うしなう





そして
砂の体を所持している男は、食卓に座った。砂は不規則の循環で男の輪郭をかたどっている。ひどく渦巻く背。咳をして

、咀嚼が欲しい。雑音混じりの声を吐いた。



その向かいがわに



座りトーストを齧り、ながら、あたしは砂の集積を許せないでいる。こぼれたパン屑を投げつけながら、でたらめな、でたらめの男である、と悪態をつき。母が作った苺ジャムが食卓の上、ずしりと黙り込んでいる。


 日のひかりが窓の外に揺らめき。



食器棚、菊の花のもと、寝転がっていた白猫は。

飛び降りる。

 軽やか、は

  着地する/着地される床。



 +



午前11時は、もうすぐお亡くなりになるそうだ。床にくったりとしおれたラジオが泣いておられる。人間であるものは喪服に着替え、半島へ行き、お祈りをせねばなりません。あたしは、人間であると主張して、齧りかけのトーストを置き、急いでクローゼットを漁る。

漁っていく、赤いスカート白いセーター茶色いベルト紺のコート。雑多に放り出された色。色、その中に黒は、


秒針がもうすぐ空を指す、予感を告げる。


黒は、ない。

服を脱ぐ。



 +



浴室にいる。浴槽からは湯が溢れ、しとしと踵を濡らす。天井を向いたあたしの眼は白熱灯をとらえる。白熱灯と蜘蛛の這う、現象を。

/電話線を切断した昨日から電話のベルが鳴りやまないの。

蛇口から湯を、流し続けることが正しいのだって、思って、その通りにして、いる。

ダンダダンダンダン、玄関、怒鳴り声。
/それだって会話が必要だなんて、父は一度も云わなかった。



 +



冷蔵庫に丁寧にトマトが並んでいることが安全だと知っていたから、バターは流し台で溶けている。魚はすぐに腐りベランダで蝿にたかられている。可哀相。内臓がコンクリートにしがみついている。可哀相。彼らに舌はなく、あたしはトマトがどんな味のものなのか、知らない舌を所持している。

可哀相。だけれど、死んだら分かるようになるのだよって、かつての恋人はやさしくあたしに諭したのだった。齧った
彼の胆嚢はいつもキウイの匂いがしていた。



 +



洗面台の鏡はいつでも観覧車を映してしまう。幼い頃にひとりで乗った観覧車だ。週末なのにがらんとした遊園地、観覧車の前だけ、ひたすら人が並んでいた4月の。色とりどりの傘が並ぶ4月の、雨の日の。

あたしは赤色のゴンドラに乗り、係員の女性は笑顔で鍵を閉める。浅く腰かけ窓に手をついて、景色を眺め続け。1周が終えようとして、降りるため立ち上がる、が、係員の女性は笑顔であたしを見送る。立ち尽くしたまま再び周回する、ゆっくり景色の動く、そして一周がまた、終えようと、降りようと、する、ひらかれない、ドアは、ひらかない、再び、立ち尽くした、まま。

前後の人たちは次々と入れ替わっていく。
係員の女性は健やかな笑顔で、口紅だけが濃くなっていく。
列はやまない。4月の雨も、また。

鏡はその景色を鮮明に映している。



 +



洗濯機からとめどなく蛸が出てくるので、部屋は真っ黒に塗られるのだった。



 +



喪服を持たないあたしの肌色で、白猫を胸に抱く。あんまり柔らかいので、猫は純潔な数列で構成されているのだろうと思う。触れた場所から発疹の浮き出る、みたいに、砂になっていく体。心臓がざりざりという。砂になっていく。輪郭からはみ出ることなく循環している。

循環から、白猫は
腕から、白猫が飛び降りる。

半島に
放物線の美しいフェルマータ。



 空へ



   空の



     下、


       男(のようなもの、)と

       あたし(のようなもの、)が



食卓で向かい合っている。



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