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日常
 吉田群青


わたしの家の郵便受けには
朝になるといつも
赤い花がいっぱいに届けられる
露を含んでぽったりと
流れ出しそうな赤い花だ
どこかにわたしを好きな人でもいるのだろうか
捨てるに捨てられないので
たまにお風呂に浮かべたりしているが
しばらくすると溶け出して
浴槽の中は血のようになる
真っ赤なお湯のなかでわたしは
どうしていいかわからない
好かれているのではなくて
嫌われているのかもしれない


真昼の太陽は
レースのカーテン越しに
ひらりひらりと光を落として
その一枚ずつが
床の上で可愛い包装紙になる

それをこっそり職場へ持っていき
女の子や男の子がレジに差し出した
鉛筆や消しごむや定規なんかを
時間をかけてつつんでやった
不器用なわたしが作った不恰好な包みは
春の陽のにおいがして
子供たちは笑う
真っ白い光のようだ


ぐったりと疲れて車に乗り込み
国道を八十キロで走る
頭の中の八割は
もう死んでもいいのではないか
という考えでいっぱいだ
残りの二割は
君のことや職場のことや
エロいことで占められている

信号で止まったときに
バッグの中にいつも入れている
マシュマロの袋を開け
ひとつふたつ掴みだして口に入れた
甘くて柔らかいマシュマロは
なんだか女の人のようで
女の人を噛んでいるようで
ちょっとだけ欲情する
それで
死んでもいいのではないか
という気持ちを紛らわしている
いつも




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車窓
 丘 光平


 すれちがう呼吸
たがいに
名もしらないわたしらの

声にならない明日が
 くもりがちなまなざしで


 帰るもの
帰らざるもの

名もしらないわたしらは
みずみずしく
 夜をうばう―




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光過
 木立 悟




にせものの葡萄のにおいがする
光のすきまを
さらに小さな光がとおる
貨物列車 埃の花
すぎる震え すぎる震え


高く遠く
直ぐに昇る鳥
真昼の星
青を青に打ちつける星


闇が闇に小首をかしげ
水に映る風を見る
ひとつの背が
隠しおおせぬ羽をさらし
洞のなかを蒼くのびる
鉄の涙の路をゆく


氷の棘が炎にあぶられ
いつまでもいつまでも溶けることなく
叫ぶようにゆらぎまたたき
透明を透明を透明を放ち
目を閉じ 痛みを見つめている


からだをめぐる声と光が
すべての骨に咲く花となり
見上げるもの見下ろすもの
立ち並ぶ視線の柱の向こうに
羽の眠りと共に横たわり
雨に似た唱の息をしている


収穫の日の終わりと無音
草地を分ける道と風
羽と背に降る火の花が
触れ得ぬかたち 震えのかたち
応えのかたちを骨に描く


重い甘さに閉じた片目が
草のかたちのひとつにひらき
何かをもたらし 運び去る音
砂でできた小さな月が
手のひらにまたたく音を見る

























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 稲村つぐ
 

どこの家でも、大人たちの歯磨きは
まるで恐竜を思わせる
そのくらいに私の耳が幼かった頃

当直前の父は必ず、
「ママがネズミに齧られないようにね」
と、私に頼んでから家を発った
恐竜のような母が、実はネズミに弱かった
そんな父の創意が心地良い
そのくらいに私の耳が幼かった頃

私の日々は、
くすんで読めなくなったルームナンバーの、
内側で母を護衛する
最強の小型哺乳類だった
クッキーを齧るときは、必ず
半音ずれて聞こえる
そのくらいに私の耳が幼かった頃

恐竜たちとネズミたちの合間で
友と笑いあった
食べられたクッキーの枚数を数えながら
自分の強さを確認する
そのくらいに私の耳が幼かった頃

もう、父を待つこともなくなった
真新しいルームナンバーの内側
ネズミと同じ音階で
クッキーを齧るようになって、どこの家でも
同世代の恐竜が歯を磨いている
半音分の鳴声に、そっと守られながら
私たちの日々はいつまでも幼かった


 


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無題
 凪葉
 

わたしの中に、あると思っていた、永遠や、愛や、そういうものすべて、混ぜ合わせて包んだような、ひかりとか、抱きしめていた、朝、からだの奥深く芯から、じわりと滲みだした黒いなにかが、指の先や、鼻の先、とにかく、先という先へ向かっていくのを感じて、どうにかしないといけないのもわかっていたのに、どうすることもできないままで、ただ、立ち尽くしたまま、
 
 
 
ここに居てはいけない、
そんな気がして、また振り払って、くりかえしを、くりかえして、
頭上を見ることができなかった、いつもみたいに、空を仰ぐことができなかった
不思議と首が上がらない
このまま、脱力する前に、と、耳元にはめていたイヤホンを強く押しこんで、いつもより音量を何倍にも上げて、なんとかして、思考をねじ曲げたかった
愛すること、そのことに、溺れそうになりながらも、胸を張る
爽やかに吹きぬけていく風にさえ、倒れたくもなる
 
 
 
烏の鳴き声、雲が描く風の姿、草木のさざめく音の群れ、生憎のくもり空が心にしみた
求めることが失うことなら、と、なんど思っただろう、あれからずっと、見つめ続けている長い時間
何気ない野花が愛しく思えて、触れようと伸ばした手の、ささくれた指先に、わたしの海に落ちていくわたしが加速していくのを、必死になって、固めるように、つよく押し止めてから、また、歩きはじめて
 
 
 
怖いのは、崩れる前に壊れてしまうこと、からだの中から破けてしまうこと、何も感じなくなるなんて、そんなこと、無いと思って、いたのに、悲しいうたばかりうたうようになって、悲しいうたしかうたえなくなって、手の届くせかいから遠ざかってしまって、それから、それから、わたしはどこへいくのだろう
 
 
 
あの朝も、いつもと同じ眩しい朝で、きっと、これからも続いていく朝で、それでも、ひとつずつ何かを失っていって、そうして、何かが生まれて、いつの日かわたしがわたしで無くなる時がくるのだろうか、と、張りつめていたものを緩めて、解して、このまま、
わたしがわたしで在れたなら、と 


 


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t=|2| 上
 鈴木
 富士大震災。
 西暦二四五七年に東日本一帯を襲った厄災は歴史年表にも載っている。
 崩落後の新宿に聳える八重塔は金と銀の蛇腹に連続した壁の成す円柱あるいは角錐型建築物が縦横に連なった総合娯楽施設だ。外部から内を窺うことはできず、色違いの自分が無数に分裂する様が日光や街灯から明瞭にされて映る。フロアは酒・薬・賭博・女郎・男娼・温泉・宿泊・運動・拷問に分割もしくはそれらの複合コンテンツによって混成されており沙汰は金次第といったところ。エントランスも無数にあって、私はC-24から入った。この地区は比較的安全(追剥で済めばバンザイのところもある)のようで、女性にはペン型スタンガンを貸与してくれるのも魅力だった。場所は駅西口から新都庁通りを代々木方面へ進み四つ目の十字路を右折して直進、その一帯だけ煤が積もっているから分かりやすい。
 ゲートを通過しても薄暗くて、通路の埃や手すりの錆は廃ビルと変わらない。すぐに狭い階段があるからぐるぐる上っていくと扉に突き当たる。帽子を被り中指を立てた髑髏の落書きがスプレーされているのだけれども、ノブだけは真鍮製で傷一つなかった。少し開いた瞬間に、電子合成和音と、薔薇とバニラを混ぜたようなにおいが漏れてきて目頭へ鈍痛を与えた。ゼロコンマ数秒ごとに色の変化する空間の中では様々な服装の、ときには半裸の人々が濁った目で歌ったり踊ったりグラスを煽ったりしていて、どうやら酒フロアだった。新たな闖入者に気を留める者は一見してなく、スキンヘッドに隙間なく義眼を埋め込んだ女と視線を交わした気もしたが本当に交わしたのかは定かではない。カウンターバーに空席があったのでラムコークを注文すると、額から正中線に髭を生やしたバーテンが顔を近づけてきて
「ここ初めてかい」
 と言う。
「ええ、はい」
「一杯目はうちのオリジナル頼んどかないと、周りにカモられるよ」
「じゃ、それで」
 ウオッカにライムとカルピス、少々の滑り気は痰に違いなく、喜色を帯びた目で彼はこちらを見ている、なるほど私はカモられたのだ。一気に飲み干す。
「上客だねえ、おごりだ」
 ラムコークはうまかった。音楽はピアノと笙と口琴とドラムのカルテットに切り替わり、旋律ともノイズともつかない猛り狂った塊が人々の奇怪な動作を生み出していた。モヒカンを一筋ずつ三つ編みにした男は繋いだ両手を跳び越え続け、OL風の地味な女は横から彼を見つめて拍手しながら頭部が痙攣している。野太い叫び声の方に目を向けると人だかりの隙間から白髪の老人がうずくまっているのが見えた。歓声「射精だ!」「射精だ!」が沸き起こり、しかし青臭さはいっかな鼻に届かず、薔薇とバニラが馥郁とする以外なにもにおわなかった。私は煙草に火を付けた。射精おじいさんが注目を集めたせいで隣席に空きができていて、丸椅子の皮が破れ覗いたスポンジをふにふにしていると壮年の男から声をかけられた。

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t=|2| 下
 鈴木
「そこ、いいかな」
「あっ、すいません」
 彼はテキーラを続けて三度ショットし、このクエルボは最新の技術と数百年来の伝統とが云々と薀蓄を並べ、更に日本酒の一合徳利をショットした後に
「煙草一本ください」
 と言った。明らかに一発きめている目だったが許可した。初恋の人に似ていた。二五○○年限定生産の復刻版マルボロを薄い唇に挟んだまま彼は駿河博人と名乗った。私は円谷春菜ということにした。煙草の礼に御猪口を頂き飲んでいるうちに酔いが回り、私は喋った。勤め先が報道サイトの下請け会社であることや、自分の体毛が金色であるのは母親が震災の際に祖母の胎内にいた影響であるらしいことや、高校生のときに不倫恋愛をした教師に駿河さんが似ていることや、特に鋭い目尻や尖った鉤鼻や緩くウェーブした髪が酷似していることや、仕事のミスから窓際に追いやられ八重塔取材の単独下見を命ぜられたことを話した。彼も喋った。都議会議員の秘書であることや、議会が八重塔の撤去をめぐって分裂していることや、対立する撤去反対派の議員が塔で違法な快楽を享受しているという噂が流れていることや、始めは探偵に依頼しようとしたが誰の息がかかっているか知れず自分で調査した方がいいという結論に達し塔に通っていることを話した。疑わしいと思った。警戒すべき場所で初対面の人間に来訪の目的を話す愚は冒さない。私も冒さなかった。冷水を頼んで飲み干した。駿河さんが、
「正解だ」
 と呟いて左を見た。黒服の男二人に射精おじいさんが担がれている。踊る男女たちの道を開けた先には鏡の壁があったが、黒服の一方が手をかざすと水面のように柔らかく三人を通過させた。その後すぐに中学生くらいの少年が手を当てるが鏡は壁に戻っており何物も反射するばかりになってしまった。彼は首を捻り懐からパネルを取り出して歩き始め、フロアの端の、私が入ってきたところからはちょうど反対側にあたる扉の奥へと消えていった。
「眠ってはいけない」
 駿河さんの低い声が耳をくすぐる。
「眠ると運ばれる。その後のことは俺も知らない。爺さんは初めてだったんだろうな。君と同じだ。さっきここに座ってオリジナルを吐き出していたよ。それで詫びにおごられた酒を飲んだ直後ラリっちまった」
 バーテンが、にこやかな顔で肩をすくめた。
「よかったな、気に入られたみたいで。これで次に来たときは円満な飲酒が楽しめるはずだ。まあ、頼めば強烈なヤツでもくれるだろうが」
「頼みませんよ」
 笑った。駿河さんも笑った。そして言った。
「行くか」
「どこへ」
「どこへでも。仕事、手伝ってやるよ」
「怪しいですね」
「もちろん俺の方も手伝ってもらう」
 輪ゴムで束ねた数枚の写真を受け取った。一枚目には、丸く伸びた鼻の下に白髭を蓄えた禿頭の老人が嫌らしい目つきを晒して写っていた。立ち上がって歩き出した彼の後に人ごみをかきわけて付いていくと、先ほど少年が出て行ったドアの前に辿り着いた。駿河さんが肩を震わせていた。扉は例の如く塗料が剥がれていたけれども、絵に代わり以下の文句がスプレーされていた。

 千の纏足が積もる一室で琥珀色のにおいを拭おうと君は努力する

 黙って開けた。四方を外壁に囲まれた螺旋階段があった。無限に私たちがいた。頬に垂れた滴に見上げれば頭上は白い雲へと抜けていた。
「正解だ」
 私たちは上りだした。

 ついに透明の広葉を解読した! 記述はぶつ切りで終わっていた。フクロウ先生によれば二枚目以降の葉が存在するはずなので、僕はそれを探すことに決めた。同じ枝出身の葉の在りかが分かるという人物を尋ねにswoの森へ向かわなければ! しかしどうやって?

 母親がこっちを見ている。嫌悪を感じる。


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ちろる
 ミゼット

欠けた歯車があるらしい

胸に開いた窪みで
少女が輪回しをしている

がらんがらんと車輪の音

まわる

どうやら
胸を掘削しているようだ

少女は疲れを知らない

胸の窪みで前だけ見ている彼女には
外が見えない

えいえんに「たったいま」と思うのだ

がらんがらんと車輪が回る

さくさくと
肉が削れてこぼれる

手のひらで受けてみると
今日の私は煉瓦であったよう

フッと粉を飛ばしたら
がらんがらんと車輪の音
途切れて
わんわんわーんとこだました

どうしたのかと胸を見ると
えいえんが途切れたことに
驚く少女がいた

「たったいま」が
「それから」になった国で
少女は輪回しを再開する

出来るだけ早く回したら
持てる未来がそれだけ多くなるから
がらがらがらと輪を回す

もう肋骨を通り過ぎて
あとはほんの数回

がりりと削って
最後が来たので

私は
ゆっくりと
倒れた

胸がいたい
いたい
いたいと
自分に確認している

見ると
乳房の間から
次を欲しがる輪回しの子が
這い出て
ぱちんと消えるとこ


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