多発性




スケジュール手帖の、後ろには知らない都市の路線図がはさまっていて、緩やかなカーヴを描いている。
藤田はオープン・カフェの無駄に鮮やかなパラソルの下で、そのカーヴをなぞった。一昨年、父が肺癌で亡くなったとき、最期に触った鼻の頭の輪郭によく似ている。(母曰く「ちっとも似とりゃせん」そうなのだが。)ふと日の翳り、空を見ると大きな手が、世界を捲ろうとしていた。


夫が浮気している。
小夜子は白昼、台所の三角コーナーを見つめて、思い詰める。昨日の、夕飯の買い物の帰り、街角で指輪の光るショウ・ウインドウを腕を組み覗き込んでいたのは確かに夫と、白葱のような女だった。不幸なことに小夜子は白葱がすきだ、だから余計、嫉妬したどうして白葱なのか、女を憎むに憎めない、どうして、何故、よりによって。
しかし直ぐに表情を和らげる。
三角コーナーでぐっすり眠る夫に沸騰させた湯をひっくり返す。


もしも私に臓器があったら、と思う。
考えるだけで恐ろしい。
生物達を分解したり分解した上でいらないものを排除したりする乱暴者を体内に飼うなどそれだけでも範疇外だがまあ大目に見るとしよう、勝手にやってくれれば良いのだから、しかし彼らの働きが悪くなれば医者へ行き切除し半分にしたり若しくは全摘出してやらなければならないのだ、全くとてつもない徒労に違いない。しかもいくら乱暴者でも多少、時間を共にすれば愛着が湧き、手放すときの空虚感ったらないだろう。
体が木彫り細工で良かった、子供の落書きしたマーカーの痕は消えないけれど。


嘘をつきたいという願望も特段ないが、本当のことを話す義理もないため、でたらめであることに執心している政治家の佐藤には今夜もファン・レターが届く、玄関のドアノブを掴みまわしながら封をあけると「顔をあげてみろ」と書いてある、家に入り顔をあげると佐藤の妻が柱に首を吊って垂れていた、佐藤は急いででたらめにダイヤルをまわす、時報が午前三時を知らせる、窓が日光をさんさんと取り込んでいる、妻の脚の爪には赤や緑や銀が塗られてあり(ぎらりと光り)なるほど、でたらめだ、と顔を歪め笑った。


風船ガムを膨らまし、大きくして、更に息を吹き込み、割る。
がら空きの電車の中、男子高生の行為を早紀は首を傾け向かい合い見つめる。口のまわりについたガムを舌で器用に回収し、また膨らます、更に首を傾ける、傾ける。やがて座席に寝そべる形になりそれでも彼は行為を続けたため早紀は座席にめり込みはじめたやがてまっ逆さまになりやがて持ち上がり再び元に戻る。それ迄でちょうど、一日が経った。次いで二日三日、
七千四百五十三回、元に戻ったとき、路線は廃線となり皆、跡形もなくなった。


「女性は月に一度大量の血液を排出する」
「警察とのいたちごっこはいい加減うんざりさ」
「もう直ぐ衛星が帰還するらしいよ」
「残酷をこのんだのは男性の方でした」
「靴下はいつも左脚から、というジン、クス、」
「あ、アはハ、ゥ、」
「ねえせんたくきほしいわあ」
「あの本なら読んだよおもしろかったまた読むと思う」
「後ろ、鬼、いる、」
「匂…、」




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