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夜の情景
 前田ふむふむ



直立する目覚める夜が、黒色の雨で高揚する。
行き場の無い雨の溜まり水を抱えて、
痛みに耐える打ちつけられた岩が、
侵食する季節の皮膚の性をむかえ入れる。――
慌ただしく夜の吐息が反転して、
無数の直線が疎らな点に変貌する。
時と共に、雨の形象が、崩れ去り、
崩れゆく時を呼吸する夜が、
燃えたぎる静寂の仄かな光の余韻を引きずり、
瑞々しい気配の抑揚を醸し出す。
眩暈をおこして墜落する雨が呼び込んだ、
微風の音は振り返らずに、
夜の塵に埋没して、
孤独な暗闇を逃走する一羽の梟が、
滑らかな時間を貪り食う。
食べ尽くされて白骨になった時間の欠落は、
薄い皮を蔽い、未知の匿名を泳いでいる。――
螺旋状に登る煙が、
慎ましい家庭の匂いを、
黒い空に伝えて、
家の窓辺の前の、大きな水溜りに、
畳んである薄い温もりの痕跡を映す。
それは鬱積する血液の履歴、
夜の爪で強く削り取れば、
流れる淀んだ冤罪のざわめきが、
夜の闇に溶け込んで、
遥か名も無き石碑に止まる時、
飛んでいる梟の、涙が椿の葉に静かに落ちる。
軋み出している夜の断片は、
静寂の声を搾り上げる。
季節が年輪を重ねて、
儚い今日の残りを刻んでも、
夜の皮膚の内壁を照らしていた無言の月は、
細かく剥落してゆく媚びた引力を溶かして、
鮮やかな数式の夢の扉を開く。
夜はすくすくと立って、
映る現象を先鋭な明るい闇に誘い、
更に深い夜の中に身を投じてゆく。







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つみ
 丘 光平

 いったい なにを聞いてきたのだろう わたしたちは、 
まだ うぶ声のこだまから旅立てないころ
動物たちの目にうかぶ あのしずかな予感を聞きとれていた わたしたちは、
いつまで 遮ろうとするのだろう
窓辺にひびきあう月光の飛まつでさえ
 ひとときのよろこびを あざやかに許されているというのに

 もとより わたしたちは光をまねくものではなく
日輪のように ひとつのおおきな手によって
わたしたちという ふかい夜が開かれてゆくとしても しかし、
もはやわたしたちに 
その慈愛に満ちた手がなかったとしたなら あるいはまた、
わたしたちの知りようもないわたしたちが 
あきらめなく 呼びかけているその手に
 ずっと 背をむけてゆく生きものだとしたなら 

 ああ わたしたちのなかには
つめたい森の海へ わたしたちをつなぎ止めようとする
ほのぐらく それでいて力強い もうひとつの手があるのだ、
その手には 出口のみあたらない道のりが
たくみな糸で縫いこまれているだろう その証しに、
わたしたちはこの手を 
聞きわけのないこどものように 懐かしんでさえいるのだから
そして おぼれながら
まるで奇跡のような救いの流木から
 ときはなたれた絶唱のさなかでさえ なにごともなかったのだと― 

 しかし わたしたちは、
完全には沈んでゆけない存在なのだろう なぜなら、
どこまでも沈みながら わたしたちを浮かび上がらせようとする 
きびしく それでいて母のような あかるい手をおぼえているからだ、 
せめて その指さきに
ふれようとして初めて わたしたちは気づくのだろう、
わたしたちを 五月のまばゆい光からおおい隠そうとする 
 赤々と いのちの湿る手のしずけさを


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殺伐にいたる病
 フユナ


砂浜になぜか
まるのまま打ち上げられたりんご
いつからあるのか
りんごはなかば透き通っている


食べたらひどくだめそうなのに
僕はそれを舌にのせる
のを逐一 想像する
おいしいようなひどいような
それはつまり
取り返しのつかない味だ
僕たちは
またぐことも
無視することもできない


セロファンを重ねた空の
剥落
ぱらぱらと降りそうな
血が散った
と思ったら風船だった
風船売りが
あわてて空を仰いでいる


放置されたまま
これは砂浜にかえるだろうか
そうだろうか
そうは思えなかった
人が通り過ぎていく
少しのりんごの死臭をまとって
僕たちは
またぐことも無視することもできない

僕は思うのに


たまに気付いた人が
苦笑して目礼していく


今りんごをたべたとして
これ以上追放されうる場所などありはしない
のを
みんな知っている
北の地 北の海 海のむこう
何も容れてないはずの
空き瓶
の中の空の剥落



間違って放った風船を
浜でこどもが受け取っていた

あげるつもりじゃなかったのだと
誰もが言い出せないでいる
 


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涙のあじ
 文月悠光


ハンモックのようにつるされた
真っ白なシーツの上でころがされている。
それ/だいじにしていたかった。

(私は潮風の声に耳をかたむけない。ひたすら革靴と自分をすり減らす。すれ
て熱をおびた右胸から、青いワイシャツがはみ出していた。だから、私は制服
を着ている。それでも社会にこすれ、傷む私の器は潮の香りをまとっていく)

  あたらしい私なんて生まれてほしくないのに
「それでも海はあたらしいあなたをはこんでくるのです」
  もう大きくなれない先生が涙を重ねるのは、死ぬためですか?
「波を重ねるのです、生きるための」

落ちたしゅんかんに吸い込まれていく、布の繊維の奥ふかく。
それが惜しくて、爪でかきとろうとする。
なめらかに思えたシーツも、こうしてこすってみると、ざらざらしている。
舌/みたいだ。
潮の香りがあたりにたちこめていた。

ハンモックのように私はつるされて、ことばをころがし、遊ぶ。行間からにじ
みでてくる“貼り合わせた意味”と“私自身”。重なるほどに、尖っていく。
やがて、私の繊維がぷつぷつほつれていき、見上げると誰かが私に顔を押しつ
けていた。その息づかいが

しょっぱい。

「涙が成長を促進させるのですよ」
黒板に描かれたさざ波に飲まれ、私はブレザーを脱ぎ、ワイシャツを脱ぎスカ
ートを脱ぎ捨てた。唱えられた先生の言葉をふりきる。涙に養われてきたわけ
ではないはずだ。
私は潮風を吹かせたい。

さしのべた手がしっとりと濡れそぼつ。
シーツを布団に落ちつかせ、灯りを消した。
今夜は、泣かない。







二〇〇七年五月


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オレンジ
 黒木ミニー

それはもう消えてしまった古い寝室。遠い日の光はより遠くなり月の音が消えた夜が懐かしく感じる それは七月の終わりを意味し
永遠の死んだ日の朝 忘れられた記憶が待っていた場所で(消えてしまって)
(>死んだ現実の墓場>光に混乱する街のなか/闇が命を捧げる家〈幼い十字架と小さな口紅が捨てられている(少女が視た 太陽が落ちていた大地の夢)
その手首には大きな手錠がいくつも飾られ 首から続く糸は終わりを知る永遠へと繋がっていた)
 まぼろしは/放棄された生命の夢 きぼう、ただその約束を繰り返し
/歪みながら遠くへと流されてしまった嘘の子たち 記憶という現実の羽
それは許されたもの 無へと願うケモノの群れ
運命よりも先にある>終わりよりも少し高い<そのきぼうが死んでしまった場所で生まれている/
 白い空間の 誰もいない部屋の隅は 誰もがそこにいたという幻想を視せ
光の死んだ後にも道は意志無く続いていた
(光の涙が地面を埋める
黒い星達が西にある浜を歩き回る夜 少女に見せるのは顔の無い星達のこころ
別れの瞬間にみせるにんげんの記憶―――

あのうみにはらいねんもなつがくるだろう
しろいふくをきたしょうじょはどろをかけられ
よごれ よごれ
ながしたものすべて
うみへと かえした

雨のあとに魚が群がり
忘れられる名前を手に 少女は小さな傘に隠れる/流れるものはおそろしく 動かぬことは ただかなしいと俺は知っていた(>ひかりの死んだ夜は消失するものを追いかけねばならない>きみが魚を海に隠せば青い/少女が水よりもさき 背中にそれを見つけ ゆびでえがいた えんのなかでまたうみおとし
少女をくちにふくんだあと のどにとおす
それは二度目の死だ
海にまた少女の水がひろがるということ>俺達は去年よりもまた生きづらくなる/なにもかも約束されているように繰り返し しをむかえいれる

>二番目ノサカナニノミコマレル シノキオクハヒカリヲオソレテイル
ヒカリハヤガテ消エ サカナハ眠ラネバナラナイコトヲシッテイタ

いまよりまえも いまよりあとも 水の流れる先はひとつではなく
ぼくたちはおなじばしょにもどれはしない
雨の日に少女をみつけたさかなたち それは
消えることのない こころのかたち

ニシハマ そこはやはり死んでしまった現実の墓場であり 俺を拒否する光の街
 それは、離れるときにいつも 少女がつめたいめでおれをみつめるのと おなじ
 かわらないおわりのこと



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顔の調べ
 腰越広茂

鏡に映す)顔が白く仄めく
朝日の刻々と刻む音に
変容する影
どうしてか かなしくなる

私という生きものは、。
例えば(いけないかしら躍るように)、
昨日買った手鏡が、
私を映すというの
(私の顔は、私だけ躍動する

この世に二つとない記憶の海で
星の歌う季節のもとを
そぞろ歩くひとりのつぶて
軌跡で螺子の名残を伝える可動

チケットに日がさす
動物園で
四角い檻にいるのは誰
格子の空で
鳥が弧を描いている
大地は丸く遠く果てている波動

こちらである
という心境で
移ろう影を
水で浸してまどろみ微笑む


※螺子(ねじ)


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微光
 田崎智基


私のあたまの下には
、まくらがない
カーテンで隠しきれない窓から
街灯の明かり
部屋を浮かび上がらせる

部屋は上下に区切られ
下には
渦まく熱
上には

やっと眠りに就ける
息を潜め
固くつむり
つとめて弛める
冷蔵庫のおとが
しずかに満たしていく

眠ることで
忘れることがある
残像が浮かぶ
見ていたけれど
見ていないもの
見ていないけれど
見えたもの
暗闇に身をまかせる
受け止められる
そしてそのまま
眠ることで
たまには
思い出すこともある


目覚めは
いつも途中
滴り
滴り
とてもしずかな雨
少し遠くで
なにかをたたいている
空地に
新しい家が建つ
下の熱は
散らされ
上には
足が光る私
目がひらいていた
ことに遅れて気づく

私のあたまの下には
  まくらはないが
薄曇り
空の真下
私のからだを受け止めていた
ふとんに手をついて
少し暖まっていた
足で自分をささえる
さっきより
少し明るくなったような
部屋を
カーテンをあけることで

まだ、明るくする



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