瞳の海






からまった毛糸を
祖母のふるえる手がほどく
少女の頃に戻った祖母の記憶には
シロ、という犬がおり
大変可愛がられている
(部屋の隅っこで静止している、シロ)
(クッション)

部屋にはドッグフードの粒が
ぽつぽつ散らばって
おはようおはよう、と繰り返す
結露した窓の外には
マスカットが降っている

電話が鳴る
五コール目で受話器をとる
受話器越しに踏切の音が響いている
ふいに
テレビの上の写真立てが目について手に取った
色褪せた海、
黄色の水着と青色の浮き輪、
左手を父と繋いで
足は砂だらけ、の
三歳の私の写真
日射が眩しかったのだろう、
片方の目をつむって険しい表情をしている
ちっとも可愛らしくない私が
私を睨む
ビーチパラソルの縞は
気紛れに風に揺れながら
父の顔は麦わら帽子に隠れて
いつだって
よく見えない


それにしても今日はよくマスカットの降る、


もしもし、もしもし
電話口からの声
母からだった

ーああごめん、
我にかえって返事をする

ー何か、あった?

ーーううん、ううん何でもない

そう、と言い
母はまた早口で話を始めた

ー今日は遅くなりそうだから洗濯物を取り込んでおいて、夕飯は適当に作って食べなさいね、ご飯の後はおばあちゃんにちゃんと薬飲ませてね

適当に相鎚をうって
じゃあ、仕事頑張って、と
電話を切る

受話器を置き、溜め息をつく
息が、白い
石油ストーブの電源をつけ
指をこすりあわせる
ぼう、と熱がともり
部屋の静寂を浮き立たせる
祖母は座ったまま
首をもたげて眠っている
少しだけぬくもった人差し指と親指で
ドッグフードを一粒ずつ、拾う
手のひらに重さが増していく
最後の一粒をつまむ
舌を丸めたような粒だ
どんな味がするのだろうか
美味しい、
ことはないだろうという確信
に一部空いた穴
そこを
おそるおそる齧ってみる


再び電話のコール音が鳴る
明後日は父の十三回忌である






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