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一千一秒・・・一夜
 ユキムラハネヤ

  *
どうか、お気をつけてと
面長のお姉さんは
うつくしい小さな歯をのぞかせて
かわいいこね、と
あたしの瞳をガラスごと
カランと取り外した
教会の鐘が鳴って
足をすべらせた坂道、鬼百合が
鬱蒼と馨る


  *
あたしの
スタビライザー
取り出せずにいた真夜中
君の、跳躍
知らない事は世界を超えるんだ
時報
中庭のホオズキが
熟れ

  
  *
夜の鐘は思いのほかに深く
閉じられた窓々を浄化しながら
時間を数える、恋人たちの
やすらかな頬を
吹き抜ける
眉のラインからの落下
親指と、
人差し指との空虚で
宙づりにつまみ上げる

非常階段
まっさらだった、あたしたちの
とりとめもない純度
青白い皮膚の下で、はちきれそうな
だから呼ばないで、あたしを
呼ばないで


  *
パラフェンのフィルターを何枚も重ねた
あたしのまぶた
ピンとオブラートで包んだ
ウィスキーボンボンと
バターキャラメル
クリームとチョコシロップ
優しい木漏れ日にうたた寝して
自分の名前なんて忘れちゃった


  *
解きほぐせずにいる
赤い色をしたイニシャル
すべてを、真夜中の「秘密」で隠した
極彩色の絶望で
ふいに急上昇した展望から
あの角を曲がると
すぐにわかる
置き去りにした「あいたい、」が
いくつも眠りについている


  *
現実よりも少し右側
ビル風を越えるカラスが
ハヤブサになる
夜、
いつもより30cmの近距離で
ピントが合わない


  *
ああ、月が
見ている
みずっぽく張り付いた
むきだしの薄紫
見られている、
人工灯のない珊瑚礁を
泳いだことはありますか、
シュノーケルの呼吸だけが世界に
時間を削って


  *
沈黙を潜る
ゆるやかな海流に
吸い寄せられた白い身体が
自分のものだって
微睡みが心地よいほどに
考えられずにいる


  *
珊瑚の闇は開いたまま
上下が見えない
支配されたいという緩衝
泡と一緒に首筋をさする
風、
沈黙を潜り抜いた先の
水面は
あたしを掬いとるように
月が明るいのです


  *
どうか、錘りをつけて
葬ろうとおもうんです
ほのお(ホムラ)
遠くまでみわたせる
孤独
(孤独と、高波)




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断片
 サヨナラ


箸で摘んだ
年輪があった

目で舐めた
ぼろりと崩れ落ちた

左利きの私に
祖父はそっと諭した
ぼそぼそと
聞き取れず
やがてぼろりと崩れ落ちた
私の表面だけ
熱を帯びている



大きな家があった
縁側があった
風呂場があった
炬燵があった
コーヒーカップがあった
埃に塗れた額があった
ここに残された冬があった


水をあげよう
囲いをして
雪に備えよう
みなそうしてきた
これからもそうだろう
午前四時の雪かき
朝餉味噌の匂い
煙があらゆる人の
からだを包み
上空に蒸発していく




祖父がいた

祖母がいた

家族がいて
恋人がいて
友人がいた
零れ落ちる雫がいて
穏やかな季節がいた





へ向かう度
深い深い海の底で
骨が軋む
 



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青の王国
 日向夕美

潮音、拡やかな幸福
海の縁に腰かけていた
中埠頭は青くあり
ごうごうと鳴るごとに
背骨のきしむような気がして
足首をさらう水音で紛らせている


波間に叫ぶようなことばを
持ち合わせてはいない
甘く柔らかな舌は
飛沫との混濁に置いてきたの
群青のぬくみが喉笛に達するとき
首を持ち上げるは逆立ちの眼
じくじくと潮が浸みる
塵芥/とプラスティック片の半透明/海鳥に還る様を/それはとても/広大な円を/えがく/えがいて/渦巻い/て/瞼を閉じる/許して呉れます、か


海の果てには
幸福が在りますか
静止し口許のほころび
指先で繕いながら水音をきく
ならばここが いっとう
こうふくな
ばしょ


現像液にひたしたような君が
ゆうらと海に写った
ファンをまわして
ごうごうとした反響に
定着するのを待つ
水面を四角くすくいあげて
ふところに仕舞うことが
正しかったのか、は、わからない
待ちくたびれの、戯れ
忘れてしまうことに酷くおびえていた
許して呉れますか
ことばは何も残せずにいる


海の縁に腰かけていた
コンクリートに踵を擦り付けて
鈍群青の外気と海を混ぜ合わせる
中埠頭は青く在り
ごうごうと鳴るごとに
海鳥の旋回を強くする
潮音、拡やか
幸福の海



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デッサン(1) 嘔吐のかたち
 熊谷里美



母の携帯は水没しました
 
 実家から30km離れたみずうみ
 ぶくぶくと沈む音が聴こえたんです
 なぜならちょうどその時
 わたしは母と電話をしていたから

 受話器から母の涙と魚の声が、穴ひとつひとつからこぼれ出し
 そして助けることも止めることもできなかったので
 その夏いっぱい、部屋はずっと生臭かったのでした


異臭さわぎがあったのは3組でした

 お家にお風呂が無い子
 他人の悪口は言わないけれど、他人に悪口を言われ
 かわいそうと思われていることがかわいそうでした
 髪の毛の量がとても多くて
 その中にわたしの毛も混じっていることは
 何よりの秘密事項でした


セックスをしたがる男に告白をされました

 それ以来、寂しさを感じる様になり
 しまいには生きていくのが辛いとさえ思いました
 しかし死にたいと言うと怒られることを知っていたので
 線路の写真をいっぱい撮ることにしました
 ある時間が来ればこなごなになれる
 神聖な場所を眠る前に見ています


隣の住民は何も言わず通り過ぎました

 妙に前髪が長く、梅雨になるとうねうねしている人でした
 夜になると彼氏と長電話をし
 なぜかいつも最後は口論となっていました
 土曜日だけ甘い口調になるのは
 前の日にセックスでもしているからでしょう
 その声を聞きながら、わたしは詩を書くボールペンを探しています



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無題
 ちよこ


真白くって、何処までだって揺りのぼってくんだ。折れるほど首もたげて仰いでるみんなそれはそれは、たくさんのひとりです。足許からしとしと、想うんだ。

人差し指はそっと
なつかしいね
くちびるをかぶって

淡く虹にそよぐ水面が一層に、静かな眩しさその内に、込めたんだ。瑪瑙のこ。虹彩のふくらんだ枠のなかそおっと、抱き締めながらきっとそれは自分自身だったんだ。

忘れられないよ
知らない人の
優しかった匂い

立ち上がるひかりの縞のハイドロゲン、雲状の肺胞に傾けて、みんな溺れるように、生きてるんだ。


あまりにも立ち昇る夜、私たちは私たちを忘れて、ほんとうにたくさんあると思っていたこころごとあの影を燃やした。私たち、たったひとつの声だけを持ち、せめて枯れるまで鳴いていたいと思っていて、ほら、そこらじゅうの木の葉があちこちじゅ、と音をつくればひとつ、最後と身体中軋ませたこと。ただあなたの影だけは丁寧に、足先から淡い灰白をなぞっていて、あくる日もあくる日も燃えていた。乗り出すように世界をみた。あなた、あの耳ばかりをつんざくような色を覚えていて、あなた、ただ知っていた証し。わたし、苦しいくらい押し殺した匂いを覚えていて、それさえ確かな、知っていた証し。いつか、大切なものにであったりして、でもわたし、きっと分からなくて、重さをなくし、触れられる形だけを遺すそのころなら抱き締める、右手から恐る恐る。あの、いたる木々が火花のからからと昇るを映した夜、ひとびとは焦げた匂いを帯び、額に手を添え足を折って、ふたたび土の中で誰かをまちつづける。少しだけ、目の前にちかちかと降り積もる私達をみる。



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コクシネル
 ピクルス

いつのまにか目が醒めて
昨日の夢を宙に描く

ディーゼルの音色で
自販機が一歩二歩
此処は森
ボール紙の月は
文字盤を忘れた時計
空は岸を隠した
みずうみ

聴くこと
死ぬこと
眠ること
枕を、よく冷やして

よつんばいになって
不思議な泳ぎを

赤い夜の傘が開く

いちじゅうひゃくせんまん
ハクチョウの歌
白い色鉛筆で辿る金星

きみの名は、ひずみ
誰も見返しはしない
流線型のソプラノ
まっすぐな樹の影に
兆しだけになって
震えている

男達は埃だらけの部屋で
花束を待っている

かたちになってゆくもの
かぎられてゆくもの
つまり僕は一言も喋りませんでした

いつのまにか目が醒めて
いつのまにか笑って
廃ビルの赤い闇に浮かぶ


女達は鏡の中に住まう
だいすきな言葉を浮かべては
たくさん光らせる

此処は森
睫毛に乗る軽さ
此処はゆがみ
余白だけは
その果てがない


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デモン
 ルイーノ

 
 
忘れられない
忘れられない夢を
見よう

東京に雪が降りました
薔薇の朝もやが包む
音の無いクラッチ
冷えた象牙は瞳を閉じ
溜息をやがて具現します

蛍光灯よ
点滅に染まる室内
灰色へ迷い込んだミルク
不思議な空洞を啜る
虚無を好んだ蛇腹です

冬が
冬が肋骨を滑り
角砂糖の溶解へ眠るのは
緩やかな愛撫を
噛み殺していた静謐です

フラスコ
フラスコに沈んだ
奪われた結晶は
踊っていました
忘れられない夢でした

キス
キス
やわらかな頬へキス
雪降る街の灯りを消して
そうしてそっと
キスをしました
 
 



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