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おとなになる
 熊谷里美
 
(一)
   目が覚めると、
   横断歩道はいつも点滅していた
   早く渡らなければいけないと
   あわてて走り出すけれど
   真ん中の辺りで
   渡ってはいけないような気がして振り返る
   そうして立ち止まってしまう
   車がまったく通らない道の上で

(二)
   あなたが放った言葉で
   傷ついた場所から
   小さなみつばが生えました
   しゃべりもしない植物の
   繊細な感情の揺れに
   驚いたワンピースの単純模様
   どちらも悪くありません
   だから泣かないで

(三)
   知らない番号から
   電話がかかってきました
   数字になった彼女は
   包丁を持って窓の前に立っています
   きっと昨日の夜、よく眠れなかったのでしょう
   だから温めたミルクと
   ハチミツのトーストを差し上げました
   わたしならいつか消えます
   だからそんなことしないで

(四)
   もう横断歩道は赤になってしまっていた
   振り返った先には
   父と母が立っていて
   手も振らずにこちらを見ている
   そうして信号機はまばたきをする度に
   ぼやけながら形を変え
   一本のバラの花になった
   父と母が目を閉じた瞬間
   通らないはずの車の音が聴こえた

(五)
   窓の前で立っている彼女は
   食べ物は食べられないと言った
   そのかわりによく分からない言葉で
   誰かを罵りながら涙をこぼした
   ありがとう。よくここまで来てくれたね
   と言ったら
   持っていたミルクをぶちまかれた
   白い雨に刃物は溶けていく

(六)
   気がついたら誰もが傘を差している
   今夜は黄色い砂が
   東京一体に降りそそぐでしょうと
   あなたはつぶやいた
   何も言えずに黙っていると
   冷たい手が頬に近づいてきた
   手の平には知らない電話番号が書かれている

(七)
   昔、母が来ていたワンピースを
   大人になったわたしが袖を通す
   今夜は特別な日だからね、
   とお月様はおだやかに言って
   バラの花をプレゼントしてくれた
   その途端、強い風がびゅっと吹き
   トゲが頬に触れて短い線を引いた
   覚えている
   この傷はいつか単純だったわたしが
   彼女をいじめてつけたもの

(八)
  父と母はもういない
  けれどそのかわり
  温かい温度を保ったわたしが残されていた
  さようなら、今まで楽しかったね
  と言ったら
  あなたの手はくるくると傘にからみつき
  強い風に乗って
  故郷へ帰って行った

(九)
  ブレーキを踏んだ音は
  自分を守るためにできる精一杯の声だった
  目を開けばそれは車では無く
  一頭のらくだだった
  ポケットにハチミツのトーストが入っていたので
  それを口元に持っていけば
  むしゃむしゃ食べるのだった
  ねえ、そろそろ朝に向かいたいわ
  とお願いしたら
  さりげなく背中を近づけた

(十)
  黄色い砂をキュッキュッと踏む度に
  頬から生えたみつばが揺れた
  ゆっくり行こうね、きっと大丈夫だからと
  言っているように聴こえる
  夢の中ではどこへ行っても間違いは無い
  あと少しで二十歳
  そしてらくだは月を目指していく
  その向こうに朝がある


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彼のナイフで眠る
 しもつき、七

嘘をみやぶられることはなくて、感情は円になって
てをつないでわたしのからだをかこんで、死んで、
呼吸はとっくになくして(わたしのそばにきて)

逃げるとこうしなって惑う、白線のそとがわへ、と
(やさしい嘘ならくちからすべりだす、きみの本能)

「傷がついても花なら血をだせずにしおれて還る」
わたしもきみもそんなふうになりたいね、だなんて
そんなことばでみたされるほど、飾りたくなります

ほかでもないこの心臓のいちぶになって、きゅうと、
しぬまでひとつになっていよう、産まれてしまったの
しあわせだという非難ならこのかたちをばらばらにして

(まるいかなしみ、泣かなくていい、ぼくがここにいる)

  ・彼のナイフで眠る



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雨を思う
 ミゼット


裸足のまま
私達は
髪を絡め森を探している

森の地面は苔で覆われ
赤い色の小さなものが
足の指の間を動き回るでしょう

髪の間は水に満たされ
契りをより一層強くする

初夏の庭は
蜘蛛の糸で閉塞する
私達が入り口を繋ぐ
明るいのは向こう
明るいのは向こう
遠ざかれば帳が降りて
互いの目がきろきろと動くばかり

揺れているのは
短くした髪
たった今
静かに私達切り落としたのよ
森に根ざせ、ほのお

姉さんは遠くを見ている
姉さんはどこかを見つめる
妹などいたためしはないの
翅の小さなものがよぎった

頬を寄せ、息を潜めて森を探す
指はまだ触れるだけ

ジャノメ蝶が 居た

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薔薇のうた
 丘 光平

ふりかえってはいけない音がある
聞いておきたかった夜がある

壁には
だれかの置き忘れた九月の風景

そして、かなしい食卓の
白磁の皿に咲くいちりんの薔薇

ああ
おまえの歌が割れてしまわぬように

僕の中の水は
きっと眠ることはないだろう



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薪 (たきぎ)
 腰越広茂


朝日影にふくまれた わたくしの陰影が
ありのままの白い骨格で
よるべなく
この家に嫁いで来たのです。

その
わたくしが、
わたくしであるが故に、
わたくしを焼べねばなりません。
それは、己だけのもの、か
この灰は古の重さで大空へしずまるのだから

胎内の
底知れぬ空洞が
ひんやりとうずきにじむ。
奥のほうはトーンのまだらな
青青とした雑木林を
仄暗い目差で見ていたんだ。

陽炎の去る羽音へ
帰れない
初夏の日差しの中で
いつまでも
届かずに立ち暗み
宙へ手を

うっすらとうつむき
自らを焼くことのできない火のかわりに
燃えつづける 半透明な泉



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みつかれ宇宙
 しもつき、七

てさぐりなのはさいしょから、めを奪われたぼくの
右手がせかいをさわるのにむちゅうだから、知ってる
やめない行為はしがみついて泳がされるための矛盾

むかし惑星だったそれはこっから何光年むこうだろうな
すべて放りこんでみるのもまちがいじゃないんじゃない

宇宙のはての、ありんこたちみたいなぼくらはさ、
(ヒカガクテキだけれどおもちゃなぼくらの生命はさ)

脆いかも、たべられるかも、こころの所在もなにひとつ
ひらけちゃいないのだから(咎めないでよごさせてくれ)

ボリューム16のヘッドホンも宇宙を揺るがす日がくる

  ・みつかれ宇宙



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粘度
 たもつ
 
 
帰宅する途中
コーンスープの匂いがする
家の前を通りかかる
中から男女の諍いの声が聞こえてくる
少年が一人
玄関の外に立っている
ドアにもたれてただうつむいている
どうかあの少年が
私ではありませんように
けれど私は知っていた
その足元に咲く花の
花びらの数を
誰も飲むことなく流しに捨てられた
スープの粘度も
 
 

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夕日の射光でこいびとたちはであう
 しもつき、七


  もう迷わないときめた初夏は
  どんな夕方も孵させて




十二年前とおなじ夕日はそれだ、失ったと覚(さと)っていた
電線にじゃまを喰らっているはいいろのそらでなければ
あなたとここでいれただろうに

いちねんごとに束ねられたリボンをほどくとき、
あいまになまえもわすれた海岸沿いがみえたりする
フィルムがきれて射光



  ベンチにすわってバスをまった
  夕暮れ追いこしてセーラーのスカート
  ときどき群青


さびた時刻表の、この景色がすきだといったね
手をつないであるいたのはたぶんほんのおとといのこと
そんな温度のはしにくろい鳥、砂浜に埋もれたあしあと


花は枯れるけど惑星はかれないと云う
いつか水がきれるとしても、あなたを
あなたのいつかみる夕日をおもっているよ








  惑うというのか
  走れ

  どうせ消えるのなら
  惑うな
  走れ



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