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とむらいにあらず
 木立 悟




冬の蜘蛛のかたちだけが
土の下にかがやいている
風や色とともに染み込み
夜を夜から浮かばせている


まぎれもないまちがいだけを
数少なに燃している
たなびくものが向かう先へ
ただようものもまた向かう


草の檻が鳴っている
夜にはひとつ花が咲く
鍵は長く壊れていて
時々なかには誰もいない


鉄錆の窪みを音は流れる
冬のままの光がひとつ
半ば沈みかけながら
あたたかな雨を見つめている


風が空へ吹き
皆うたうように反る
失われた声が昇り
見えなくなる


色が色のまま燃え残り
花を花で包んでいる
夜のふるえ 頬の熱さ
冷えたものたちを響かせてゆく















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朝の庭で
 丘 光平

  朝の庭で
 ゆれている薔薇の葉
芽をつみとられた薔薇の葉、そして
飴のように 
きりとられた朝の谷間で
うまれてくる数えうた、ゆびと
 とげのしずかな数えうた―




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潮騒
 藤丘


忘却は望まなくとも訪れる
あなたが恋をしたらきっと海に行くだろう
愛しい娘に貝殻を拾ってあげるだろう
そうしてわたしのことを少しずつ忘れていく

わたしは輪郭を失い始め
痛みはしだいに引き伸ばされて
あなたはわたしを忘れていく

あなたの一日にすっかり居場所をなくしたわたしは
昼下がりにあてもなく一冊の書物を開く

ページの端を持ち上げると
林道に溢れる緑いっぱいの呼吸に包まれて
わたしは膨らんだ袖をリボンで結んだ少女になり
水色のワンピースを風に揺らし駈けていく
林を抜けると大地に持ち上げられた海が広がっている

眼下には真夏のデッキ
夏の影を落とし面影は琥珀に乾いて
わたしの腕は波すれすれを飛行する

記憶に潮騒が結ばれて
悲しいくらい冷たい星空に打たれていた花を思い出した
海岸沿いの薄紅の花だった

硝子のペーパーウェイトがカタリと外れて小波が立ち
ページの隙間から一頭の蝶が飛び立つ
夏空は柔らかく窪みながら
しだいに相称の斑紋を呑みこんで
そのうちに、その形を見失ってしまった

靴跡の消えた砂浜で
わたしを忘れた少女は素足のまま潮騒を聴いている




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 鈴木
 
 櫛でしじまを漉いた溝のしじまに戻る瞬間を束ねて、四方から漏れる僕のほくそ笑みを処断していたら、掛け軸の中で鶴が染みを広げていた。仏壇の前の椅子は祖父母が膝の粉砕を怖れて置いたのであり、彼らを手にかけることができない代わりに僕は鳥を縊って、そういうときは認められると聞いていた通りに破顔しつつ、舞い散った埃をゴミ箱に落とす。

 頭蓋かゆい。例えば地下鉄に投げた身が業者に回収されて、この部屋の二面を覆う障子の縦十×横五×十二枚のいずれかの向こうに横たえられている可能性もなくはないわけで、そこで僕と僕は交接している、内股のほくろまでゆくりなくなめつくす痙攣で若き日の君たちに会いに行く。

 障子は塞がれたまま、天井に見える顔面は木目の域を出ず、隣室からは政治経済のニュースが聞こえる。僕は戸を開け、ほりごたつでミカンを食べている女性に微笑みかける。玄関に出ると破足した老犬が待ちかねたと言う。

 びっこを引きながら先導する彼のあばら辺りに蝿が三匹まとわりついていたので櫛でしじまを漉いた溝のしじまに戻る瞬間を束ねて叩きつけると各々アーチを描きつつ落下していった、その弧らをポケットにしまう、さもなければ二度と家族に会えない気がしたから、吼え声、葉脈の読み方を教授してくれるというフクロウの住処へと歩む。
 


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ぺんぎんさん
 凪葉
 

夕飯の後、妻の代わりに洗い物をしていると、息子が急に、すっと足下に入り込み、なかなかそこから動こうとしない。
水がかかるよと言っても、まったく動く気配がない。
変に思い、なにかあったのか聞いてみると、息子は、僕の両足にしがみついた体制のまま反り返るように上を向き、
「ぺんぎんさん、ぺんぎんさん」と口元をほころばせながら言った。
どうやら、さっきテレビで見た皇帝ペンギンのつもりらしい

「なるほど、つまり離れないわけだ」
「うん!ぺんぎんさんだから!」
息子はとても嬉しそうに言う。
ぼくは、こういうのも悪くないなと、息子の気が済むまでぺんぎんさんにつきあってやることにした。


しばらくして洗い物を流し始めると、案の定勢い余った水が息子の頭に飛びかかる。しかし息子は、嫌とは感じないみたいで、水がかかる度に奇声をあげては、笑い、たのしんでいた。

洗い物を終え居間へ向かう間も、息子は決して足下からは離れない。居間へたどり着くと、足下にしがみつく息子をみて妻が、今度はなんの遊びなの、
と笑いながら息子の顔をのぞきこむ。
すると息子は、
「ぺんぎんさん!」と、これ以上ないくらいの笑顔で答える。
妻は、そうなんだ、と微笑みながら、足下に居る息子をすっとだきよせ、もう寝る時間だよ、と、やさしく頭を撫でた。
すると息子は、魔法にかかったかのように、素直にうんと返事をして、流星の如く布団へ向かった。
妻はまた笑いながら、その後を追う。


ぼくは、あっという間のことに、あっぱれな気持ちを抱きつつも、ぺんぎんさんはどこへ行ったのだろうか、と、少しの間そんなことを考えながら、も、でもまぁこういうのも悪くはないかな、とすぐに炬燵に入り、ふたり分の蜜柑の皮を、せっせと剥きはじめた。

 


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春の日、膿んだ傷みの反芻
 ホロウ




どこへ行くこともなくその空で遊んでいたきみ、クリーム色の雲がまだ少し寒い季節を足早に過ぎていく、そんなエターニティ
綴った手紙の文句は何度もリテイクされた挙句続きを書かれること無く
アドレスを押すたびに会えるような気がしていたのは純粋無垢の証だったのか
プラトニックを笑えばシニカルだなんて、かっこいいけど誤った認識を抱きしめたままいつの間に大人になったのだろう
口ずさめる歌はすべて一昔前のメロディ、ラブソングはところどころ君の名前で記憶していた、あの日の公園、あの日の約束、匿名性の中にありありとある景色
春は足早に思い出をさらうように強く吹きつけて、咲いたばかりの淡い花弁は覚えられたとたんに忘れられる
いつもは留まらない記憶ほど、こころには果てしなく響くのかもしれない
雨が多すぎたあの年には、甘い香りが余り無かった、今にして思えばそれがすべてだったのかもしれない、苦しみや悲しみが
よく出来た絵画のように思い出されてしまう今となっては、もう
もう余り水を吹き上げなくなった中央公園のベンチに腰を下ろして
バターロールのような雲が飛行船のようにしとやかに移動するさまを見ていた、ハロー、聞こえますか
こちらは少し埃がひどいです
通信は誰かと繋がるためのもの、いったいこれまでに幾度、オフのままの通話口に呼びかけてきただろう、返事をすでに怖れてしまっていたのだ、そこから何かが返ってくることを
それが装いであれ正直であれこの上なく怖ろしいものに違いなかった
強い想いの中に本物の恐怖がある、飲み込んだ空気に少し砂が混じるみたいに、強い想いの中にある本物の恐怖
青信号のメロディが聞こえる、僕はそこに向かって歩いたりはしない
行く先を忘れたみたいにずっと腰をおろしている、頭の中には確かに当面こなさなくてはならないことがあったはずだけれどそんなことはもうどうでもよくなって
そんなことはもうどうでもよくなって空を見上げたり汚れた靴の先を眺めたり
深呼吸を繰り返した挙句肺の空気を一瞬すべて失って、「どうか」という言葉の正しい響きを知った、それは足元に都合よく落ちているパンくずを探す鳩たちに話したところで到底伝わるはずも無く
と言って他に口を開くための口実はそこいらには見当たらなかった
口実を探し続けることで僕らは饒舌になっていく、意味を考えるまでもなく吐いた言葉をついばんでいくのはすでに死んだ詩人たちの列だ「こんなに」「こんなところにまで」「こんなことまで」彼らのさえずりはそんな風に聞こえる
ごめんなさい、でも許してくれとは言いません、時代は常に変化しているのです、さまざまな形態が選択出来るこの時代に遺産ばかりに目を向けているわけにはいかないのです、なんて
気をそらせてみようと下らないごたくを並べてみたけれどもちろん何も変わるはずは無く、とたんにどんどん冷えていく胸のうちと、突然爪が伸び始めた誰かをなぞるためだった両手、さらすことを躊躇った傷がもうかゆくてかゆくて
叫ぶことが出来ない叫びというものを歌うためにどんなスペルを用意しようか、そんなものを得るためには
水が出なくなった噴水の吹き上げ口を探すべきなのかもしれない、僕は人工的なたまりの中に足を突っ込んで
裾を濡らしながらジャブジャブと歩いた、近くに腰を下ろしていた老婆がねえ、あなた、と声をかけた
もちろん僕は答えたりしなかった
噴出し口に片目を近づける、ちょうど顕微鏡を覗くときみたいに繊細な注意を払って
なにかが、映る
映ろうとしたそのとき、警官が僕の腕をつかみ、噴水の外に引きずり出した「こんなところでなにをやってるんだ、ここに入ってはいけない、さあこっちへ来なさい」僕はぼんやりと彼の顔を見つめてみた、僕と同い年かあるいは少し上くらいの屈強な警官「なぜそんなことをする?」僕はぽかんとした表情を作って首を傾げてみた、もちろん彼が何を言っているのかは重々理解してはいたけれど
警官はもう少し何かを言いたそうにしていたけれど面倒になったらしく僕を噴水から遠ざけて去っていった「何をやっているかは全部判っていたさ」僕は演劇的にそうつぶやいた「そうだね」背後で声がした、僕が噴水に足を踏み入れたときに静止しようとした老婆だった
「パンでもお食べなさい、おにいさん」彼女はそう言いながら小さなビニール袋からあんぱんをひとつ取り出して僕に渡した「あたしは少し買いすぎちゃったから」そう言ってそそくさと去っていった
彼女が去った後僕はあんぱんを見つめながら
もう少ししたら暑い季節がくるのだなと



ふと、胸を傷めたのだ






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終わりにあらず
 木立 悟



幾つかのまことを受け入れて
小さく分かれてゆく夜の
蒼を生む声
語らない声


水の階段
つくりかけの舟
川のはざまの
つくりかけの街


砂の上の螺旋
描きかえられてゆく光
無音をわたる
双つの雨


一本の樹の陰に
隠れる子らは増えつづけ
数千人も数万人も
もどかしそうに行き来している


ひとり抱いて笑みになり
ひとり抱いてさよならをする
鈴の音がして
すぐに消える


子らは何かを持っていて
輪を描くように置いてゆく
何も持たない子がひとりいて
輪のなかに湧く水に触れる


陽をほどき 陽をむすび
誰かの肩に 背にのせる
もっと花を摘み もっと花になる
もう一度 生きることができたら


唱を歩み 無音は還る
閉じた目から目へわたる
遠くの雨がゆうるり動き
幼い原を揺らしている


ひとりの子が壁に耳をあて
つくりかけの街を聴いている
明ける夜の長い影
径に重なりさざめいている













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彗星
 平井容子


剥離して理解してその宙返りよみがえり
夜明けばかりでわたしがいない
性をあきらめたことりより
わたしは軽い


どこかで垂直に落ちていくわたしと、まっさかさまに上昇するわたしとをかち合わせ、ぶつかって壊れた部分でたとえば、たがいに守ったり守られたり、そういう営みをつづけているわたしが、今やっと土に手をやり、膨大な死骸のふりをした、窒素や燐のような青を燃やす。その灯りとりを任されたきみのところへ、かなしみを連れていく。そう、まるで、抱くように。

(映りすぎて壊れてしまわないように)
絶え間ない軌道からわたしは
(映しすぎて壊してしまわないように)
目をやめてはぐれようとしている
(たったのいちども縫えたことのないこの身体が)
その指先へ染み付くことで
(いつかそのさびしさからはなれる)
口べらしに成功する

夜に濡れたトーカチ(あるいはまったく正しい体温)ということ
肉や骨といったパーツにわかれ拡散する
あるいは攪拌したい
そのぶれがちな心臓を突き上げるように

だって きみにあるエッセンスはきっと正しい  

このトーテンを結ぶとどんな星座へもいけて、そして、限られた呼吸法でならきみを延命させることも可能かもしれない(そうやって)粉砕される糸くずで(死ぬほどどうでもいい)かくしておきたい裸ほど(QA)幸福なものはないから(どんな形になる?)
(なれると思う?)

立ちすくむトーチカへ
夜が向き合うのは
照らされていたいから
そう、まるで、抱くように


均等な青
ない
ここはどこだろう
きみからは見つめられた
だから大丈夫
わたしは散らばって
その唇や
袖口や
手紙や
季節のような
これからきみが描きだす
すべての詩へ乗る
だってわたしは軽い
星をあきらめたきみより
ずっと軽い








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