06/18 21:22
「喧嘩」
虹路
ヒドくマイペースですね。お久しぶりな虹路です。
この間、喧嘩のグチ聞き役をやっていた時のこと。
その人は頻繁に「間違ってないよね?」「私が悪いの?」というようなことを言ってました。
喧嘩の原因がどうであれ、喧嘩したということはお互いが正しいと考える主張・意見がズレたということ。
お互いがそうだと思ったことのズレで対立した。
つまり、自分の中で正しいこととしてその意見がある。ただ他の人とそれが合うとは限らない。
なので、私はその人は間違っていない、と思います。
それを正しいか間違いかで答えを他人に求めるのはしなくていいことだとも思う。
その答えが間違いだと言われれば対立してまで主張した自分が否定されているようだし、正しいと一言言われても自分が軽く扱われているようだし。
だけど、聞いた側としては「こっちの意見」として思うところを言える。そこで意見は変わっていいと思う。そうなった場合それは柔軟性であって、意思の弱さにはならないだろうから。
自分の意見が変わらないというならそれを保っていていいと思うし、イジで喧嘩したと思ったら謝れる時に謝ればいい。
喧嘩した状態がツラくなったらどこかに和解求めてもいい。
ただ、自分の正しさを捨てることをしないで欲しい。
私は喧嘩するのは苦手です。相手の意見に「なるほど」とあっさり思ってしまうから。
そして喧嘩は嫌いです。
ハラハラするから。
だけど喧嘩することはいいことだとも思います。
お互いの意見をよく聞くチャンスでもありますし。激昂した状態では難しいでしょうが。
私は人は支え合って生きている。よりは、認めあって生きている。と思ってるのでそのためにも意見の対立だってあっていいものだと思う。
それでもピリピリした状態続けてたら、疲れるばかりだし自己主張しまくりも止めた方いいですね(そんなの誰もがそうでしょうが)
そしてその人の話聞きながら、最終的にお互い認めあう喧嘩って素敵だな、とか考えてました。
何が言いたいのかっていうと、「喧嘩だってあっていいものですよね」ということでした。
毎度のことながら、お粗末様でした!
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