投稿日08/13 05:04
「☆またひとりの若者が…☆」
鈴木 琴実
♪なんでなんでなんで〜どしてどしてど〜して〜♪
大人にはすぐ否定する馬鹿が多い。『あれしちゃだめ』『これは危ないから』『できるわけないでしょ』
そうして子供の可能性を切り捨てちゃう馬鹿な大人が大多数。
『プロとアマの違い』
…まぁ当然で自然な摂理なのですが、
それを
『プロは自分を閉じ込めて我慢をしなければならない』だなんて、なんて否定的発想なの!?
若いのに、どーしてそんな悲観的発想になってしまうの!?勿体無い!!
例えば、
ファッション評論家のピーコは、外見にも恵まれず心に体を作り替えることもしない昔気質の元祖オカマだけど、
彼(彼女?)の何が素晴らしいかって、
もう終わって久しいけれど昔、お昼のワイドショーのコーナーでの
【ピーコのファッションチェック】
トーシロ相手に超!!辛口なファション鑑定をするのだけれど、
トーシロは“どこか足りない”“何かおかしい”と思っても、それが何故なのか、どこがどう違うのかが解らない。
ところがピーコは、ズバリ!キチンと説明する。もう、目からウロコもの彼女の説明を聞くと、スッキリ♪
『なぁんかおかしいと感じたけど、そこだよ、まさに!』ってね。ほんの些細で微妙な違いだったりするのだけど、的確に表現する彼女。
彼女の素晴らしさはまだまだ沢山あるのだけれど、要は文章書きも絵描きも何でもそうだけれど、
プロとアマの違いは
スピードやテクニックといった違いとそれに『的確に表すことができる』という事が決定的に違う。
自分の内なるモノを表現できるのは当たり前。それができてまずアマ。
トーシロはまず『表現する=感覚を具体化する』事自体ができない。だからって人間だもの、感覚がないわけじゃないからこうしたい、ああしたい、という内なるモノは当然ある。でもそれを形なり言葉なり色なりで表現ができないから、金を払って頼むわけで。
プロは
表現できないもどかしさを解消しうる、代わりに表現でき得る存在なワケで。
要は表現できないモヤモヤややるせなさといった苦しみから、形に仕上げて救ってくれるのがプロ。
んで、自分の感覚ありのままのモノを作り出す事は、プロとかアマとか関係なく“芸術家”と言うのだよ。
人の感覚を具現化するプロは、素晴らしい!
バカな大人に洗脳されるな若人!
〆
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