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lilium
 Nizzzys


新宿行きの電車の中で彼女は、大きすぎる鉢植えを持っていた。
千の天使達が投身自殺するこの街の、片隅で電車を降りた。
彼女の、傷つけた瞳が僕をかすめていった。
二度と髪をなびかせることもない。と、風の中で。

街は、そして森となっていく。それは主を失った蝋燭のように、
あるいは秘密を失った夜霧のように、人々を招く。花咲かぬ森。

あぁ、彼女はずっと、歩いていたのだろう。
気づかれぬ路地跡、駐車場の壊れかけた幻灯機。
街灯に隠される鈍い陽だまり、雑踏の残響に揺れる影炎。
早贄突き刺さるひび割れた街路樹、街角に沈む蝶の一鱗。
錆び付いた階段、壁に書かれた子供の頃の夢・・・。
全てを鉢植えに収めながらこの街を、森を見ていたのだろう。


種を結ぶはずの無くなった花々を、彼女は鉢植えに植えていった。
それは黒ではなく赤で、しかし生命でないそれは、
この森の得た白夜を、犯しつづけるという罪。


やがて最後の花を摘み、胸に。
その、瞬間の中で、
翌日へと向かう歩みを止め、

この森は、新たな種を、

彼女は、匿名希望の永遠を手にした。罰を。



そして今日も僕は、新宿行きの電車を待っているのだ。
街を、森をつつむ原罪者として、木々を巡る巡礼者として、
鉢植えの割れ痕を、瞼の奥に、かすかに残しながら。
ただ3番線のプラットホームで握りしめる、いつかの一欠片が、
今日をいきはじめる僕の血を忘れさせないでいる。

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停泊する夏
 前田ふむふむ

毒薬のような願望を散りばめた、
陰茎の夕暮れが、
いちじく色の電灯のなかで燃え尽きると、
ようやく、わたしの夜が訪れる。

静寂をうたう障子は、わたしのふるえる呼気で、
固く閉ざしてある。
その深い呼気のなかから、
光度をつよめる梵字を、
水墨画のように描いてある、新芽に萌える木々と、
朽ち果てた灌木が、
見えては、隠れている。
木々の言葉には、すべて答えが仕舞ってある。
           眩しく、――

わたしと父が、海の薫りのする、
白光する河原で、小石を丁寧に、積み上げている。

向かい合った石を一つずつ持って、
協奏の円舞のなかで、二枚の呼気が流れる。
   おまえも随分と歩いてきたが――――、
(わたしも、父さんと同じ瓦礫の臭いを
 なぞっているのだろうか。
(わたしは、帽子を蔽うように被って――――、
   おまえは、決して散文の顔を見せない。
   おまえは、生まれた時から、手は透けていて―――、
(わたしは、自分の躰を抱くことも出来ないのか。

(父さんが、わたしと同じ服を着ている。
       眩しくて、顔が良く見えない。

梵字のつま先が、とじた瞼のなかで揺れる。

―――なぜ、九月の高い空に、
わたしは、古い腐刻画が見えたのだろうか。

溢れるほどの、帽子を持たない少年たちは、
いまも復員をし続けている、
   落葉を積み上げたパソコンの、
      眩しいディスプレーのふもとに。
「父さん、もう随分と石を積んでいるけれど、
         どうして山ができないのだろう。」
 
誰もいない居間で、(何処かで見た廃園のテラスで)
携帯電話が、きょうも鳴っている。

・ ・・・・

京都から東へ新幹線の窓を走らせる。
黒く流れる時間の瀑布
裂きながら、
清流のみずしぶきのような法要の余韻を汲み上げる。
足の重みが、わずかに倒れて、
気だるく狭窄した視野を、
わたしの胸の滑走路に、大きくひろげる。
忽ち、家までの距離がなくなって。

母は、なつかしい過去を、昏々と眠る。
母のよわい髪が、わたしの肩にかかり、
  疲れた躰を、乾いた夜の柔肌に、浮き上がらせる。
小さな月を包めるほどの、
ふたつの余った、子供の手で、わたしは、
母を、今日という座席に連れ戻す。

「もうすぐ、あしたが見つめる場所に着くよ。」
「ああ、荒地の真ん中で、お父さんの夢を見ていてねえ。」

肥大した二千六年、夏色を耕し、
帰路を急ぐ歳月の音が、新横浜を過ぎる。
車内の電光板に、

考古学の雨を忘れた河より、復員する父たちを、
父たちが迎えると
伝えている。
子供たちは死んだとも。



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ゴースト(ghost)
 腰越広茂


(今日の日付をつぶやく)
灯台の未来
石段の螺旋をおりていく
水平線はかすかに騒めき湾曲している唇だ

防波堤を渡り
砂浜へと呼吸を滑らせる
ヨットの帆は風に膨らみ
反転した星のようにかすかに傾斜している

砂浜は、かわきをくりかえす波に
底の無い分裂をする放射で
重くからだを支える歌声を
かすかな引力で反っている

幽かに在る意識が
三角波で経過してゆく残像融合するだろう
わたしという空間の可能性
空ろなる現に咲く
大海の波の花





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遊ぶ、夜
 田崎智基


主観の青がりが、無慈悲に生まれて
花を擦りぬける、温みは円い
片一方の足が、線香みたいで
不恰好だ
何もしらないので、わからず
分からないので、悔いない
切れかけた、街灯が
弛んだり、ふざけたり
たのしい
体温は、もう
どうでも好いので
はやく、心臓のおとで
はやく、安心したい
風が鳴っている、夜にふさわしく
きれいな、おと
まだ、すこしもじゅんびできない
風が鳴っている、夜ににつかわしく
きれい、なおと
宿題が蒸発した、そのそらが
みごとな紫に光り
あてどもないのに、わたしはそまり
私でなくなった
そうすることを仕組んだのは、私ではなく
わたしの通ったあしあとでも、私のほころびでもなかった
ただ、夜は紫で
わたしは夜を遊んでいた
そうやってどうしようもなく
夜がふける

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朝の方へ走ってください
 望月ゆき


川沿いに歩いて ようやく
国道まで出た
ぼくたちは、しばしば
夜を迷う
ぼくたちには靴がなかったけれど
それはたいした問題じゃなかった
歩くべき道を
さがすだけの、夜を
迷っていた
地図の上では 車が
時間と交差しながら
走りすぎる
ヘッドライトが照らす方向に目をやると
ときどき 
あした、また
起きだしていくぼくたちが
ちらつく


バス停で
昨日までのレシートの束を
ぜんぶ捨てると
5グラムだけ軽くなった


「運転手さん、
   朝の方へ走ってください」
と告げると ぼくたちは
すこしだけ楽しくなって
つかのま、眠りにつく


停留所には、靴が
きちんと並べられていて
当たり前のように ぼくらは
それを履く
それから
朝の入り口をとおって
また、日常を歩きだす




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大人の恋
 たもつ


寒い、と言うと
あなたはわたしの肩に
そっと
うなぎをかけてくれた
 
ぬるぬるして
うなぎも鳴くのだと
初めて知った
うなぎのさばき方を
教わったのも初めて
 
大人の恋は
初めてばかりだった
 
その夜わたしは
あなたと同じお布団に入って
うなぎのように泣いた




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おはり
 腰越 広茂



針のあなに
糸をとおす
磨硝子からにじむ
光のあわい
しずけさ
のおくのほうから声がする

……わはわをたまわる)

柔軟にしなう
わたしの呼吸をなぞるのは
失われた かなしみ
をちく、ちく、ちく、
と縫いあわせていくのは
しあわせをつつみこむための道のりで
雨のしずくに映る しろいからだの歩調は
舞いおりる雪のように
風に従順であり
柔軟にしなう
わたしの呼吸をなぞるのは
失われた かなしみが
わたしの空でみちながら
すき間をうめてゆれる
とたん夜の領域へ
流れこんでいく
満月の、ひんやりとした ほほえみ

(血の記憶に いざなわれてわはわとなり……

しあわせから静脈へ 静脈からしあわせへ
くりかえす いとなみの心音にあわせた音律で
ラルゴ
滲透していく
さいごまで
ひとはり
ひとはり
ひとはり
こころをこめて
縫いあうのが よろしい








※縫いあう→縫い敢ふ=ぬいおおせる。







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