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わたしらは急いでいた
 丘 光平


わたしらは急いでいた
夕ぐれが 捨てられはしまいかと
風のかけらに
足をいためながら


輪をえがく鳥たちの
こたえのない羽ばたきは
やがて
 しずかな雨となる


 野にちる花々を
あきらめてゆく花々も
ちりしかれてゆく道のりを
てんてんと


てんてんと
ころがりゆく石のように
夕ぐれが
 捨てられはしまいかと―



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かさなりつづける、朝に
 望月ゆき


枝分かれしていく 夜の
長く、しなやかな腕は
わたしを覆いながら それぞれ
しだいにたわんで その先端からやがて
着地し、朝に触れる



不必要なほどに震える あなたの
声と、指先が
時折 わたしに刺さり
痛みを上書きするので 
昨日の傷痕の理由さえ、もう
思い出せない



朝は ためらうことなく
捨てられたすべてのものを
回収していく
そうやって世界は 美しく保たれる
要るものも、要らないものも、



わたしによって手折られた、枝を
挿し木する所作で
呼吸ははじまり、いつしか
あなたが触れなかった その部分の
体温だけが、ゆるく上昇していく 
そうして、うまれ続ける日々に あなたの
「おはよう」の言葉さえ、 
単なる口癖にすぎなくなっていく




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空とひとり
 木立 悟



水は軽くなり
あたたかくなる
その道を通り
音は離れる


緑が
水を洗っている
映る景は減り
やがて失くなる


短い香を捜す指
見つけられたものは燃されゆく
ぽつりまたぽつり
燃されゆく


言葉が言葉に鳴りつづけ
かたちはにじみ 消えてゆく
煙だけがやわらかく在る
降る雨のなか 雨より透る


無明の声に囲まれている
食べものをあげるからと
集まってきた生きものに
何も与えず疎まれている


哀しい腕は繰りかえす
屋根に生えた木蓮から
ひとかたまりの羽を摘みとり
空へ撒くたび 空は増える


ひとりのむこうのひとりへと
朝はひとり深まってゆく
内にも外にも
はばたきは積もる


緑のそばで
水が水を洗っている
緑が映り 水が映り
やがて流れ去り ひとりが残る


羽は尽きて
葉を喰んで
空は緑に
散りながら飛ぶ


積もるものの道 音は覚めて
けして到かないと知りながら
ひらくことをやめない腕から
水のなかの ひとりへ帰る















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モダン・ラヴ
 ホロウ





空家になった邸宅の庭の木の枝が飛び出して陰を作る路地裏
君が駆け出す前に言った言葉は聞こえなかったけれど
それはたぶんひとつの名詞だった僕達が
明日からはもうふたつになって、そして
二度とひとつにはならないってことを告げたのだろう
九月の終わりの風を初めて冷たいと感じた今日
君は木漏れ日の向こうで他人の街に溶けた
僕は後ろから伸ばされた静止の腕のような枝の影に
こころを逃がしたままで立ち尽くしていた
まるで幾重もの檻だった、幾重もの檻になって
おまえはそこから先へ進むことは決してないのだと
僕を、それとも僕自身が
そこを永遠の断絶に塗り替えた
君が溶けてしまった他人の街、僕は腕ひとつ伸ばす事もせず
きびすを返して
さっきまでふたりだった
週末の繁華街をひとりで歩いた
何気なく覗いたショーウィンドウが
あれほど眩しかったのは気のせいではないのだ
僕は薬を入れるカプセルで外界と遮断されたようで
喧騒はキャンセルされて
奇妙なまでに静かな世界
この場所に溢れるとりとめもない音楽を
鮮やかに鼓膜に届けていたのはいったいなんだったのか
明日になるまでそんな疑問に答えは出したくなかった、たぶん、明日になってもまた
それは突然に訪れる
それは突然に訪れる
カプセルの中に放り込まれて、スニーカーの底だって心なしか心許無い
さっき動けなかった影の上、すらりと伸びていた枝の先に
僕のこころがはやにえのようにディスプレイされているのかもしれない、こころはたぶんそこにある、こころはたぶん…だけど僕はそれを取りには行かない、それはもう少し時間が経ってからにしたい
それで腐敗してしまうならそれはそれで構わない、いまはどうせ要らないものなのだから
オブラートを突き抜けてきたクラクション、僕は赤信号に飛び出していた―太った中年が車から降りてきて文句を言う、「殺すぞ」とふざけて言ったら
何事かぼそぼそと口にして走り去った、笑う気もしない
何かをする気なんてひとつも見つけられない自分に気づいた、昨日までの長い距離は
きっとコールドスリープの中で見てた夢だ
壊れたかに思えた信号が青に変わったとき、僕は猛然とスタートダッシュした
誰かの肩を弾き、捨てられた空缶を蹴り、先を急ぐ自転車の通路を塞ぎながら、僕はどこへ行くのかも判らないで走った、そんな風に走るのは高校生のころ以来で
すぐに息が苦しくなる、すぐに筋肉が上手く伸縮出来なくて―太すぎる刃物を刺しこまれたみたいに横腹は痛んだ、足がもつれ―それでも僕は止めようとはしなかった、止められなかった、やがては津波のように押し寄せてくるだろう感情に気づく前にどこかへ逃げなければならなかった、小さな信号はすべて無視し、電動車椅子の老婆を飛び越え…我が物顔で歩道ではしゃぐ子供を巻き込んで転んだりしながら走った、空は紅く変わり始めたかと思ったらすぐに落ちて―人工的な明るさだけが僕の馬鹿を変わらず移し続けた、どうして走っているのだろう、顔をしかめなければ呼吸ひとつすることが出来なかった、僕はもう風に弄ばれるコンビニのレジ袋みたいにうろうろと乱れながら―駅前通りで胸が握り締められる感覚を覚えて倒れた
吐気がして―吐きたかったけれど気が遠くなって―幾人か親切な人たちが声をかけてくれたけれど、答える事も出来ず、僕は目を裏返した
君が駆け出す前に言った言葉をそのとき初めて聞いていたことに気づいたのだ、君は確かに僕の思った通りの言葉を口にしていた、そして僕は確かにそれを間違いなく受け止めていたのだ、記憶のフォルダに放り込むタイミングが速すぎた
優しい人たちの中に君がいればと思ったけれど
君はこんな僕を指差して笑うだろう
僕はそんなピエロを演じたくはなかったから
これで、よかったのだ
これでよかった
君は他人の街に溶け、僕は駅前通で
馬鹿になった自分を笑いながら溶け…









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微熱
 田崎智基


緑道の朝焼けが
こごんだひかりに
とほうもなくつめたくて
十二指腸をなでる
昨夜の寒熱が
くるぶしのリズムに
ざらめく重石となり
そろそろと
雲は釣れるので
初めの挨拶を
にがしてしまった

ただそれだけのことに
内臓もじょじょに善がるので
まざる花びらが
静脈をかたどり
はためいたので
せかいもはためいたようにただおもえた

足の造形は
そとに出たときから
影にかがやき
とうめいなあじさいを
ぜったいに踏んでしまわないように
昨夜の微熱も
じつは朝に
さまされていて




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いなか
 腰越広茂

風が鳴る
凍える魂を
ひき連れ去る寒月を
湾曲する星夜の岸を
鋭く細く鳴っている

居炉裏端の数え歌は
今宵も尽きることはなく
月影の枝が
障子に透けて心細くゆれている
炉心も真っ赤にひそんでる

おまえはいかにも楽しそう
意中は混沌とした光彩だ
しかしいかにも悲しそう……

風が鳴る
凍える魂を
ひき連れ去る寒月を
湾曲する星夜の岸を


※(ふりがな)居炉裏端(いろりばた)


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十字枕
 漆
 

しのび咲くかわいらしい催眠の闇と袂を分かつのだ。女体化された街、油の浮いた浴槽。
水煙に砕かれてゆく確かだった筈の彼の記述に、成功の日に。幻に。幻は売物になった。
云うに切ないほど父は不足せず、酩酊に翳した指々の黄色さをはむ。女は彷徨う、焦りながら雨の差す昨日へと。
あゝ可憐な昼顔は此処では不在だ。誰かの手に抱き上げられる妄想に生きている。
野良猫が家と家との間で唄いあげる一小節、朝の頭を閉じながら聴き入ってもそう遠くはないだろう。泣くな、泣いても良いが主人はその咽喉を潰したいのだ。
落涙する彼の中の医学、静かな室に纏わせるあらゆる風、彼は街はネオンを愛した。


私はEとEmを以て、その隙間に息を潜めて居るに過ぎない。己を蔑み、他人を憎む。他者とは脳を誘惑したものだ。




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