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ドラえもんの姿が見えなくなると、剛が大きなため息をついた。
剛「なんだってドラえもんと一緒に来たんだよ。びびったじゃねぇか」
スネ夫「そうだぞ!まさか昨日のこと、ドラえもんに話してないだろうな?」
のび太は2人の言葉を鼻で笑うだけで、無言だった。
彼の明らかな豹変振りに、剛とスネ夫の表情には不安の色が混じる。
スネ夫「何だよ、なんか言えよ」
スネ夫がそう言うのと、のび太が高笑いを上げるのとは、ほとんど同時であった。
剛「何だよのび太、頭おかしくなっちゃったのか?」
剛が心配そうに眉を下げる。その言葉を遮って、のび太が宣言した。
のび太「わからないかな?剛くん?最早これまでの立場は逆転したんだよ。君にはガキ大将という立場を下りてもらう。今日から僕が大将さ!」
剛「なんだとてめぇ…」
すぐさま剛が眉を吊り上げ、拳をぎゅっと握る。
しかしのび太の様子から何かを感じとったスネ夫が、彼の腕を押さえつけた。そして尋ねる。
スネ夫「ど、どういうことだよ?のび太…くん…」
のび太「君達2人は殺人犯なんだ。僕が警察に証言すればすぐに捕まるだろう。2人の悪事を黙っていてあげる代わりに、僕の家来になってくれてもいいだろう?」
のび太の唇がいじわるく歪む。
スネ夫は剛とのび太を交互に見つめ、それから黙って剛の傍から離れ、のび太の背後に回った。
スネ夫の本能が、のび太を主人と認識させたのだ。
剛「スネ夫てめぇ…。おいのび太!どういうことだ?説明しろ」
のび太「説明してくださいお願いしますご主人様…だろ?まぁいいや教えてやろう。僕は昨日出来杉を秘密基地へと案内しただけだ。彼を閉じ込め、事故に遭わせて死なせたのは君達2人」
のび太「僕はそのことに関して何も手出ししていない。死体をバラバラにして埋めたのだって、君達に強要され仕方なく手伝っただけだ」
剛「それはそうだけど、おまえだって面白がってたじゃねぇか!」
のび太「だけど世間の判断はどうだろう?僕と君達2人。犯行がばれた時、果たしてどちらの罪が重いのかな?」
剛「……」
のび太「わかっただろう?僕を敵に回したら君達2人はおしまいだ。おとなしく僕の言うことを聞いていたほうが身のためだよ」
行き場を失った剛の拳がぷるぷると震えている。
剛は勢いに任せて近くに転がっていた土管を殴り、声を殺して痛みに耐えていた。
その間にもスネ夫はのび太に取り入ろうと、お決まりのセールストーク―僕ね、新しいラジコン買ってもらったんだ―などを展開していた。
のび太は満足気に、震える剛の背中を見つめている。
のび太「決まりのようだね。じゃあ僕はこれからスネ夫の家でおやつをご馳走になり、ラジコンで遊んで来るから、君は日が暮れるまでここで1人、死体の見張りでもしていればいいよ」
剛はもう、自分が拳の痛みに震えているのかくやしさで震えているのかわからなくなっていた。
馬鹿にして、顎で使って来たのび太に、自分は今命令されているのだ。
今まで自分の右腕として可愛がってきたスネ夫にまで裏切られ、こんなに屈辱的な気持ちを味わうのは生まれて初めてだった。
のび太「ここは日陰がないから暑いね。でも喉が渇いたからって、ここを離れでもしたら、その間に誰かがやって来て出来杉の死体を発見してしまうかもしれない。それは絶対に避けたいよね、剛くん?」
のび太の勝ち誇った視線が、剛の背中に突き刺さる。
剛はもうのび太を振り返ることが出来なかった。
こんな惨めな自分の姿を、のび太の前にさらけ出すくらいなら死んだほうがましだと思った。
剛「わかったからさっさと向こう行けよ…」
それだけ言うのが精一杯だった。
それ以上話したら、泣いてしまいそうだった。
剛のプライドが、寸でのところで涙を堪えさせていた。
のび太とスネ夫の立ち去る足音が遠くなると、剛は意識的に深く呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせようとした。
空き地には剛だけが取り残された。誰にも見られている様子はない。
剛はひっそりと声を殺してすすり泣いた。
こんなこと、両親にも妹にも話せない。もうこの世のどこにも心から気を許せる人も、自分の味方になって守ってくれる人もいないのだ。
この広い世界で、剛は圧倒的にひとりぼっちだった。
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翌日、教室に剛の姿はなかった。
教師の話では、昨夜は帰宅せず、行方がわかないのだという。
女子生徒「出来杉さんに続いて剛さんも行方不明なんて、怖いわ…」
生徒達は皆口々に、誘拐ではないか、家出ではないかと噂し合っている。
しずかは1人、不安げに俯いていた。
そんな教室の中で、のび太は1人不満だった。
せっかく今日は級友達の前で剛を顎で使い、自分がこのクラスの支配者であることをみんなの前で見せつけようと考えていたのに、肝心の剛が欠席ではそれも出来ない。
憂さ晴らしにスネ夫の前髪を引っ張ってみたところで、気分が晴れることはなかった。
――ふん、弱虫のジャイアンめ!罪の重さに耐え切れなくなって逃げ出したか…。
放課後になると、スネ夫に空き地の見張りを命令し、のび太はしずかとともに昇降口へ向かった。
のび太「ねぇしずかちゃん?今日僕んちに遊びにおいでよ。ドラえもんになんか道具出して貰って遊ぼう?」
しずかといると、自然とのび太は甘え口調になってしまう。
自分でも気をつけなければと思うが、出来杉のいなくなった今、未来でしずかの夫となる人物は自分しかいないのだ。
ゆっくりしずかの中での自分の評価を上げていけばいい。
しずか「ごめんなさいのび太さん、今日はバイオリンのお稽古があるの」
のび太「そんなの休んじゃえよ」
しずか「駄目よ。休んだらママに叱られるわ」
のび太「何だい何だい!せっかく僕が誘ってるのに!」
剛が欠席したことから不機嫌になっていたのび太は、ついしずかに対してやつ当たりをしてしまった。
聞き分けのない幼児を見るような目で、しずかはそんなのび太を見つめている。
やがて我に返ったのび太は、必死にしずかに詫びた。
しずかは苦笑いを浮かべて許してくれたが、気が治まらなかったのび太は、彼女の靴を磨いてあげるなどして、自分がジェントルマンであることをアピールする作戦に出た。
のび太「ほらここ、靴に泥がついていたよ。女の子はね、いつでもきれいな靴を履いていないと幸せになれないんだぜ」
彼にしてみれば気のきいたセリフを口にしたつもりだったが、しずかは喜ぶどころか反対に腹を立ててしまった。
しずか「そんなこと大きな声で言わないでよ!まるでわたしが不潔な人みたいな言い方じゃない!のび太さんたら最低!」
しずかはそのままのび太を置いて、1人帰ってしまった。
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帰宅したのび太は、昼寝で昼間のストレスを発散しようとした。
自室の定位置に横になると、すぐに瞼が重たくなってきた。
しかし数分後、彼の安眠はさまたげられる。
出かけていたはずのドラえもんが騒々しい声を上げながら帰ってきたのだ。
ドラ「大変だよのび太くん、ジャイアンが行方不明なんだって!」
眠りかけていただるい体を起こしながら、のび太はうんざりとした調子で言った。
のび太「知ってるよ。どうせジャイアンのことだから馬鹿な真似して家に帰りづらくなってるだけだろう。お母さんに怒られると思ってどこかに隠れてるんだ」
ドラ「そうかなぁ。出来杉くんのこともあるし、僕は心配だよ」
ドラえもんの顔は、心なしかいつもより青い。
本当に剛のことが気がかりのようだ。
眠りを妨げられたのび太の不機嫌な顔にも気付いていない。
のび太「だけどドラえもん?ジャイアンがいなくて何か不都合でもあるの?ジャイアンがいなければ僕はいじめられることはない。いじめられなければ、君に泣きつくこともない。君としてもそのほうが平和だろう?」
のび太の言葉に、ドラえもんがはっとした表情を浮かべる。
それを見てのび太は唇の片側をわずかに引き上げた。どうやら気付いたようだ。
のび太「どうせすぐジャイアンは見つかるよ。それまでこの平和を謳歌しようじゃないか」
ドラ「それもそうだね」
ドラえもんは納得した顔で頷くと、本棚から気に入りの漫画を取り出し、読み始めた。
すぐに漫画の世界に没頭し、小さな笑い声を洩らす。
ロボットにも笑いのツボというものがあるらしい。
のび太は安心して、再び眠りへと落ちていった。
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翌日――。
寝坊したのび太は、学校に遅刻して行った。
教室に入ると、教師が真っ赤な顔でのび太を怒鳴り散らす。
すでに慣れたもので、のび太は教師の小言を適当に聞き流した。
そうしながら、ジャイアンの席を横目で確認した。
――今日も休みなのか…。チェッ、つまんないの…。
教師「野比くん!聞いてるのか!」
のび太「は、はい…ごめんなさーい…」
教師「しばらく廊下に立っとれぇぇぇぇ!!」
のび太「はーい…」
教室を出て、1人廊下に立つ。
実のところ、のび太は廊下に立つことが嫌いではなかった。
教室でじっとつまらない授業を聞いているよりも、廊下に立っているほうが気楽だ。
すぐさまのび太は妄想の世界へと突入する。
将来しずかと結婚した時に住む、家の間取りなんかを想像しては1人笑みを浮かべていた。
スネ夫「えーっと、何をしているんだい?のび太くん」
ふと気がつくと、すぐ横にスネ夫が立っていた。
いつの間に来たのか、妄想に夢中だったのび太はまったく気がつかなかった。
今日もスネ夫の顔は青白い。
のび太「君が廊下に立たされるなんて珍しいじゃないか」
スネ夫「昨日はなかなか眠れなくて、つい教室で居眠りをしてしまったんだよ」
のび太「へぇ、空き地の見張りが気になるのかい?」
スネ夫「それもあるけど、この手紙の内容が気になって…」
スネ夫はのび太に一枚の便箋を手渡した。
のび太はそこに書かれた文を見ると、鼻で笑ってスネ夫につき返した。
のび太「これがどうしたっていうんだい?ただのいたずらだろう」
スネ夫「そんなことないよ。きっと裏山でのことが誰かに見られていたんだよ」
スネ夫は大げさなほど全身を震わせ、ぎょろぎょろと視線を泳がせた。
震える彼の手から、便箋がかさりと廊下に落ちる。
便箋はそのまま廊下を滑り、のび太の立つ数歩先で止まった。
そこには整った文字で一言、『全部知ってるよ』と書かれている。
スネ夫「怖いよ、僕怖いよ…。夕方に空き地の見張りを終えて家に帰ったら僕宛の封筒が届いていて、中にこの便箋が入っていたんだよ。怖いよ…怖いよ…」
スネ夫はそのまま「ママー!」と叫びだしそうな勢いだったので、のび太は慌てて彼の口を押さえた。
スネ夫は目を白黒させていたが、しばらくすると落ち着いたようで、のび太にどうしたらいいのかと尋ねた。
のび太「だけどそこに裏山でのことを見たと書いてあるのかい?書いてないだろう?だったらこれは悪戯だよ。気にすることないさ」
スネ夫「でもジャイアンもまだ行方不明だし、きっとこの手紙を書いた人物に殺されたんじゃないかな。それで次は僕の番なんだよ。僕はこの手紙の主に復讐されるんだ…」
のび太「おいおい、考えが飛躍しすぎじゃないか。ここに書かれた文だけでそこまで判断するなんてどうかしてるぜ。あんまりビクビクしていると本当に怪しまれるから、いつも通りにしているほうが懸命だと思うよ」
スネ夫「君だってこんな手紙が届いてみたら、僕の気持ちがわかるよ。本当に恐ろしくってたまらないんだから」
のび太「出来杉を殺した殺人犯がよく言うぜ。そんな手紙より、僕が警察に証言することのほうが、君にとってはよっぽど恐ろしいことだと思うけど」
スネ夫「それもそうだな…」
のび太「わかったら、つまらないことで大騒ぎしないことだな。僕は想像の世界に入っていたのに、君が来たから台無しだ」
スネ夫「ごめんよのび太くん。後でフランス製のチョコレートを君のうちに持っていくよ」
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授業が終わると、ようやく2人は教室の中に入ることが許された。
その頃までには再び妄想の世界に入りこんでいたのび太は、教室に入るなり、「しずかちゃん、寝室のカーテンは緑色がいいと思うよ」と言ってしまい、しずかに妙な顔をされた。
のび太の想像の中では、2人の将来の寝室は緑を基調とした落ち着いた雰囲気にする予定だったのだ。
放課後になり、のび太はスネ夫の家に寄ってチョコレートを受け取った。
家に持って来てもらうつもりだったが、スネ夫には夕方まで空き地の見張りがあるので、チョコレートを受け取る時間が夜になってしまう。
のび太はそれまで待ちきれなかったのだ。
今日はどうしてもチョコレートをつまみながら漫画が読みたい気分だった。
チョコレートのついでにスネ夫から新刊の漫画を数冊ぶん取ると、のび太はご機嫌で帰宅した。
ドラ「やあのび太くんお帰り。今日のおやつは麩菓子だよ。早く手を洗っておいでよ」
玄関先にはドラえもんが待ち構えていた。
まるで主人の帰宅を喜ぶ飼い犬かのように、のび太の後をついて回り、自分のガールフレンドである近所の猫のことやら昼間見たテレビ番組のことやらを楽しげに言い聞かせてくる。
のび太はそんなドラえもんの態度に、いささか鬱陶しさを感じた。
咄嗟に皿に出されていた麩菓子を掴むと、ドラえもんの口にあたる部分に突っ込んでやる。
のび太「ほら、僕のぶんのおやつをやるから、少し黙ってろよ」
ドラえもんは満足そうに麩菓子を平らげ、しかしまたしてものび太に話しかけた。
ドラ「天気がいいから庭で相撲でも取ろうよ、のび太くん」
のび太「嫌だよ。相撲なんか取ったって疲れるだけだろう」
ドラ「そんなこと言わずに、ねぇ」
のび太「嫌だって言ってるだろう。僕はこれからスネ夫に借りた漫画を読むんだ」
ドラ「へぇ、スネ夫くんが漫画を貸してくれるなんて随分珍しい」
ドラえもんは怪しげにのび太を見た。
のび太は視線を逸らすと、無言で二階へと上がった。
すると興味を失ったのか、ドラえもんは今度、ママに小遣いをねだりに行ってしまった。
そういえばドラえもんは近所の猫に色々と貢いでいたな、と聞き耳を立てていたのび太は思い出す。
ドラえもんはつくづく気の毒な奴だ。
のび太は少しだけ同情すると、すぐに忘れて漫画に集中しだしたのだった。
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翌朝、登校すると教室にスネ夫の姿はなかった。
のび太は教室中を窺い、びくびくと背中を丸めていた。
しずか「どうしたの?のび太さん」
そんなのび太の様子を心配したのか、しずかが話しかけてきた。
のび太「なんでもないよ。ちょっと気分が悪いだけさ」
しずか「まあ、それなら保健室に行ったほうがいいわ」
のび太「だ、大丈夫だよ。平気さ…」
しずか「でものび太さん、顔が真っ青よ」
しずかをこれ以上心配させないようにと、のび太は意識して口角を上げて見せた。
しばらく話すと、しずかは安心したのか、自分の席へと戻っていく。
しずかが離れると、のび太はそっとため息をついた。
普段であれば、朝からしずかに話しかけてもらえたら飛び上がって喜ぶところである。しかし今ののび太に、それほどの余裕があるだろうか。
――どういう意味なんだ、あれは…。
昨日のスネ夫がそうであったように、のび太もまた怯えていた。
まさかとは思ったが、スネ夫の姿が教室にない以上、考えられることは1つだけだ。
スネ夫は消えた。たぶん殺されたに違いない。
今朝、のび太に下駄箱にはスネ夫の靴が入れられていた。
泥だらけのスネ夫の靴。イギリス製のブランド物だと自慢していた、きれいだったスネ夫の靴。
それが見るも無残に汚れて傷だらになった状態で、のび太の下駄箱に突っ込まれていたのだ。
――これはきっと、僕に対しての警告だ。
昨日スネ夫が見せてきた手紙は、悪戯なんかじゃなかったのだ。
きっと誰かが僕達の犯行を目にしていて、脅迫してきたに違いない。
しかし、脅迫者の目的は何だろう。正直に罪を告白しろということだろうか。
――僕は関係ない。出来杉を殺ったのはジャイアンとスネ夫だ。
それなのに、なぜスネ夫の靴が僕の下駄場に突っ込まれていたのだろう。
悪いのはあの2人であって、僕は何もしていないのに…。
もしかして、このままだと次は自分が殺されるのかもしれない。
怖くなったのび太は、ついにドラえもんに相談してみることにした。
結局のところ、いくら強がっても彼が最後に頼れるのはドラえもんしかいないのだ。
ドラえもんは最初、僕を説教してくるだろう。しかし涙を流して反省する僕を見て、きっと呆れ顔で何か道具を出して、出来杉の事件をなかったことにしてくれるに違いない。
のび太にはそう確信があった。
ドラえもんが自分に甘いことを、のび太は知りつくしていたのだ。
早速学校を早退して、家に帰ったのび太は、寝ていたドラえもんを押入れから引っ張り出し、事件の経緯を説明した。
決して自分は悪くない、ジャイアンに命令されてちょっと手伝っただけだということを強調するのは忘れなかった。
のび太の説明を聞き終えたドラえもんは、むっつりと考え込んだ。
のび太はその間に涙を流し、ドラえもんの心を動かす一言――出来杉を助けたいんだ――などを口にした。
やがてドラえもんは決心したように大きく頷くと、まっすぐにのび太の顔を見つめた。
ドラ「本当に反省しているんだね、のび太くん」
のび太「あぁ反省してるよぉ反省してる。出来杉には本当に悪いことをしたと思ってるよ」
ドラ「嘘じゃないよね、のび太くん」
のび太「うんうん、嘘なんかつくもんか。全部本当だよドラえもーん」
ドラ「本当はずっと前に、こうなることはわかってたんだ」
のび太「わかってた?どういうことだい、ドラえもん…」
ドラえもんは自身のポケットにあたる部分から、例のごとくある機械を取り出した。のび太はその機械に見覚えがあった。
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のび太「それは…災難予報機じゃないか…」
のび太は以前にその機械を使った経験があったのだ。人の名前と時間を言うと、その人に起こる災難が事前にわかるという夢のような機械。
ドラ「最近この辺も物騒だからね。僕は定期的にのび太くんやのび太くんの周りの人のぶんも災難が起こらないか、これを使って調べていたんだよ。どうだい、僕だって昼間怠けてるわけじゃないんだぜ」
のび太「だけどこれは災難を知ることは出来ても、災難を避けることはできないはずだろう」
のび太はうろ覚えだった記憶を呼び起こした。
ドラ「これで出来杉くんに起こる災難はわかっていたから、僕は出来杉くんのコピーロボットに身代わりペンダントをつけさせたんだよ」
のび太「そうかその手があったか!」
ドラえもんの言うコピーロボットとは、スイッチを押した人間そっくりに変身する便利なロボットのことである。
そのロボットに、出来杉の姿を記憶させた身代わりペンダントをつけておけば、コピーロボット自体が出来杉の身代わりロボットとなってしまう算段なのだ。
ドラえもんの説明を聞いて、のび太の顔がぱっと輝く。
のび太「じゃあ僕らが裏山で死んだと思ったのは、出来杉のコピーロボットだったんだね」
ドラ「そういうことだよ。どうだい、これで安心したかい?のび太くん達は始めから出来杉を殺してなんかいなかったんだよ」
のび太「何だいびっくりさせやがって。始めからそう言ってくれてれば、こんなに怖がることもなかったのに」
ドラ「君には少し反省する時間が必要だと思ってね。これに懲りたらもうあんな馬鹿な考え起こさないことだね」
のび太「わかったよー。充分反省したからさぁ。それで本物の出来杉は今どこにいるんだい?」
のび太の言葉に、ドラえもんは無言で押入れを空けると、中に貼られたポスターを指差した。
のび太「かべ紙ハウスかぁー。出来杉くんはその中にいるんだね」
押入れに張られていたのは、一見するとただの家の絵が描かれたポスターだが、実はこれもドラえもんの持つ不思議な道具の一つで、絵に描かれた家の中に実際に入ることが出来るのだ。
ドラ「もう少し君には反省してもらいたかったから、出来杉くんにはしばらくこの中に隠れていてもらったのさ。おーい、出来杉くん出て来ていいよー」
ドラえもんの呼びかけに、ポスターの中から出来杉の声が答えるのを、のび太は耳にした。
家のドアからするりと出来杉が姿を現したとき、のび太はようやく安堵の息をつくことができた。
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出来杉「のび太くん、君って人は…」
日頃冷静な出来杉も、さすがに怒りを露にしている。
そのあまりの迫力に、のび太はすくみ上がって、平謝りを繰り返した。
のび太「ごめんよ出来杉くぅーん…」
出来杉「ドラえもんくんに僕が遭う災難の内容を聞かされた時には心底驚いたよ。僕はなんともなかったけれど、しばらく家を空けて僕の両親はきっと心配しているはずだ。君は僕だけでなく、僕の両親も傷つけたんだ。反省してくれよ。わかったかい?」
のび太「わかったよもうこんなことしないよぉぉ」
出来杉は軽蔑の眼差しで、土下座するのび太の姿を見下ろしていた。
ドラ「のび太くん、何でこんなことしたんだい?」
のび太「だってしずかちゃんが出来杉くんのことばかり褒めるから。僕はちょっと出来杉くんが痛い目見ればいいと思っただけなんだぁぁぁごめんよぉぉぉ」
ドラ「そりゃあ僕だって出来杉くんがいなければいいと思ったことはあるさ。出来杉くんがいなければ未来で君がジャイ子と結婚する可能性もなくなるしね」
出来杉「ドラえもんくん…」
ドラ「だけどそれとこれとは話が別だよ。のび太くんは自分で努力して、将来しずかちゃんがお嫁に来てくれる未来を切り開いていかなきゃ、何の意味もないんだよ」
のび太「はいぃぃ」
のび太が力のない返事をしたその時、何かが落ちる物音と小さな悲鳴が聞こえた。
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のび太「え?どうして…」
そこにいたのは、しずかだった。
しずかは信じられないものでも見るかのような視線で、部屋の前の廊下にへたりこんでいた。
その目は、のび太を無視して、まっすぐ出来杉へと向けられている。
のび太はどうしようもない敗北感に打ちのめされた。
しずかはいつからそこへ居たのだろう。
しずか「のび太さんが早退したから、心配で来てみたら…何で…出来杉さん…?」
しずかは再び会えた出来杉の姿に、涙を浮かべている。
出来杉「しずかちゃん…」
しずか「出来杉さん…無事だったのね…」
しばらく呆然とした様子のしずかだったが、やがてはたと気がついて、のび太を睨み付けた。
しずか「どういうことなの。何で出来杉さんがのび太さんの家にいるのよ。説明してちょうだい」
ドラ「し、しずかちゃん落ち着いて。これはえーっと…」
出来杉「僕がドラえもんくんに頼んだんだよ。ちょっとひとりになりたくてね…」
出来杉は咄嗟に嘘をついた。
しずか「何で、どうしてそんな…わたしとても心配したのよ」
出来杉「ごめんね、しずかちゃん」
出来杉の嘘をしずかは信じた。
いや、最早彼女にしてみたらどうでもいいことだったのかもしれない。
とにかく出来杉にまた会うことができたのだ。
出来杉の笑顔を目の前にしたら、今まで何をしていたのか、どこにいたのか、そんな疑問は瑣末なことに思えた。
しずか「出来杉さん、おうちに帰りましょう」
出来杉「そうだね。しずかちゃん」
しずかにはもう、のび太の姿など目に入っていない。
存在すら忘れていた。
出来杉がいる。
出来杉が帰ってきた。
2人は仲むつまじく手を取り合って、のび太の部屋を後にした。
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のび太「チェッ、しずかちゃんたら、出来杉を見た途端ころっと態度が変わっちゃうんだから」
のび太はすねて、畳に寝転がった。
そんなのび太の姿を、ドラえもんは呆れ顔で見つめている。
まったく困った人だ、僕がこれから教育して、のび太くんを正しい道へ歩ませないと。
ドラえもんは心に誓った。
基より、ロボットに心があればの話だけれど。
ドラ「そうやって嫌なことがあるとまたすぐ不貞寝して…。のび太くん本当に反省しているんだろうね?」
のび太「あぁ反省してるさ。だけどなんで僕ばっかりこんなに叱られなきゃいけないんだ」
のび太はそこであることに気がついた。
のび太「叱るならジャイアンとスネ夫にも平等に叱れよ。さぁさっさとジャイアンとスネ夫出して!」
ドラ「何言ってるんだい、2人は知らないよ」
ドラえもんは不思議そうに首を傾げた。
ロボットなので表情は読み取りにくいが、嘘をついているようには思えなかった。
のび太「僕を怖がらせて反省させるために、ジャイアンとスネ夫の身を隠したんだろう?変な脅迫状や汚れた靴まで送ってきて、芸が細かいこったな」
ドラ「どうしたんだい急に。ジャイアンとスネ夫は行方不明のはずだろう?僕だって居場所を知らないよ」
のび太「何だって!ドラえもんがやったんじゃないのかい?」
ドラ「僕は知らないよ。それに脅迫状って何のことだい?」
のび太「そんなぁ…じゃあどうしてジャイアンとスネ夫はいなくなったんだろう…」
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