投稿日08/19 19:33
「☆免罪符☆」
鈴木琴実
コラム二スト“秋津”さんのコラムで。
『精神的な支えは友人や親友で事足りる。恋人だけにあるメリットは何か…セックスくらいだ』
恋人
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セックスをするための免罪符
という友人の話しに、秋津さんは思うわけです。
『恋人じゃない人ともセックスをするから…結局、恋人とは何だろう』
“恋人”ですよ?
恋人…“恋”の文字がついているじゃあないですか。
一目瞭然、そこに“恋愛感情”、もっと突き詰めると“恋する気持ち”がある、という事。
“恋”というのは、以前のコラムでも挙げた通り『対人において好きだと焦がれる思い』。
恋人の“メリット”なんていう発想をする時点で、それはもう“恋人”ではないのですよね。損得云々ではなく、自分に“恋”という気持ちがあるかどうか、ですもの。
だから、
自分には“恋”の気持ちがあっても、秋津さんのご友人のように相手には無いのかもしれない。
自分は“恋人”だと思っていても、相手は“免罪符”としか思っていないのかもしれない。
なんだか寂しいお話しになってしまいましたが、
じゃあ、付き合いが長くなり、“焦がれる気持ち”の無くなった二人は“恋人”ではないのか…
“恋愛”の“恋”が削げて“愛”人。
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『愛人』と言うと“情婦・情夫など、特別な関係にある異性を遠回しに言う語”になりますが、古くは恋人の意でもあったのだそうで。
それとも、愛情の“情”が強くなって“情”人?
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『情人:ジョウジン』は古くは使われていて“親密な関係にある恋人”という意なのだそう。
今は言葉の進化で全て“恋人”ですが、こうした“恋”が削げて“愛”“情”だけが残った関係も含まれているのでした。
なんにしてもそこにはメリット“免罪符”だなんてものではなく、“相手への思い”がなくっちゃね。
〆
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