梅雨前線




泡のない麦酒をのこして、母はもう戻らなかった
柱にぶらさがった縄も
吐き出されたものも
知らないだれかに片付けられて
西日のまぶしい部屋には
ぬるい麦酒と私だけがのこされた
滑りのわるい桟をキリルルル、といわせながら
窓をあけると涼やかな風がはいり
震える、
暦は既に七月を数えはじめる

 ∞

窓辺のテーブルに砂がうすく積もっている
中指でなぞると、跡にまっすぐの線ができ
めくってみた指のはら、細かくざらついた、粒
飛行機が薄暮を飛んでいくように
はてしない心もちで
(指を擦りあわせたら、こぼれてしまう)
瞼をとじた

 ∞

瞼のうらには祖母が、ひとり海底に暮らして
珊瑚でできたベランダに立ち
おわらない洗濯物を干しつづけている
ひるがえる半袖シャツの先に
観覧車が傾きながら
ゆっくりと廻っている
ゴンドラの窓硝子をすり抜けて
日のひかりが
ながく、みじかく
骨格の足下までとどこうと差す
祖母のちいさな呼吸はひしゃげた泡になり
連なり、連なって

 ∞

海面はおだやか

 ∞

母から教わったはずの
紙風船の折りかたも、膨らましかたも
忘れてしまった
私で
遊んで
すぐに飽きたら
ごみとさえ名付けないまま
どこにでも
放ってくれたら、いい

 ∞

からだの外があんまり賑やかで
睫毛がちくちくして
瞼をあけると
鬼ごっこをする子どもたち
手足がひとしく透きとおっている
ぐるぐると
行きどまりのない宙に散って
もう、わからなくなる

 ∞

かつて、みんな一緒だった
庭へ出る
かえるは濁声で雲をあつめて
あじさいの葉は舌のように垂れる
そうして時間がおわるのに、耳を澄まして
澄まされた初夏の、
水いろの花びらに
顔をよせる

 雨の、匂いが

ぱち ぱち と、まばらに手の鳴る音
陸という陸は海に隠され
花びらはしずかに、頭上を流れた





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