月刊 未詳24

2007年5月第2号
2007年4月創刊号

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獣をください
 中村かほり

 獣と歩いている。なるべく遠くへ行く。鋭そうな長い爪、全身を覆う灰色の毛、感情表現のできない尻尾をもつ、獣と歩いている。
 晴れた日に獣は踊る。雨のときは木陰で歌をうたう。獣のうたう歌はふしぎだった。踊りはもっとふしぎだった。そういう習性なのだろうか。雨の日も風の日も、獣は同じ回数だけ息つぎをし、同じ角度でポーズをとった。
 獣が踊っている時、あるいはうたっている時、わたしは食べられそうな果物を探す。女はいつだって生産的なのだ。獣は、長い爪で器用に果物を食べる。皮と実のあいだがいちばん美味しいんだよ、と笑う。獣の口からしたたっているのが、果汁なのか唾液なのか、わたしには分からない。
 獣は土を掘り、食べられない種を埋める。再生を願うその姿を、うつくしいと思った。獣の手によって、埋められた種のおおくは死んでしまうのだと、いつだったか教わったことがある。この種は、はたして発芽するのだろうか。たとえしたとしても、そのころにはわたしたちは、どこか遠いところにいる。
 夜になると、獣はわたしをはだかにする。長い爪をたたんで、わたしの肌に泥がつかないよう、汚れた手のひらをなめる。わたしのはだかを見て、獣はああゆかいだと叫ぶ。はだかはゆかいなの?ああはだかはゆかいだ。わたしの乳房にふれてみる?ああ乳房はもっとゆかいだ。獣の唾液が、清潔なわたしの肌のうえで回転する。回転し、落下してゆくさまを、わたしは暗闇のなかで見る。
 獣が寝つくまで、わたしが何かお話をしなければいけないというのは、金木犀の季節からの約束だった。獣は、悲しい話ばかりを聞きたがった。誰かが死ぬ話はとくに喜んだ。わたしは即興で話をつくる。母親が死ぬ話。赤ん坊が死ぬ話。子犬が死ぬ話。処女が死ぬ話。はなしながら、わたしは獣が寝返りをうつ回数をかぞえる。1回。2回。3回。4回。8回目に到達するころには、獣は眠りはじめる。つまりそういうしくみだった。
 ときどき、獣は西に向かって吠える。何に威嚇しているのかは、わたしは知らない。林檎を与えても、葡萄を与えても、獣は吠えつづける。興奮し、わたしに牙をむきさえするとき、わたしははだかになる。暗闇の中に、突然ぼうとうかびあがった、わたしの白い肌。ひるんだ一瞬のすきをついて、獣のひたいを、両の乳房に押し付ける。そうしてそのままふたり倒れて、のどが渇ききるまで眠るのだ。
 獣と歩いている。なるべく遠くへ行く。鋭そうな長い爪、全身を覆う灰色の毛、感情表現のできない尻尾をもつ、獣と歩いている。獣とわたしが、いったいどこへ、何をしに行くために歩いているのか、いまとなっては忘れてしまった。乳房のあいだにある頭を、力まかせに抱きしめると、獣は細い弱い声を出す。それが鳴き声なのか泣き声なのか、わたしには分からなかったが、あらゆる光が上昇するなかに、獣を怯えさせるようなものは、何一つ無いように思えた。もうすぐ朝になる。はだかのわたしは獣の頭を抱えたまま、西に向かって吠えた。


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降り来る言葉 XXX
 木立 悟



触れようとすると
指は変わる

漏れ聴く 光


見ているものは
既に違う

遅い 光


雨のはじまりを鳴く鳥に
枝はまぶしく満ちてゆく
羽と幹と音のはざまに
空は蒼く満ちてゆく


腕が腕を抱き
肩を抱き
指先ひとつの痛みへと
己れを抱くようにたどりつく


光を吐くもの
葉の光を吐くもの
血に導かれ
線の 波の 血に導かれ


落ちる前にとどろいて
飛沫は四つの空を貫く
痛みなく光なく焼けてゆく
どこまでも幼い火のかたち


横から横へ 宙から宙へ
夜の苦みと苦しみは降る
夜明けの水に浮かぶ諧謔
直ぐのものを嘲笑う


よろこびはいとも簡単に
よろこび知らぬものをあざむいて
昼は明るく水を埋め
午後の手のひらを見えにくくする


花が咲き 花が散り
葉という名の花が咲き
次々と次々と空に触れ
遅い鼓動を聴いている


風と揺れ 風はらみ
風を産む
土に横たわる水たまり
新たな火の輪の息をはじめる









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迷子
 焼石ニ水

抜ける様な青空を
いったい何処まで抜けて行くのか
偉大な若さで途方に暮れて
雲がぽっかり浮いている

今日は
日曜日」だから
羊飼いも、狼も、みんな
おやすみ

あ、逃げる理由が、ないな
追いかける
理由も




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オミドレイヒヤ
 ミゼット

オミドレイヒヤ 五月の薔薇の
震える瞼 霧の朝
乙女は密かに漕ぎ出して
生まれる為に

オミドレイヒヤ 貝の爪
オレンジを剥く 傷を、つける
黒髪の五線譜
肩から腕へ 指の先へ
足に纏わり戸口へ続く

オミドレイヒヤ 潮満ちて
空の小船が帰る頃
乙女は髪を緑に染めて待つ
忘れる為に思い出すために

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眠り
 丘 光平

降りやまない霧の両腕にやわらかく抱かれ
岸辺の草むらに浮かんでは消えてゆく
秋桜の額に不吉な星がそっと灯るころ
澄んだ水底から聞こえてくるいくつもの寝返りは


初めから櫂を与えられていない小舟と
帰る場所も行く当ても知らない川とが
やがて互いに互いのなかへ織り流れてゆくその空を
夜は吹き抜けてゆく何ごともなかったかのように


きびしい星座の胸はやぶれ水と水はあふれ
眠りようのない眠りを送り届けてくれるのだ
そしてひとつの右手が紅の氷雪を受けとるだろう
そしてひとつの左手が手渡すだろう地上の悲歌を



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私たちの欠落(夏の日の)
 藤丘


私たちは互いを必要としながら
それぞれの場所で夕陽を眺め
明日の湿度を欲しがり飲み込む振りをする

あなたと私は
埋もれてしまったいつかの夏に
栞を置いたままかもしれない
それでも私たちは真実を口にしない

私たちの日常には触れ合うことを拒む痛みがある

急な雨の日の窓硝子に反射する
輪郭のぼやけた
あなたかもしれない横顔を見ることがある

遠い夏の陽射しの
揺れの中に置いてきてしまった
あなた
かもしれない面影を瞬きの合間に
抱きしめることがある

波打つ躍動と純朴さに震えていた短い季節が
私たちの時間だったということを
声にして認めるべきだろうか

私の喉は閉じたままで
幾つかの小さな空気孔が
今日一日分の赤血球を分離させて行く
白い雨は私たちの昼を浸食し
夏の
ぬるい海へ流れる


月の隠れた夜にあなたと私は
幾つかのガス灯を数え
カバンの中の折り畳み傘をひろげて唄を歌う

朝と夏の雨は混ざらない
私たちの姿は少しも奇妙ではなく
暗闇では慈愛に満ちている

次第に私はとても狡くなり
何もかもを忘れている素振りで
浅く眠りながら
眼の奥で望んでいる夢を一つ見ている




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夜明けの水位
 望月ゆき

満水の夜に
感覚をとぎすませながら
無数の魚が泳いでいる
距離と、位置と、
上昇する体温と、
そういうものを
止めてしまわないように


蛇口に口をつけて
あふれ出すカルキを吸うと
水面が降りてくる
そうやって
1ミリずつ
世界は、ずれてゆく
正しい速度で


目盛りが見えはじめると
魚が跳ねて、
そこここに散ってゆく
ブラインドの内側で
尾ひれを
あるいは胸びれを
重ねて眠る
いとしい、遠い他人と


おはよう、を言うために
世界が続くのだとしたら


ブラインドの隙間から流れ入る
その角度で
浅い夢へと切り込むもの
それを、だれかが
朝と呼ぶ



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子午線とカメラ
 しもつき、七


そむけられた、たくさんのしろくろたちと眠る
ひとさしゆびをたてて(よるのすべてをきくよ)

じめんはいつまでもわたしのあしもとにあるんだって
おしえてくれたきみがほんとうはずっと覚束なかった

切りとったせかいにはやさしさもつめたさも同居するね

くちびるはいらない、ふたりたちのためにあるなまえを
呼ぶのはきみだけでいい、しあわせはわがやのキッチン、
おもいでにうらぎられたらしいレンズでよるを接写する

群青に侵食されるじかんがきのうよりもおそくなったなあ
(やさしいことに気づかせてくれたのはきみだったの)

  ・子午線とカメラ



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