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「悲歌」imp.7
 丘 光平


陽は
願いつづける 瞳のない庭で
瞳のない庭は 
稜線を持たない


 たとえば 
ひと束の薔薇
薔薇は 
燃えている
投げ出している

 寝静まるには 
 帰る朝が必要なのだと―


 砂の数ほど
深い夜を照らされながら 

夢の鎖を
繋ぐわたしら そして陽は
願いつづける




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かなしみ
 腰越広茂

  雲

あんまり空が
低いので
私は泣いて みたのです

いいえ私は泣きません
ひとつも涙は零れません
とけてゆかない成分だから。


  ひとり

あなたをきずつけぬように
だれにもとどかぬ
ことばではなす

ひだまりをごらんなさい



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浴室用の洗剤はりんごのにおいがする
 吉田群青

三日ほど
風呂掃除をしていなかったので
浴室のあちこちには
すでに君が生え始めていた
君が体を洗ったあとの泡を
よく洗い落とさなかったのが原因だ
気をつけていたつもりだったのだが
なにしろ湿気が少しでもあれば
君はどこからでも生えてくる

ため息をついて
天井やタイルの壁に根を張った君を
ブラシの柄で叩き落とし
床に生えた君には洗剤をかけて
やわらかくしてからこすり落とした

排水溝に流れてゆくとき
小さい君たちはひいひいと泣いたが
そんなに沢山の君は愛せないのだから
仕方が無い

綺麗になった浴室の中で
わたしはブラシを握ったままで
小さい君を悼んで
少し泣いた





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わたる ひびき
 木立 悟




おりかけた踏切を越える数が
息つぎの数を超えてゆく
骨にそのまま吹くような
すずやかな朝


沈没船の数
鳥の数
波の数
星の数
誰かの何かになれる数


石に刻まれるほどに
よろこびを欲しながら
皆が皆 得られずに帰りゆく
その背も その音もまた
石に刻まれてゆく


雨が道に木を描き
雨のあいだかがやいている
枝がひとつ
滴をつまむ


帰る声が唱になり
水のまわりを巡っている
水底には過去があり
水面を髪のように覆う


逆光の羽 午後の淵
緑と
光の落とし主が出会い
互いの声を交換する


水たまりに脈うち
ひとつひとつ名を忘れ
ゆうるりと
透りゆくもの


葉が葉を葉と呼ぶ以前のもの
羽の上に常にいる羽
とどろくものを畏れることなく
闇へ応え とどろくもの


行方だけを知らされていない
石と水底
雨去りしのち
静かな息つぎ
人工の
赤いまばたき


再び潮が満ちてゆき
座礁船が沈むまで
岩と鉄は見つめあう
砂のかたち 波のかたち
忘れてはただ見つめあう


むずがゆく震える
何度めかの朝の繭に
触れる耳 触れる目
聞こえくる色


小高い丘の両側を
影がすべり落ちてゆく
音の堤 音の轍
わたるものの無い
水の上の道


ひと呼吸ひと呼吸に咲くものを
どう名づけても消えてゆく
望むものを得られずに
帰りつづける背の逆へ
朝は粗い光を降らす













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「悲歌」imp.6
 丘 光平


 白鳥たちは 
たった今 飛びたってゆきます 
飛びかたをしらない若い羽で

抑えきれない予感にせきたてられるように
夜から朝へ 
 朝から夜へ


 刈りとられた土地で
長いあいだ
わたしらは佇みながら つぎの歌を 歌えないでいます

こどもらの瞬きをまてずに 
流れさる星々が
二度と 
 帰らぬように


 取りのこされた耳のなかで
湖が 
消えてゆきます 

そして 散りしかれた砂を 掬いきれない手のひらは
燃えやまない孤独で
 わずかばかりの 暖をとりながら


 たった今 
飛びたった白鳥たちは 星をなくしたばかりの夜空で 
星を灯してゆきます 

焼きはらわれた国境で 
風を束ねるわたしらに 堪えきれない雪が 
 降りつもるように―




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「悲歌」imp.5
 丘 光平


 見ているのではない 
見られているのだ わたしらの眼は

空を空として 鳥を鳥として
描く筆も
真白のキャンバスも焼き払う
夜 

それは 夕暮れという名のもとに
千の大陽を沈ませ

一通の古い手紙のように
 忘れてしまう―




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径(みち)
 望月ゆき


晩夏の草むらに足を踏み入れると
かわいた空気がひび割れて
よれた、真っ白いシーツが敷かれ
見たことのない男が横たわっている
あばらの上には、何本もの径(みち)があり
そのどれもが、わたしを受け入れない



光りの射す方角に背いた姿勢で
たたまれた胸をひらくと
男の血管が青白く、透けている
そのいくすじもの流れを追いながら傾くと
深い深い海へ入りこんでは
底に沈められた悲哀に
足をからめとられ、凍ってしまう



生と死の往復に体温は上昇し
季節の境で、はだかのわたしはひどく咳きこむ
見たことのないはずの男の
のどぼとけの位置をおぼえていて
そこに、くちびるを寄せると
塞がれていた径(みち)が皮下で氾濫し
流れたきり還らないので
この世のどこにも存在しないその男に
わたしは、永遠に入りこめない





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いのり
 雪村羽音揶


どこか哀しい匂いが鼻をついた
あなたの名前が呼ばれるのを
くちびるをかんで聞いていた
プラタナス、
揺れる葉のチャコールグリーン
陽射しをあびた鉢植えが
ひっそりと葉を裏返して
窓枠に掛けた葉先をまるめています

*

高度3千フィートの上空から
急降下する幸運に揺られて
ポツリと、
選びぬかれた言葉がある
老人に道を譲るように
あたしは、
ほどけたちいさな魂といれかえに
この世界にうまれおちた

*

プラタナス、
うすばかげろうの震える羽
紺青の空をかけぬける風が
すべてをふきぬけて
地上3千フィートから見おろした世界は
どんなにちっぽけでしょうか
ひからびて鉄格子に絡まる夕顔を
透明なひとさしゆびにくるくる巻きつけて
昼下がり、古い庭園の入り口
あなたは遠くへいってしまった

*

草原を走るきんいろの列車を
「いまだ!」のタイミングでとめて
息を、とめて
とめてみて
嘘みたいな彼らを、
連れ戻しにいけないかな 

*

鏡台にうつむいた白い顔
ちいさくおしこめた鏡の国と
緊迫した糸で稜線を張る
それさえもいつしかの、
人違いで、
三軒先を悠々と歩き去る
透明な足音と、呼ばれてしまった昔の名前

*

限りない空白は
秋の曇り空のように
困惑したぼくを背後から見越している

*

露草で爪を染める
真青な沈黙
渋い蜜と、嫉み
また出会う日の指きりに
祈りを、呪を、祝辞を爪先に刻み込む
指切りのジェスチャー

*

熟れた、白いスニーカーの泥
露草が染みる青紫
艶めかしい、と睨みつけていた
踏まれた草は、香り
しなだれ、

*

プラタナス、
がらくたで窒息しそうなガラスの天井
瞼に降りる憂愁を
ただ、待っていた
大理石の夢を見た
手を伸ばしても、届くことのない背中が
風景にこぼれだして
ただ、泣いていた
やわらかい霜のおりるころに
くちづさんだソネット

*

プラタナス、
僕はただあの空へ死にたかった



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