのような存在感を発揮したりして、なるほど運命だ。
おまけに猫程度になれば、ちゃんと聞き分けてくれたりしてしまうので、こちらの一方的な趣味の押し付けというわけでもないような感触が高まります。
とはいえ、どうも自分の名前は「かわいい」であると確信している猫を前に、自分のダメを日々確認しているような状況ではありますが。
で、肝心の名前ですが、「みねこ」になりました。斉藤美音子さんという、おっとりお姫様キャラのすっとぼけな存在感を発散しているダンサーで、ちょうど猫を引き取った時期、立て続けに彼女の躍る姿を生で見て「これだ！」と連れ合いともども盛り上がりまして。
・・・「みねこ」のどこがお姫様なのか。まあ、すっとぼけてはいるような気もしますが、斉藤美音子のような「ほんわか」ではありえないのに。
でも、こいつが「みねこ」以外のなにかであったことなどないという思いは強烈です。
小雪ちゃんという愛らしい名で呼ばれていた頃のこいつは、きっと間違いだったのです。連れ合いがしばらく「うねこ」とどうしても口にしてしまうようなことがあったにしても。このこは「みねこ」以外のなにものでもないのでした。
私達が今住んでいるペット可マンションに引っ越してから、五年ちょっと経過しております。病院のカルテも廃棄処分になる年月です。
この間、私の両親はどっちも我が家に足を踏み入れておりません。妹達が一回だけやってきましたが、それも昨年のこと。実家から車を使えば一時間掛からずに到着できる場所ではあるのですが、なんというか。
いえ、まったく不仲とかいうことはありません。田舎のおばさんおっちゃんの不精もんは、関係に波風のない相手にはまったく気を使わないというか。
儀礼的な行動を取るということは、水臭いわけで、とうの昔にヨメに出した娘の新居を訪問するってのは、わざわざ値踏みに行くようなもの。という言い訳でもって、面倒な外出を辞めてるわけです。
こっちもまあ、正直助かってますので、無精者同士、うまくやっておりました。
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ところがです。「猫飼った」伝えたとたん風向きがさくっと変わりました。
「そうなん？ じゃあ、あんたのとこの家見せてもらおうかね」いったいなにが「じゃあ」なのか。まるで私が「来るな」と主張していたかのような言い草をハハにされたりしてしまい。早速妹夫婦を伴い、下の妹も呼びつけて我が家に集まることに。
しかし当日予想通り、実現を前にして突然面倒臭くなったハハはやって来ず。チチだけ妹夫婦の車に同乗してきたのでした。
そうか、チチよ。新しい猫はそんなに魅力的ですか。「猫は魔性だかんな」ヒトに対して忠義がないからダメだとかどの口が言ってるのか。部屋数さえ確かめる様子もなく、居間でうろついているみねこにいそいそ近寄り顎を掻いてやってます。
まあ、「人懐こい」みねこのこと。総勢四人の客を前にしても、まったく動じず。こいつには数の概念なしなのはまあ、そうなのでしょうが、居間を埋め尽くすヒトの姿になんの不安も感じていないのか。
容量オーバーだ。事情を了解したヒトである私でも圧倒されているというのに。椅子がどうしても足りないため、和室の襖を開放して私達はそこに座り込みです。テーブルの上に、揃わない茶碗でもってお茶を六客用意してはみたものの、ここからじゃ届かないしなあ。妹のダンナは、気にしてしきりに恐縮してましたが、もちろんチチも妹どもも、そもそも家の主がどこに座ろうが、そりゃそっちの勝手だがね。見慣れぬ猫に突進です。「なにあんた、そんなに不機嫌そうなん？ びっくりしちゃったか」（いや、こいつはいつもそうなんだ、妹よ）「うわー耳でかいー、ていうか、額が狭い！」「ほんとだー、猫の額じゃーん」（笑ってしまった、不覚）「しっぽ長いねえ。きれー」（なだけじゃないぞ、毛足もそこだけ長いんだよ）「あー、見て見てこのこ、ほらここんとこ、虎縞になりそこなってるよ」「えー、あっほんとー。ねーちゃんこれなにー。途切れてるよ縞が。特にこっち側」
・・・それは、気づいてなかった。いや、真面目な話指摘されるまで、みねこの虎縞が、なりそこないとは。い、いや違うぞ、妹どもよ。うちのみねこはヒョウ柄なんだ。ヒョウだ。トラじゃない。ヒョウ柄だぞ。
「うわー、前足の模様きれーだねー」これにはチチが、大きく頷いておりました。そうなのか。
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