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語らいのあと
 丘 光平


語らいのあと
過ぎさった断片を
しずかに燃して

 まだいちども
閉じられたことのない窓
結ばれたことのない曲

椅子を引き
白紙になった指は
差し出されたまま

 春風に乗った
おわりのない葬送を
しずかに燃して―




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Already over me
 ホロウ



君は、遠い空が好きだから
俺のことは型遅れのキャリーケースにでも入れて
クロゼットの中へ
しまいこんでしまえばいい
夢に見たことは
夢に見たことで
誰がどこまで背負うかなんて話じゃないから
急いだ目覚めみたいに一瞬で過去にしてしまえばいい
行ってしまったものは
どんなに焦がれても
二度と触れることなんて出来ないものさ
アコースティック・ギター
全速力の犬ぞりみたいなカッティングで
シャバダバ・ダディダ、言葉の割りに
不釣合いなほどのエモーションで
そうなっちまうんだ
そうなってしまうものさ
アラームに書き込んだ
いくつかのコメントの内容は変更しろよ
果たせない約束のために目覚めると
誰も決まって忘れ物をしてしまうから
青い空には雲が
所詮この世はセンチメンタル
自己ナントカに相当するだけの涙を流したら
レンタル・ショップで新しいシリーズに手をつければいい
ハンカチを買いかえることを忘れるなよ、朝のワイドショウで
今年はバラのワンポイントが流行るって言ってたぜ
そんな顔をするのはよしなよ
どうせ明日にはフルーツの混ざったコーン・フレークで一日を始めるんだろ?
なあ、おかしなものじゃないか
きっとこれからもいろんな相手とこんなこと繰り返すんだろうけど
思い出すのはあたたかなベッドのことじゃなくて
マンションのエレベーターの落書きとか
きっとそんなものばかりさ
受け売りかって?エドナ・オブライエン、読んだことあるのかい
見直したよ、今更ながら
今度新古書店で出会えたらハイ・センスな会話をしよう
エスクァイアをたくさん立ち読みしておけよ
なにが書いてあるのかきちんと把握するんだ、それが出来なかったから俺たちは失敗したんだから
気の利いた挨拶なんかしないよ、君はワイルドだったけど
俺のことを引きずってはいけなかった
青い空には雲が
所詮この世はセンチメンタル
涙の後には虹が出る
ルームナンバーとか
降車駅とか
角のコンビニの店内放送とか
しばらくはそんなものがついて回るけれど
でもたぶん大丈夫さ
初めてじゃないってことが素晴らしいことのひとつは
「大丈夫」って言える機会が
信じられないくらい多いってことなんだ
大丈夫って言えたら大丈夫、馴れたりしちゃったら問題があるけれど
もう何回かあってもその点は心配なさそうだ
行くのかい
忘れ物はないかい
今日忘れたら
取りに来るのは少し難しいぜ
その
新しいヒールいい色だね





言うの
忘れてたよ





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冬から
 島野律子
 

はみだしている枝からふきこぼれる実は踏み割られて光がなくなってもやめられはしない花の黄色白へこんだ土から引き抜く力は厚みの消えた草の隙間に堅いままの色で輝いて風にも鳴らない光を湧かすところへ足を下ろしたいどろりの空はまだ倒れないで土のすき間に手をそろえてこれは冬が怖くなくなった手だったのかどうか蔓の切り跡は乾いて高い。折れても落ちないままひびの寄ったアスファルトへ飛び立つ構えをして鉄製の階段までの音が粒のたまった喉のあいだを渡っていく川からは近い土に髪を捨てて橋の手前のバス停まで狭い河原になる坂道に水が乗り上げそこだけは澄んで溝から見上げた空に嵩の増えた湿気の勢いがあのころ雲と空は同じときちきち信じて拝んでいた起き上がりたそうに際に陽を垂らし流し同じ高さだけに支えられたところから聞こえたから返したような声が壁の奥からしみ出てきて腕も首もかためる時間も過ぎてしまう。

 


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しずく
 藤倉セリ
 
見えないものは全て少しずつ違う海です
おんなのひとの名前を魚の包み紙に忍ばせて
あなた、何かに耐えるように震えながら盲いていく

わたし、黄昏の気配も知らずに紙一重を揺らす吃水線
いずれは消える優しい指を捜して
ひらひら奪われる淡い水の鈴
微睡みの運河に灯る約束

「もう、脱いでもいいのかしら?」
「まだだ」

あなた、かたちあるものを畏れながら
古いシャンソンみたいな声を出す度に
いちいちおどろいて
私を零してしまう

「まちがいでありますように」
「どうかどうかまちがいでありますように」

なお遠くに忘れたい季節から
懐かしい色の流れが来ます
いつもの水に触られた肩を確かめるように
そしてあなたは
いつか私は
どこまでも夜であった海に
違う名前で呼ばれるまでは
浅ましく眼を瞑って
せめて美しい腕を、と
崩れるように泳ぐのでしょう

「痛いのか?」
「ううん、平気」

始まりも終わりも夜に頷いて
少し遠いものに手を伸ばそうとする仕草が傾く
前屈みになりながら
溜息と夏草の余韻が漂う朝に
わたし、怯えながら滲んで
あなた、俯せたまま端からすっかり溢して

貰うことばかりを考えていました
たくさんあると安心しました
神様、ほんとうがわからない
歌うように何かに従おうとしながら
晴れた朝に水が流れた
晴れた朝に新しいシャツを着た
晴れた朝に「知らない人だよ」と紹介された

「アイス食べようか?」
「ちくちくするね」

怒っている人の眼は濁っていました
ぎっしりと並んだ歯が少し怖くて
不揃いな眉を許されそうにない
さみしい瞳だけが残った

晴れた朝でした
晴れた朝に水が流れて
晴れた朝に新しいシャツを着て
晴れた朝に

画像
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くま鈴
 兎太郎
 

飴色ガラスのきのこに 秋の灯(ひ)がともる
こんな森をあるきたい。
ときみはいう 
それなら あかるい空を呼ぶ鈴をきみのどこかにつけなくては
いろづく森のもっとも密な部分が 
肉厚の両てのひらで地面をたたきながら 陰性の彷徨をはじめているから

――ぼくはおもいだす、あの日のきみ
奥山のわらわない鹿のようにあるいていた、学校のわたり廊下を足早に
おおきな眼にはうごかない水
いらだたしげにながい髪のひとふさを両手でしごきながら
きみの足もとで ちりりん ちりりん 鈴がなっていた
どこかにひそむ黒 
その牙と爪に合図をおくるアンクレットの鈴のことを
運動靴だったきみはまだしらなかった

檻のとびらをあけたとたん しなやかに突進していく黒 
そんなふうに解放された涙が きみをたおやかにそだてていった
いまではよく笑う、
ワインをふくんだようなふくみ笑いに シャンパンのようにはじける笑い
昨夜はのびやかにひびくじぶんの歌声におどろいた
脚をのばして エナメルの靴をうっとりながめる
その靴はハミングしてはずんでいく
やっぱり ちりりん ちりりん 鈴がなる
どこでなるのか もうぼくにはわからない  
しりたい? 
いたずらっぽい目で きみはいうけれど……
おそらく鈴といっしょにかくれているのだろう、たまに不器用にとびだしてくる牙と爪が
ひとさし指でまなじりをひっぱりさげるきみの仕草 
それは吊り目を気にしているの?

ブーツの季節になったら いろんなタイツをたのしみたい。 
といっていたきみは 鹿の子の脚になる
飴色の秋 落ち葉ふみくだきあるいていけば しゃぼん玉のようにたちのぼる、
落ち葉にうもれ はしゃいでいたおさない日 
いま 鈴はきみの首にむすばれている
ねえ、肩車。
きみは鹿の子の脚でぼくの首をしっかりはさみ りんと背すじをのばす
視界の両はしがのびていき 背後でつながり ぐるりはぶなの森
ぼくたちはきのこのランプになった 
あちらこちら かたい大粒のなみだ からん ころ ころろ 
ぼくたちはちかくにひそんでいるらしい黒をかんじている

 


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水墨夜
 望月ゆき


筆先で湛えきれず
液体が
ぽたり、ぽたり、と
滴るので
両の掌をくぼませて、ふくらみをつくり
上向きに 
すこしかさねて
それをすくおうとしてみるけれど
わずかな隙間を
液体はすりぬけてしまう
墨汁にも似たそれは 
掌に滲んで、
痕をのこしていく



透明で色のない空に
ぽたり、ぽたり、と
液体は落ちて
その点描は しだいに
隙間をうしない、
ぬりつぶされて 世界は
夜になっていく
わたしの掌には 今も
薄墨の色が消えない



夜の下でねむるわたしが
夜をつくりだしたのだということを
わたしは知らない
それ以前に わたしは
いずれ、朝がおとずれる
という夢を 
まだ 見たことがなかった
それほどに
強く、しなやかな闇に
抱擁されていた



どこか遠くで
ぽたり、ぽたり、と
滴る音が聴こえている
薄目をあけながら ゆっくりと 
掌の痕を、確認する
筆先は 今も
湛えきれないほどの液体を含み
滴るそれは また
ほかの誰かの掌に
痕をのこしているだろうか



水路を、月が流れていく




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耳をすませて
 丘 光平


  ともに歩んできた道は
 どこに行ってしまったのでしょう

やるせない息づかいに
ただ 耳をすませて、

立ちこめるしずけさは
うすれてゆく日々の残り香だと 

わけへだてなく
 立ちこめるしずけさは、そして

 おおきな海へ
うけとられてゆくちいさな悲しみは
雨降るようにかぎりなく しんしんと

しんしんと落ちてゆく底へ
いま 帰ってゆくのでしょう

 やるせない呼び声に
  ただ 耳をすませて―




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ひとつ とどろき
 木立 悟



巡るうた追う
海の手の甲
丸い穂先と
風の尾の火
打ち消しあう火
打ち消しあう火


うたの切れ端が花になり
火を免れて明日になった
午後のこがね
夜の蒼
祝福も
喝采もないしあわせ


一度生まれ出たものを
消し去ることはできなかった
見えない修復のちからは強く
あらがいは折れて地に散らばった
心のないまま
前へ進んだ


海に着く火が沈まずにいる
光が星を見つめている
手は海に落ち空に落ち
波は花と波をくりかえす
巧妙に隠されたものを貫き
光が光に降りそそいでいる


問いなく応え
応えなく問い
空を編みあげる縦の波
柱は高く 海につらなり
はざまを震えに染めつづけている
波の音はなく どこまでもなく
問いは響き
応えは響き


灰のなかの火
甲を流れ
火に火をつなぎ
うたはつづき
まことはなく
まことはあり
変わりつづける頁をもとめて
海は海をめくりつづける
















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