梔子、惑星、テトラポット




南に地球が沈んでいく
沈むべき場所のない
くにの脱け殻を
みつけてはしゃぐ
子どもが、駆けていく
夕暮れの砂場から

残されたスコップの
右半身が砂に埋もれて
不自由している
私はさりさりと砂を払い
鞄にそれを、そっと
しまいこみ立ち上がる

鞄には
百四十一の星がひかって
ひさしい
かつては流れていたものも
あったけれど
いつの間にか消えてしまって
願うことも、やがて
なくなった
すり減る
ものだけがいとおしく
痕をなぞると
ひんやりとする指
忘れている
ということを覚えていれば
またつないでくれるのだろうと
疑わぬ指、
地球も
子どもの後ろ姿も
もう眼では追えなく
なってしまった

どこにでもある
ような外灯にはりつく
どこにもいない
ような虫、いずれも
つくりは単純で、すぐに
うしなわれてしまうもの
だから、私は
立ち止まることをしない、

 ○

背泳ぎが得意だった
地から足を離す瞬間の
まとわりつく水流が、好きだった
水を掻く音、飛沫
それだけが
耳に届くほんとうで
掻いた先にタッチするのは
壁でも岩でもない、初夏の
振りかえれば梔子の咲く、
父がいて母のいる初夏の
あの日と同じ食卓 好きだった
水から這いでて
痙攣するくちびるを噛み
やっと席に座る
並んだお茶碗の湾曲に
マグカップの欠けた縁に
眩しい、地球の
燃えるように碧い
ひかりがあたり、私たちは
(もしくは食卓は、)
一気にほてり、肌は
焼かれていった 好きだった
父と母は口だけが残され
その為
ぺちやくちやとお喋りをする
私には耳だけは残り、
ひとつの団欒になる
炎は炎によって燃やされ
嘘みたいに
私たちの団欒は終わることを
知らなかった

 ○

空白を閉じこめて
宛先も決まらない手紙に封をする
梔子の花びらが昨日、
落ちたこと 好きだった
ラジオ番組が終わって
しまったこと
そんなことでも良かった
んだと思う今日は
祖母から譲りうけた扇風機を
組み立てて、少しばかり
汗を流しました はりつめた
骨をやわらかく溶かす
風がほしかった、
すべての饒舌を空白に閉じこめ
手紙を夜の郵便屋さんへと
手渡す
にこりとほほえんだ
気がした生命体、(輪郭がうねる)
赤いテールランプがぶれながら
ひかりの帯のなかに
消えていった

 ○

いつか、が毎日足元に届く庭に
犬の写るモノクロームの
写真を一枚、
明後日にはどうか
無邪気に翳しましょう

 ○

口と口が合図する
―ここか?
―ここです
ここが私たちのあたらしい家
そうして
テトラポットのうえの
暮らしにも慣れた頃
熱帯低気圧が襲来する、と
カモメの連絡
そりゃ大変、と
紫貽貝はコンクリートに
いっそうしがみつき
釣り人はゴカイをぶちまけて
逃げ去って、
口と口はあたらしい子どもを
急いでつくって、わかれた
今も、うぶごえがする
テトラポットのうえに立つと
劈くような、

空をみあげたら
ようやく聞こえる波の音
ふるえるうなじ、
泳ぎ方を思いだす速度で地球は
北から昇りはじめていた





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