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日蝕
 しもつき、七


視線があたってくだけると、ここによるがくる
みせつけないでよわたしの死んだそれぞれたちを、
(夕方じゃない!、まだ帰らない、もうすこしだけ)

じかんをなくした、もうかえらないことは知っていた
シャンプーの匂いやうるさい温度やありの葬列さえ

あなたは知らない、わたしのことを、あなたはいない

、わたしには上手な呼吸のしかたがわからなかったり
よるの歩きかたをわすれたりすることもあったけれど
むすばれた紐のてほどきをしてくれたのはあなたで、

感情がもたらしたのは幸福なじかんだけだったのだと
きづいたのは夕暮れをあるいたある月曜日のことです
(覚束ないのをなにかのせいにするのは、よくないね)

  ・日蝕



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ベイビー・ブービーの憂鬱(有能な爆弾処理班)
 ホロウ



なんとなく返り見た国道の終わりに
羊歯のように垂れ下がっていた死神の笑い
今夜もブービーだった
ケツについてるのは
今日までに死んだ誰かの残滓さ
伝えるべき事があったはずなのに
途切れた昨日に手を伸ばしているうちに忘れてしまった
ウー・ラ・ラと
誰かが歌っていたんだ
狩猟犬みたいなしわがれた声で
今にもペッと痰でも飛ばしそうな
ザラザラでガラガラのしわがれ声さ
なのになんで
こんなに美しく聞こえるんだろう


点滅信号、点滅信号の下に、俺は立ち尽くしていた
「押してください」と赤いランプが控えめな女のように脅していて
押したはいいがいっこうに青色になろうとしない
渡ってしまってもよかった、馬鹿正直に待ちつくしてから
向こう岸に立ったときに初めてそんなことを思う
追いつけるものが数えるほどしかない、偉大なる内奥はいまだに遥かな地平を目指している
ヘイヨー、舵を未来に目指せ
自分のことを笑ってくれる人間のカウントをこの世で最高値にするために
ベイビー・ブービー、かろうじて呼吸をしている人間の
お前はまごうことなき最後尾さ
なんとなく返り見た国道の終わりで
羊歯のように立ち尽くしていた死神の
三日月のような鎌の切っ先のエロス、それは確かに誰かの存在を
暗い沼の中へ放り込んだのだろう


国道沿いのレストランの窓際に腰をかけて
(おそらくは)大々的に宣伝しているレディースグラタンセットを食べている着飾った週末のOLと視線が合った
俺は出来る限り切迫した表情を作って
「爆弾が仕掛けられてる、逃げろ」
と、昨日マンガで読んだ台詞を口パクで言って
後ろを気にしながら全速力で逃げた
しばらく走った後でネスカフェのコーヒーを買って飲みながら
あのあとレストランが大騒ぎになって
ローカルニュースで報道されたらそりゃあ…なんとも虚しいことだろうなと考えたんだ
一息つきたくなって
ツタヤに入って週間プロレスを立ち読みしていたら人差し指でチョンチョンと肩をつつかれた
きょうび知り合いに出会うことなんてもう無いと思っていたなと思いながら振り返ると
そこに居たのはついさっき爆弾の告知をしてやった着飾ったOLだった「作戦は失敗したわ、グリフォン」とそいつは肩をすくめながら言った
「爆弾は私が処理しました」
俺はしばらくぼんやりと立ち尽くしていたが、「そうか」と一言口にして
週プロを置いてツタヤを出た
女は黙ってついてきて
俺が赤信号で立ち尽くすと距離を詰めて腕を取った
俺は空を見た
雲が少し多いけれど
星がちらついて見えた





そうか
爆弾は処理されたのか。




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時代
 たもつ
 
 
1.
顔を洗って髭を剃ると
私の顔は鏡の中にあった

洗面所の窓
その外にはいつも外があって
夜がまだ薄っすらと残っている

貞淑なやす子は朝食の後片付けをしている
今までの毎朝を
そしてこれらの毎朝を
貞淑であり続けるかのように

身支度を終え玄関で靴を履く私は
行く先もわからぬまま今日も勤めに出る
そう言えば先ほどまで
ミルクのようなものを飲んでいた気がする

扉の向こうでは
戦争が始まっている




2.
街にはたくさんの人がいて
足音を立てることもなく歩いていた

足音は
いったい何時から
どこかに行ってしまったのだろう

列車に乗って
足音のある駅に行こうとしたのだけれど
そんな駅はありません、と
駅員たちは首を横に振るばかりだ
たしかにそうかも知れない
彼らは足音など聞いたことがないのだから

家に帰った私は
辞書で「あしおと」について調べた
その後二時間
やす子と「あしおと」について語り合った




3.
やす子はもういない
私は思い出す
やす子の髪を
その長さを
その色を
その枝毛の数まで

日曜日の暑い朝
足でシーツの冷たいところを探れば
いつもその先には
やす子の冷たいふくらはぎがあった

冷たいふくらはぎのやす子
やす子
やす子
やす子
やす子の名を3回呼んだ

4回呼んでも
やす子はもういない




4.
その日、私は公園で
午後の半日を素描に費やした
散歩途中の杖をついたおばあさんと
寒いですね、なんて話をした以外は

夕刻になり
役場のスピーカーから音楽が流れ
人々は足音を鳴らしそれぞれの家路につく
帰るべき場所があるならば
私もそろそろ帰るべきなのだ



公園のベンチ
男が忘れていったスケッチブックは
すべてが空白で埋め尽くされており
最後のページにだけ擦れた文字で
女と思しき者の名前が書かれていた
いつしか雪が降り始め
すべてを白く覆い尽くそうとしている
残痕も
残像も
残響も


その小さく白いものの降って来るところを
人々が空と呼んでいる
 
 

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平原
 田崎智基


ぼくのくちびるがきれる、くさのひとつびとつがそれぞれのふるえをもち、同時に波状の真円をくるったようにかさねていく湖のみずうみのようなそれは


平原ではない
ゆうがたになりあさになりよるになり、よるになりあさになりついに真昼になり、だれもがふみしめてさりゆくしめった触覚も、みずがくさのひとつびとつに付着することで遍在をおびただしいものにして表面張力をうしない、重力にとめどなくひきのばされるままにじめんをたぷりしめらせていく遠いなき声もそれは


平原ではない
くさというせいめいはおおくのこえを透過して同時に沈溺させていく、みどりとあおと透明のまじるたいらなスクリーンの映像を、そのはだに無数に移植させながらそのかずは虚数にまでいたって、ときにたいようを歓待しかぜになぎはらわれあめに受精するをくりかえし、ほのかなくさのかおりを旅人よりとおくまでひびきとどけながらぼうばくと存在するその場所は


平原ではない
からまりあういろとりどりの羽は垂直にむきをかえておどりながら、おおきな展望台へかぜがこうしんしていくきょだいなおとを、実体をもつかどうかというちがいで、あるいはそのあいだにあまりにおおきな断絶があるという理由で、あるいは相互に蜜をあたえあうという関係性のゆえに、あるいはその中心によこたわる時間のふかいへだたりのために、そのために、ただしずかにみつめていることしかできなかったそこは


平原ではない
手がみみずばれしていた、そうやっていつのまにかからだはきりひらかれほどかれる、そうやっていつのまにかからだはきりひらかれほどかれてしまった、ひろくひろくひろくひろくひろくひろくひろくひろく、誕生月まで希釈されていく、ぼくのまぼろしとぼうだいなくさのスクリーンとがよるに、それぞれのいろを濡らし滲ませ、ひとつびとつがそれぞれの語りをよぞらにはなしとどけようとするその中層の、その中層にたたずみながら、くさを纏い身をたおしていくゆらぎに似たその土地は、


平原ではない
いつまでも




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 腰越広茂


鏡台のまえに座り
紅をひく
雨音が
静かにへやを満たす
なにをするでもなし窓の外へ目をやる

何億年もの上空で
移ろうおもいが重さをもって降ってくる。
そう何かで読んだことがある
これはどういうことか
唇が変に歪むけれど
ちん

響くだけ
(宇宙のみる夢か)
漂っているのだ
(わたし)

庭の花がゆれていた
いとしさは形を変えて現れている
わたしもそう
とぎれることのなかった血をもって
歌う

花びらは
紅く紅く
雨に 染まる




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白の系図
 腰越広茂


うちあけることは、むつかしい

しろながすくじらが
吼えるとき
わたしは
ちいさく「え」と鳴く

しろつめくさが
幸せを茂らせるとき
わたしは
亡霊とかけ落ちする

シロフォンが
はずむ音色を奏でるとき
わたしは
宇宙のすみで星と笑う

白映えが
ほのかに大気を湿らせるとき
わたしは
名の無い華と握手する

無色透明の風に
白骨化したわたしは
桜の下で
春が死におよぶさまをみとどけて
素っ気無くサヨナラをして
どこへ行くともなく
さらす
影も形も無くなった頃
生まれるわたし

幻だった
夏がきて
氷菓子を一口すっと食べた日は
太陽が白い光線を
放っている




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「浮遊する夢の形状」
 前田ふむふむ

       1

鎖骨のようなライターを着火して、
円熟した蝋燭を灯せば、
仄暗いひかりの闇が、立ち上がり、
うな垂れて、黄ばんでいる静物たちを照らしては、
かつて丸い青空を支える尖塔があった寂しい空間に、
つぎはぎだらけの絵画のような意志をあたえる。
震える手で、その冬の葬列を触れれば、
忘れていた鼓動が、深くみずのように流れている。

わたしの耳元に、幼い頃、
おぼろげに見た、赤いアゲハ蝶が、
二度までも舞う気配に、顔を横に寝かせれば、
静寂の薫りを運んで、
金色の雲に包まれた、羊水にひたるひかりが、遠くに見える。

あの霞のむこうから、わたしは来たのかもしれない。

剥ぎ取られた灰色の断片が、少しずつ絞られて、
長方形に鋏がはいる。
わたしは、粗い木目の窓を眺めながら、
捨てきれない、置き忘れた静物といっしょに、
墜落する死者の夜を見送る。
  湧き上がる夜明けのときに――。

     2

朝焼けが眩しい霧の荒野が、瞳孔の底辺にひろがる。
赤みを帯びて、燃えている死者の潅木の足跡。
そのひとつの俯瞰図に描かれた、
白いらせん階段が、空に突き刺さるまで延びた、
古いプラネタリウムで、
降りそそぐ星座を浴びた少女がひとり。
   凍える冬の揺り篭をひろげた北極星を、
   指差しながら、
   わたしに振り返って、
   ここが廃墟であると微笑んだ、
あの少女は、誰だったのだろう。
なにゆえか、懐かしい。

窓が正確な長方形を組み立てて、
視界になぞるように、線を引く。
線は浮遊して、静物に言葉をあたえる。
次々と引きだされる個物のいのちは、
波打つひかりのなかを、文字を刻んで泳いでいく。
やがて、線が途絶えるところ、
わたしは、線を拒絶した荒廃した群が、列をなして、
窓枠をこえていくのを見つめる。
見つめつづけて。

       3

思い出せないことがある。
わたしの儚い恋の指紋だったかもしれない。

単調な原色の青空を貼り付けた風景が、声をあげて、
わたしに重奏な暗闇を、配りつづけている。
時折、激しく叩きかえす驟雨を着飾れば、
(空は季節の繊毛が荒れ狂い、
        ――あれは、熱狂だったのか。
白い雪が氾濫して、皮相の大地を埋めれば、
(モノクロームの涙に、染める匂いを欲して、
        ――あれは、渇望だったのか。
わずかな灯火をたよりに、手を差しだせば、
繰り返される忘却の岸に、傷ついた旗が見える。

思わず瞑目すれば、
ふたたび、貼り出される白々しい単調な音階に、
身をまかせている、わたしの青白い腕。
すこし重さが増したようだ。

長方形の額縁のような窓が、果てしなく遠のいてゆく、
限りなく点を標榜して。

いや、はたして、窓などはあったのだろうか。

仄暗い闇のなかで、わたしは、痩せた視線で、
忘れたものを、いつまでも眺めている。
      眠っている静物たちを眺めて、
      灯りが弱々しく沈んでいくと、
      眠っている鏡台の奥ゆきから覗く、
寂しい自画像がうつむく。

茫漠と、時をやり過ごし、
時計の秒針が崩れるように、不毛が溶けだすとき、
微候を浮かべる冷気にそそがれて、
燦燦とした文字で埋めたひかりが、
硬直して、延びきった足のつま先に、顔を出す。
わたしのうつむく眼は、輝くみずに洗われている。

       やがて、訪れるはじまりは、
ふたたび、夢の形状をして――。


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夜と朝と、花
 藤丘

※ 或る夜の、はじまり

凍える喉がひとさじの土を含む
飲み干せずに輪郭を失い湿度の重さに漂う

あなたに問われずして片道に留まり
太い扉の前で思案している
冷たい震えから伸びた翳が
燦々と微笑む光の手に掴みとられてしまう

いつしか岩肌に置かれ
海の
波、波、波に啼く

(あなたを恋しがるもの
耳を伏せたままにいつまでなくの)

岩に海、
海に波、波に雨、

雨を吸い上げる熱が上昇しては冷めて
あなたの体温を知っている

岩肌より彷徨い、波間に浮かんでは戻され
去っては訪れて、繰り返す沈黙に硬くなり

灰空の結晶が毀れる頃に
砂丘に打ち上げられた器が砂を吐きながら
からからと細い喉を鳴らしている

青を失い、緑を失い、水を求め

求めれば求めるほどに
灼熱の渇いた腕に強く抱かれ

ざらざらした執着を雨風に曝し
風化していく声が砕かれていく



※ 或る、ひとつの朝に

平らになった追想が朝に焦がれるとき
新しい音が飛翔する

光の、雨の、風の、樹木の、
運ばれるものの中に

それは私に流れる水
脈動の内にあり外へ放たれるもの

無言の水が祈るとき
空と海の対話は静かに続いている

ひとつの終始を確かめた眼が
光の速さで駈けていく
私を象るものは陽炎に混じって弾けとび
天空を仰ぐ夏草となる

樹陰の深々とした翳に
脈々と繋がる根の先に
編みこまれる金糸が宙を織り成していく

核心に交わらない戯れは誰の所有であったのか
辿る脚は既に刈り取られ
あなたと出逢っている

あなたの沈黙から生まれた私から
緑が飛び立ち
私の中のあなたが耳を開くとき

執拗な反復は引き伸ばされて
水を聴いている

滾々と湧き出でる泉を汲み上げる一葉から
二つの呼吸が目覚め
そこから、花を紡ぎはじめる


(初稿/2007,4,28)

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