マーブル




新聞が配達される夕方だから、あたしは早急にパソコンを消して、冷凍庫から蜜柑を取り出し、子どもたちに均等に分けてあげなければならないのだけれど、数をかぞえられないことをたった今、たった今知ったのだった。うさぎのぬいぐるみの耳をちぎってしまったあたしの左手を、半ばあきらめ顔のママを、鮮明に思い出せるよ、台所の床に横たわり腐敗していく、パパのことだって。

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夏には、空中に金魚が泳いでアスファルトからはとうもろこしが吹きこぼれる。甘い匂いがして、うつくしいねと呟いていたのは、赤いランドセルを背負った。ランドセルを背負った少女、はあたしであって、決して佐藤くんなんかじゃなかっ、た。麦わら帽子を被った佐藤くんを見たのは、あたしが最後なんだと、刑事のおじさんや佐藤くんのお母さんは肩を揺すぶるのだった、だけど(だから)、佐藤くんはただ、蜻蛉を捕まえにいっただけだよって、首のない蜻蛉は珍しいからコレクションにするんだって虫とり網をもって嬉しそうに、崖の方に走っていったんだよって、全部を話して、あたしが健やかになったら、あ、頭上に蜻蛉、が、飛んでいって。飛んでいったそいつには首がなかった。
縁日にはお面を被った人がいっぱいいるから、こわい。だけど佐藤くんはこわくないよ、だから帰っておいでよ、

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セーラー服がまるで似合わないから学ランが着たいと主張して、弓子先生を困らせてしまったことがあった。ガクガクふるえる脚を見せるのが嫌、リボンを結ぶのが苦手、釦を必ず留め違えてしまう、自覚ばかりして、する、ばかりだったのだから。何故あたしには「しゃかいのまどがないの?」
お姉ちゃんは睫毛に器用に黒色を塗り、瞼に金色を塗り、エナメルのヒールを履いた。社会人はとても金属質なのよ、姉は溜め息をつき、呟きながら携帯電話を扱う。あたしはといえばリコーダーを、「もう授業には使いません、」と先生に注意を受けてもクラスメートにひそひそ笑われても、机の中にいつでもしのばせていた。 吹くことなんてなかったのだけれど、おそらく、自分で決意したことではなかったのだと思う。口笛でさえ上手に吹けなかったのだから、おそらくは。「行って来ます。」お姉ちゃんはそう云ってどこへでも行ってしまう。デパートやホテル、東京、海を越えた遠い国、名前が変わる、先にだって。笑顔で、

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血圧、の意味が分からなかった。病院の看護師さんは何も話さず唐突に、無表情に計りはじめ、(締め付けられ)(弛められて)、終わったあとにようやくニコリとする。を繰り返す。血圧、の正体が分かる頃には、円周率だって導き出されているのだろうね。早く、早くそうなるといいのに。かなしげな記号など、もう使いたくはないのだから。先生が、あんまり多くのお薬をお出しになるから、ノイローゼになりそうです。口を尖らせて、診察室から飛び出して。ねえ神さま、確定からあたしを仮定してほしい。ソーダ水みたいにさ。ぬかるみがはじけて、

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パパに買ってもらったものといえば、ピンクのカチューシャくらいで、今はもう、あたしの頭には小さくて、鏡台の上でただの飾り物みたいになっている。大して大事でもないのだけれど、壊されたり無くされたときには多分、許さない。ぜったいにころすんだと思う。例えばそれが高橋さんであったりあたしであったり世界であったり、したとしても。でも安心してほしい、パパは包丁に刺されて、おびただしい血液をあたしたちに見せてくれたから、ずっとだいすきのままだよ。

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足元に猫が擦り寄る。胴の長い犬を昨日、玄関にくわえてきた口で(狩猟がとても得意な動物なのだ、鋭い爪は下弦の月の、終末みたいだと感じる。)丁寧に鳴いてみせる。さびしいというより前に背中を丸めて髭を揺らしてみせたのなら、すすきのように溶けることができたはずの。鳴き声。お腹がすくだなんて汚らわしいことだってママはおっしゃった。それだってあたしたちはお腹がすくように出来ているから、せめて感謝をしないことが重要なのよ、と。煮干しを適当な皿に入れて、差し出す。ちゃんと感謝しない。咀嚼をして、ふくよかな腹へと流される煮干し/彼らのカルシウムについて考えたとき、あたしは全くの無防備になるのだった。ほら、涎がだらだら垂れる、冷凍蜜柑みたいに、じくじくと正常になる。

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マーブル、仕組みが理解できたときに子どもたちはまんまと生まれた(体内の組織全部、混じり合わせたい、)。赤みのある肌でけたたましく声をあげる子どもには、ありったけのミルクを与えなければならなかったし、最も必要であった。ある、と、知っていた。与えなければ

―――――脈、瞳孔、ひとつ、またひとつ、確認する。(数字、かぞえられる。よ!…

子守唄を誰か知っていますか、ワルツでもいい、暗示にかかるだけのいのちならまだ、あるはずだ、から、だから、あたしの知らない、初めてを、うたを、うたってやりたい、

            マ マ 、 )))

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まっくらなだけの電線。ひかりが消えては灯る、その間を縫うように草の道、素直にねむる子どもを抱いて、ほほえんで、ゆく。



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