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ナタリー
 田崎智基


二度めの呼吸はいつも。繋がれたくさりをい
じわるく撫でて、繊維しつが秋になって。零
度の窓がはためいて、波紋は青い水空の臓物
になっていく。ナタリー。を紙に書いて、お
おごえでこごえで、呼ぶ。海が彼女を忘れる
のは早い。くるってしまわないのは、わたし
たち、こ供だからですこどものわたしたち、
演そうする。

暗くくらく
少年も
(わたしも)少年も/
   /十二分に厚ぎをして
乱立をちいさくながめている
    ひとたちに混じって
    顔をかくしてきみは
     罅われをかぞえて
        /失くされ
ボールを青い林になげると/
なかから誰か
かえしてくれた

ナタリー、そうやって、青い壁が空ではがれ
ていくでしょうしらないうちにしずかにゆら
れて、きづいたら逃げられているわたしたち。
そうそこに、リンパ腺があって、チョコレー
トいろにみえるのは、人こうの遷移点だ。わ
たしも一緒くたになってゆれているから。け
しきがとけている。わたしも一緒にゆれてい
るから、

しろい貯水池の
ものかげに
裂れない窓がある/
   /そして上映はおわる
人々が引き揚げていくなかで
空気をかむように口を開閉し
  さむさを思い出してきた
           君は
/立ち上りいくけむりをみる
隙まから/
みずが滲み出してくる
ふれるたび何も欠けて

ナタリー。笑わないで。いくつもの遷移体が
あそんでいる空で、からだの震えがふえてき
ます。花も偶にはおいしい、ぼくも彼もわた
しも、つめたい水が沁みてきてる。夜空なん
かじゃないここで、ひとびとのさざめきが聴
こえますかれらは、初めからここに居ない。
わたしたちはせいいっぱいこどもになり、わ
たしたちの演奏に、耳をかたむけます。



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終電
 吉田群青
深夜の踏み切りで
終電を見送る

電車に揺られる人たちは
みな同じ方向を見ている
どうして帰る場所があるのに
あんなに悲しそうな顔をするのだろう
一見あたたかな色の光に包まれている人たちは
もう死んでいるみたいだ
死んでいて
天国へ行く途中に
現世を懐かしむ為に通ったみたいだ
そんな顔をしている

踏切が開いて
一歩足を踏み出した瞬間
凍るような風が
わたしの心臓を吹き抜けて
遥か彼方へ押し寄せていった

マフラーをきつく巻きなおして
さよならとつぶやいてみる

そうしてまた歩き出す
時々こうして終電を見に来る




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フレアスカート
 片野晃司


冬の寒気が細く伸びて
岬の先のほうへ
鋭く尖っていった
遠くで生まれた赤土の丘が
最後に海へこぼれ落ちていく場所で
わたしの そしてあのひとの
フレアスカートのはためく裾から
なめらかに伸びた白い両脚の
踵から先が薄く途切れて
その先がない

赤い屋根がひとつ
海へ崩れ落ちていった
つぎにわたしの家
そしてあのひとの家
その窓 その奥の細部が
記憶からぼろぼろと崩れてくる
わたしたちの日々が
わたしたちから
裾のほうへ薄く広がり
そこからわたしの そしてあのひとの
脚がなめらかに白く伸びて
あのひとの失われた日々へ
爪先立って降り立とうとして
海辺の雑草の中で
見失ってしまった
冬の最後の風が
岬の先のほうへ鋭く尖っていった
あのひとの
はためくフレアスカートが
岬から見える



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「悲歌」imp.1
 丘 光平


 静寂の庭をさ迷っている枯れ木 それは純粋な悲鳴のように
鎖にあらがうひとつの初夜 あるいは
朝を狩るために研ぎすまされた傷

無辺に散りしかれた流れ星の波紋を 粗末な硝子瓶に押しつめて
片眼のない彼に送りつづけているのは 横たわる彼だ 
砂と砂の国境で

 ただ 彼は知らない その緩慢な四肢にからみつく炎の網を
喉元まであふれている冬の水脈を そしていま彼は

降りやまぬ寂光の頂きで 新たな獲物を逃すまいとして 
その少年のような瞼を 閉じないでいる―



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奥義参入
 橘 鷲聖


おい、火歩きの初夏に
俺ならば、あの深緑の真っさらな束の間
悠々、往かなけりゃよ
なんだって山麓が、ああも青いのか
吹き、さらしの野で
一本、錫杖、抱え込むばかりだが
旅はそう悪かねぇ

なあ、月冴えた宵張り
喉元で、酒が綺麗に花を廻した口上
あんた、何か唄ってくれ
どうしたって譲れない、義やらを扇に
浮さ、ばらしで構わん
一刀、寸分、違わぬ間合いで
いつも、そう在りてぇ

ああ、細雪から牡丹
いつからか、交わらぬほど、近くなり
遊侠、笑わねばよ
なんたって碧海は、見果てぬ限り
墨、一筆の向こう
いっそう、見聞、静まりきって
いつか、そう語りてぇ




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うすげしょう
 腰越広茂

遠い風の透けた
銀のしずくが
月影おぼろにひびいて
さびしく薫る
ぬれた黒髪
結いあげる白い手

静かすぎる吐息の重さは
うつろな視線の光
映る予感の静寂が
白い手を空白に染めあげてゆく

無量無辺の光を縫う
影を空白にふくみ
鏡のまえで
うすらわらう黒髪が
遠く透けた風に
限りなくちかづいて……

すべての風へ旅立つ
あきらめることをしらぬけいぞくが
はてしない こゆびで紅をさす


※(ふりがな)月影(つきかげ)、紅(べに)


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離れる
 木立 悟





望まれない音の色とかたちが
夜明けのほうから降りおりる
まぶたの上のまぶたのかたち
ほのかに目覚めをさえぎるかたち


響きのなかに子らの手があり
母の行方をさがしている
まばたきの音
握った指をひらく音


とどけることができず
しまったままでいる声に
ふいに混じり ふくらむもの
ひらき 握り
ひらく手のひら


肩から背 肩から背
跡を残して流れ去る
遠いはずのない 遠いしるし
午後の夢さえ 遠いしるし


雨が冷え
空ばかりが白い雪の日の
つづくことのないひと吹きの唱
はざまを駆けるひとつきりの唱


見えることの境にうっすらと立ち
見えないことを解き明かす笑み
離れて在ることをけして赦さず
なのに離れていこうとする笑み
夜に光る 花の足跡


こぼれ落ち 消え
なお音となる
いくつものいくつもの問いと応え
その音のためだけに生きはしまい
泣きはしまい
冬を去る背を
追いはしまい


忘れた風や数のむこうに
二月と三月のかたちがある
紅のうた 衣のうた
手のひらの白に やわらかく鳴る












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回遊、わたしのなかの、
 望月ゆき



水を、欲している
のどの ずっと奥のほうで
さかなが泳いでいる



季節が融けはじめていることに
気づいたときには もう
わたしのなかの海は 浄化され
沈殿していた過去があふれ出ては
渇ききった部屋を
濃に染めていく
とおい、陽炎、



わたしの皮膚のそこここに 
残された痕と 逆光のかお、それと
いつかの不確かな約束が 
消えてしまわないよう
目を閉じないで、眠る
煮沸消毒されていく 四肢から
ともすれば流れ出ようとする さかなを、
抱きしめる



目がさめると
空気が、ぬれている
換気扇をまわすのを 忘れてしまった
まだすこしだけ、眠い
白熱灯の下はいつもあたたかく、 
季節はしばしば 
順序をわすれて 潮溜まりを漂う
さかなが、跳ねて、
やがて、沈む



湿り気をおびた、のどの奥に
からだをくゆらせて泳ぐ あの
あどけない さかなの感覚は 
もう、ない
回遊する、季節、
そうして



わたしのなかに今も、混沌と
海は横たわっている



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