休日と記憶



熱があるみたいね、と体温計を取り上げ、母は言う。
私は小さく咳をする。
窓には細かい水滴がはりついては流れ、集めながら、落下していく。

今日の最高気温は23℃、最低気温は14℃です。

天気予報の声がかすかにリビングから聞こえる。今日は友達とマフラーを買いに行こうねって約束をしていたのに。充電器に繋いだままの携帯電話でメールをうつ。低血圧なの、と言っている友達だから、まだ起きてないかもしれない。朝7時である。あとで電話もしておこう、と胸に留める。そしてそれをメモする。誰に電話するのかという事、何故電話をするのかという事、何時頃に電話をするのかという事。忘れっぽい私には記憶を書き込むものがたくさん必要なのである。あらゆるものを駆使して。
(友達といつから友達になったのか、性格について、どんな事が今まであったか、何と呼んでいるかなども全て、事細かにメモやパソコンにいれている。
(吐き気がする。


昨日は散々だった。
学校で傘を盗まれて(ビニール傘じゃなくて、水色の花柄が散りばめられた、お気に入りの傘だった。もう悔しいったらない。)、近くのコンビニに寄ったものの見事に雨関連グッズは売り切れていて、駅まで走った。駅までは1キロほどあるため、軽いマラソンだ。
雨にうたれながら道を“歩いて”いけるほど、強くもなければ弱くもない私には最早、マラソンを敢行するしか道は残されていなかったのだ。とにかく走った。すごく、忘れそうになる。

駅に着き、息を整えながら濡れた髪をしぼると、水滴がポタタタタ、と連なって落ちた。最悪だ。朝の占いは1位だったではないか。ラッキーアイテムはピンクのハンカチ。このためのなのか。ピンクのハンカチで顔を適当に拭く。もしかしてマスカラも落ちたかもしれない。ウォータープルーフだから大丈夫かもしれない。鏡は見ない。だって、こわいじゃないか。

電車が来ない。なかなか来ない。来ないから、自販機で熱い珈琲を買うことにした。所謂、無駄な出費だ。財布の中身は主にレシートになっている。缶を開けるとき、爪がのびていることに気が付く。気が付いた瞬間、無性に肌を引っ掻きたくなった。左肘の内側のあたりは皮膚が盛りあがっており、痕が幾つも残っている。その上に新しく傷をつけて、眺めた。ためらいはなかった。皆、何かをころしながら笑ってる。
珈琲を飲む。甘ったるい。ブラックを押したつもりが、間違ってカフェオレを押していたようだ。口の中で笑みをころした。

やっと来た電車は、がらんと空いていた。良かった、良かった事があって良かった。四人掛けの席に一人、座る。遅れていたのは人身事故のせいだったんだってー、目の前の空席の向こう側の席、二人組のOLが話しているのをこっそりと聞いた。窓の外を見やると、踏切の傍で幼い男の子と、その子の父親らしき人がこちらに手を振っていた。咄嗟だったから、反応できなかった。誰か手を振ってあげたのだろうか。しばし、あの人は父親じゃなかったかもしれない、という想像をする。赤いランプの点滅、
踏切の音は遠ざかる。


買い物に行ってくるけど、何か欲しいものある?
母が戸口に手をかけ、問う。私に問う。特にない、と答え、適当な相槌といってらっしゃいを伝える。

明日は各地で、おおむね晴れるでしょう。

昨日の記憶の一切を忘れ、手元のメモを見る。そうだ、電話をしなければならなかったのだ。
コール音を聞きながら、左肘の内側の傷を、首をかしげて眺めている。



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