投稿する
[*前] [次#]

光の果てに
 黒田みぎ

わたしたちは何処に行くのか不安になっている
仲の良かった人がまたひとり消えたようだ
わたしは悲しくて泣いた 静かに 静かに、
わたしたちが光を望んでいても 離れていくだけで
それでも下をむくしかないのだからこの悲しみというやつはとても質が悪い

1 自由という不自由
人の住まなくなった/住めなくなった古屋でわたしは飾られていた
意地悪なお婆さんもいなければ優しいお爺さんもいない わたしは自由だった
わたしはまだ忘れずにいる きみの存在を 隠れて逢いにきてくれたきみを
太陽は光の束
まぶしい
きみみたいだからわたしは太陽が好きだった
月が苦手なのは
きみが来ないからだろう

2 過ぎた日の記憶を辿る
雨の日の記憶ではお婆さんには足がなくて寒い寒いとばかりを繰り返す
泣きそうな声で
わたしはそれが厭で布団に隠れながら早く夏がくればいいとばかり考えていた
それとは逆に晴れの日は好きだった 晴れの日の記憶には名前はいらない
生きている
と 確認するわたし

3 おねえちゃんと
いいよ名前なんて何処かに飛んでいけばいいんだ
飛行機にでもあたればいい
あんなものは鳥にでもくわえられてしまえばいい
踊れなくてもいいでしょうあなたは影にならないで
あの人はそう言った
光の先に すこしでいい夢をみせて すこし すこし
見えない遠くを見えた気にさせてください
どうか どうか

(その願いは拒絶されてしまったのだけれど)

4 わたしはわたしから
今日は朝からわたしをみた 気分が悪くなったので近くにあった喫茶店に入った 客はすべてわたしだったのでわたしは後ろにさがった 店員とぶつかる
いらっしゃいませ
わたしはわたしから逃げれそうになかった

5 雨を待ちわびる
わたしは雨の日が好きだ 彼女の背中に穴が開く すべては少女に還る 雨は降るのをやめない
沼地の泥でつくられたものに生命が宿ると思っていたのか今ではあやしいものでしょう ああ ああ
少女に魂を 少年に永遠を
水の先にある
水の先にある
崩れ落ちた泥のかたまり
わたしのよこがお



[編集]
有形の不在
 腰越広茂



降るのかしら。

先のことなどわからないから
ただ ありのままを見つめる

内側で降る
血の流れが
どうしようもなく
わたしを形作り
廻る

こんなにも
形ある
わたしはまだまだ崩れそうになくて
眩暈の熱に接続された
冷めてゆく
日陰の放射していく憂鬱に
焦れてし まう

ふと
庭に埋まっている
猫の姿を思い出した
幾千夜の
夏を過ぎたのか
その上に咲いていた花
が薫る

訳 も無く涙するのを問い詰めたりしないで
 と
丸い果実にくちづけする
お腹が鳴った
在るのよ(。)


ぽっと降って 来た




[編集]
かざみどり
 田崎智基
 
多くが欠けている
垂直に切り立つ湖面の繭に
かざみどりがある。
レンズは青根蔓を束ね
夕方が視域を転げ回る。
深さは灰いろとなって(青いろを揺り起こし)、
湿地の風の注ぐ
その湖に
パレットの絵具は食われ
色々な煙に、
水底はつつまれた。
(かもしれない )
と言うのは
湖面の向こう
風見鶏も、
屋根も、
家も、
曇る 野原にあるのか
湿った 窪地にあるのか
そもそも そっちの世界が
ふくらんだ 湖面の奥
揺られているからで


湖の厚さは
どんどん増大していく。
巨大な線香花火が湖底で燃えているように
煙は湖底と湖面を引き離す。
かざみどりの像はいつまでも幼くて、
僕はとしを取っていくので
何も見えないことはないかもしれないけど
たまに
湖水が清み
僅かにだけ溢れ
たまに
湖の向こう側に見える。


[編集]
『無題』
 今田コボ
 
藍色に染まっていく
わたしの目の前には
小さな蒲公英が
たくさん並んで
誰かが一つ一つ
踏みつぶしていく
その様が
おかしくて
笑ってしまった

深い所にある
重いトビラ
死んでいった者たちが
入る場所
降りしきる雨粒を
手のひらに乗せる
そっと静かに
触れ合う時のように

長い死人の行列
最後尾にいるのは
青いわたし
悲しみを全て
捨て去った
今、残っているものは
この列のどこかにいる
あの人への手紙だけ

揺るがすものがあるとするならば
今ある全てのものにいいたい
わたしは列に並び
いずれあの人と再び出会う
心に空いた穴が
海で埋め尽くされる
わたしは、一人では歩けない


[編集]
彼と彼とわたしの生命へ
 しもつき、七


・夜(切る/kill)
きのうひとりのキッチンで、
ふたりぶんのゆうはんをつくっていたら
包丁でおやゆびのつけねを切ってしまった

血はでたが、ばんそうこうがなかったので
そのままりょうりのつづきにとりかかった


ひとりでたべるふたりぶんの食卓にならぶ
ハンバーグやらはなんだか鉄のあじがしたが
ふしぎとさみしさを打ち消した





・夢(ろんり/矛盾)
しにたいと切望するひとがいるようなこのせかいならば
いきていてもしかたがないのだろうとおもった





・朝(ぱりん/ぐにゃり)
ひとりぶんのからだをもてあますダブルベッドに
きずぐちからながれたのであろう血がかたまりとなっていた
そのかたまりはなにか小動物のようにうごめいて、


(九時になるまえにはシーツを洗濯しておいた)
彼という生命はいまどこでなにをしているのだろうか





・昼(きず/情)
となりの空席にはもはやだれのおもかげもなかったが
それでいてなにかとてもきゅうくつなかんじがした


ソファでドラマをみていたらなんだか傷がかゆい気がした
シーエムのあいだに麦茶をつぎたしておこうとおもい
たってキッチンへむかうと、
おやゆびのつけねのきずはふさがりそこから
ちいさなちいさな芽がふいていた


ドラマは最終回で
おやが子どもに泣きすがっているところだった





・夕(成分/から)
芽はぐいぐいと育ちえだをのばし
実をつけ

どちらかといえば栄養素は
わたしの血というよりさみしさのようだった
あれからなんどかゆうびんポストをのぞきにいったが
あるのはダイレクト・メールと化粧品の宣伝だけだった





・夜( /  )
ついに芽は木になりわたしを覆いこんだ
幹がからだにへばりつきすでに一体化し
うごくことができないが、

どうやら
きょうからはふたりぶんの料理をつくらなくていいらしかった



[編集]
ドッペルゲンガーみたいな
 しもつき、七


まちで流行のスカートを少女たちがつらねてゆらせて
あかるみに隠された星月が大都会のうみをとんでいく
東京には宇宙がないのよ、くちをとがらせたあのこの
肌はしろいのに、頬はあかいのに(無粋なこのまち)

ふるびたカメラでのぞいたAM0:00、あかくなった東京
この春はあたたかすぎる温度だけれどここでまた凍る
(レンズのなかでいい別世界をつくれるはずもなく)


あるきだした赤信号のもとにかすむぼくを視界のすみにもとめないひとびと

(さくらがちりました、ことしも少女たちのみわけのつけることができずに)



[編集]
モザイク
 たもつ
 
 
テレビの画面いっぱいに
モザイクがかかっている
娘は笑ってみているから
面白いアニメか何かなのだろう
低俗なものはきちんと排除され
僕らは安心を手に入れる
新聞の記事にも
モザイクはかけられ
今日も世界はなんとなく
平和なのだ思う
原材料名や消費期限のモザイクは
安全の証
僕らの毎日は
気づかいと優しさに守られている
包丁で切ってしまった、と
妻が絆創膏を探す
その指先にモザイク
傷口の深さなど
誰も知らなくてよい
僕らは守られている
何の代償も払うことなく


  /今夜、僕は妻を抱くだろう
   お互いの卑猥な生殖器には
   モザイクがかけられ
   初めての夜のように
   二人は小さく喘ぐだろう
   そしてまた僕は泣くだろう
   モザイクから
   溢れ出してしまう
   妻の生い立ちのために  


[編集]
書店で働くということ
 吉田群青

本を読む人の眼は
例外なく真っ黒い色をしている
それはもちろん
眼が活字のインキを吸収してしまうからである
本を読みすぎて
白眼まで真っ黒になってしまった人が
こちらを向いてにいっと笑ったりすると
結構怖い
きちんと見えているんだろうかと思う

棚に沿って
ずらりと立ち並んだ人たちの間を縫って
雑誌を整頓していると
時々
樹になってしまった人を見つける
帰りたくなくなってしまったのだろう
そういう人には丁重に声をかける

お客様
お客様

二度呼ばっても人に戻らない場合は
他の店員に手伝ってもらって
根元から伐採し
店の外に放り出す
今までにそういう人はたくさんいたらしく
うちの店の前には
材木がたくさん積んである
夏になったらキャンプファイヤーをやろう
と言うと
漫画本にフィルムを巻いていたアルバイトさんが
いいですね
肉も焼きましょう
と言って笑った

書店で働き始めてから一ヶ月になるが
本というのは不思議なものだ
腕の中でさまざまに形を変えるのだ
一度
単行本を整頓しているときに
ふと気づいたら
腕の中で赤ん坊がわらっていたことがある
それは
将来わたしの生む赤ん坊のように見えた
たまらなくいとおしくなって
ベイビー
と呟きながら
背表紙にくちづけをしていたら
先輩社員に叱られた
だが
そんな先輩社員も
漫画本の並んでいる棚が
初恋の人に見えることがある
ということをわたしはちゃんと知っている
たまにうっとりした顔で抱きついているからだ

店が閉店するのは午後の十時である
わたしは床にモップをかけ
剥がれ落ちた活字や
お客様の残した性欲の欠片なんかを
丁寧に隅っこに集めて捨てる
すばやく捨てないと
活字と性欲とが反応しあって
どろどろの
得体の知れない固まりになってしまうので
注意が必要だ

お疲れ様でした
と頭を下げて
ふと手のひらを見ると
いつも真っ黒に汚れている
その手で眼をこするので
わたしの眼はだんだん大きくなってゆく
多分近い将来は
一つ目になってしまうことだろう
あまり知られていないことだが
書店の店員は
みんなそれで辞めていくのである
ほぼ一つ目になった先輩社員が
月明かりを背に
お疲れ様
明日もよろしくね
と鷹揚に笑った


2007/4/25
現代詩フォーラムにて発表

[編集]
[*前] [次#]
投稿する
P[ 6/7 ]


[掲示板ナビ]
☆無料で作成☆
[HP|ブログ|掲示板]
[簡単着せ替えHP]