ミルキー・デイ





 ホット・コーヒーのような昼下がりの
 まどろみ、小さな山の麓にひっそりと
 建つ、木造の平屋。台所の磨り硝子の
 窓からはぼんやり光が射し込み、温め
 ることを忘れた電子レンジが温められ
 ている。季節はずれの扇風機は、部屋
 の角っこで、TV画面をじっと見てい
 る。画面は歪んだ部屋をただ、映す。

  *

埃の溜まった机の上に、先の丸くなった鉛筆が一本と、便箋が一枚。
霞がかった桜色の便箋は何度の春を迎えたのだろう、四隅は歪曲し、器のようになってしまっている。
器のうえには、

『お元気ですか?』

と言葉だけ、残されて。
換気扇から微かに吹き込む風がこもりうたとなり、言葉たちは
ゆら ゆらと
   揺られ、眠りにつく。

  *

乳白色のブランケットの柔らかな波が幾重にも皺を寄せて、
波打ち際には、うちあげられたエメラルド色のガラスの小瓶が転がっている。
小瓶に迷い込んでいた一匹の蟻が日溜まりへ
出ると、そこは一面、畳の海だった。
蟻は深みへと
引きずり込まれるように、
しかし自ら、淵へ
ゆっくり沈んでいった。

  *

褪せた壁をにょろにょろと伝い、天井を這い、だらしなくぶら下がるのは、瑞々しい蔦。
蔦は指先に、ふと触れた裸電球を包容、もしくは抱擁する。
だいすきよ とぜんぶ引き寄せて、
いつか きっと
     こぼ れ落ち
         るから。

  *

わたしの眼球、爪、舌、髪の毛。
三ヶ月前のわたしの手により、それらは抉りぬかれ剥がされ、引っこ抜かれて、
子宮にきれいに並べられた。
肉体がのぞんだことだった。

丁寧に絡み合い、ちゃんと一つになれたら、今度はやさしいせいぶつになりたい。
祈りにも似た発酵は、自動的にふつふつと繰り返される。

たちのぼる腐臭は、いきている証拠です。

(わたしが かんぜんに 子宮に還ったら 、うまれてください、 おもいきり こえをあげて うまれテ  、)

  *

苔のはびこる瓦屋根のうえには、猫が四肢を投げ出して昼寝を
している。耳にとまった、軽トラックのエンジン音
を振り払って
眠たそうに目を開けると、眩しい西日。大きな欠伸をして髭をグン
と前にやり、夕空の匂いを嗅ぐ。
 (ぐれーぷふるーつの においが する。)

猫はしなやかな尾で、ひどく出鱈目に、夜の星を繋ぎだす。

  *

梟が山の頂で鳴いている。
風に揺れていた言葉たちは目を覚まし、宙に舞い上がり、浮遊をはじめる。
への字に結ばれたスーパーの袋、風呂場の洗面器に張られている水、雑誌や新聞の切り抜き、玄関いっぱいに脱ぎ散らかされた靴やサンダル、全ての
全てを埋めるようにすみずみまで充満し、やがて外への僅かな隙間を見つけると
暁の世界へと染み出していく。

言葉を見送った器は、輪郭だけは失わず佇んでいる。

  *

接続されていく/断絶されていく

  今日が

  *

あたたかい手に招かれ、誰もにひとしい朝を迎える。



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