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海洋博物館
 日向夕美

降ります、のブザーを押し忘れて
バス停をふたつ見送った
硬貨2枚で
海の匂いがするね、と言えるくらいのことは許される
むずかる幼子のような
まあるい昼下がり

神戸駅のロータリーから地下街へ降りたら
家族連ればかりで気が滅入った
命を孕んでみたい、
そうすればなにもかも
上手くいくような気がする
硝子張りのアーケードが
湾曲してゆくのを
子どもたちだけがじっと見つめていた
そのやわらかな骨組みは
海鳥にも似て

海洋博物館は錆びた骨を剥き出しにして
鴎の子らを怯えさせる
自らの航法を思い出せないのだ
その腹に宿したものが
私には見えない

命を孕んでみたい、
そうすれば飛ぶくらいのことは許される
そんな気がする




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訪問
 島野律子


 葉の端が刺す方角からの雲がうねって、つきるように折り返す水の上の光のすじへからまって走る車の窓から広がる高架の底のひだのあるしみが今朝閉じたドアまでも通じているかと思う街の際に来ている。目先にゆれる根まで名乗りを上げたそうな胸をした小鳥のふくらみがもろもろとこぼれて土の穴を埋めていく公園へ甘い水を持って、踏み込んだ重い湿気のすきまを目の覚めた服から伝言を受けて通り抜けてきた。切れた髪のうらにあった空気が静かにもどってきて、ほこりまみれの葉のすきまもやっぱり木だからとほこほこかきだす声にそって、二人の幅を支えている道の暗くなっていく先までぬらしていく服の冷えに腕を渡すようにして雨に濡れては、つながる木々へ浮かぶしおれた蕾がぷつぷつつぶやいているなにかと、崩れた土の上で日傘の柄が坂にひかれるようにしてどしゃぶりの葉からまかれた風にくねる朝の足ざわりがここにもきて声の見えてくる場所まで下がるまでいる。






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不思議な木の実
 稲村つぐ


木の実をひろった
場所は忘れてしまったけれど
木の実のまるい表面に
ざらざらと砂粒がきらめいていたので
砂浜だったのかもしれない
そのままを見せようと
ポケットには入れず、手のひらに載せて歩いた

しかし、道のりは思ったより長く
会うまでに
砂粒はとれてしまって
手のひらの皺だけがきらきらと光っている

説明にまごついていると
あなたは、いきなり
普通の木の実になった木の実をかじって
残りを返した

風が吹いて、手のひらの砂を散らす
かじりかけの木の実が
かすかに揺れて
木の葉がいくつか落ちてくる
何も悲しくないのに
涙がたくさんあふれてきて
「ごめんね」
「ううん、ぜんぜん」(不思議な顔を、させてごめんね)

あれはやっぱり砂浜だったと思い出す
木の実の歯形が寒そうで
あたたかい服に包まれている自分を
不思議に感じる
あそこに木の実が落ちていたのは
たぶんもっと普通のこと




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赤い魚
 凪葉
道草の途中、空いたスペースに、仕方なく設けられたような小さな溜め池をみつけた。
中を覗き込むと、エメラルドグリーンを何倍も濁らせたような緑の中を、一匹の赤い魚がふわりふわり、と、泳いでいる。
その優雅な切り返しは、そこが薄汚い溜め池であることを忘れさせた。
しばらく眺めた後、陽が落ちはじめてきたので帰路へと戻った。
 
 
翌日、パン屑しか思いつかず、とりあえずそれを持って行ってやった。すると思いの他食べたので、また今度持ってきてやると、一言を一片落として、波紋をたてる。
風の吹く音さえ薄く感じるこの場所に、どうやって辿りついたのか、ふとそんなことを思いながら、遠くの方から射しこむ夕陽を見つめた。
光があたり、赤い魚の鱗は、瞳にうつる夕陽のように、赤く、赤く、光っていた。
 
 
それからしばらくたって、久しぶりに、と、またパン屑を持って夕暮れ時に向かった。
辿りつき、すぐに溜め池を覗き込むと、赤い魚は、相変わらずの赤い鱗を、
必要以上に、こちらへと見せている。
仕方なくいくつかパン屑を放り込む。
するとパン屑は、瞬く間に水を吸い込み、不気味な緑の深みへと、
ぼろぼろとその身体を融かしながら沈んでいく。
眠りつく、ような仕草で、
それをくりかえして、くりかえして、パン屑が最後のひとつになっても、
赤い魚は、その赤い鱗を見せつけたままでいる。
 
帰ろう、と思い、 
だいじょうぶだよと、最後の一言を落として、一片の波紋をたてた。
眠りにつくころには、その赤い鱗は、色を無くしているだろうから、
だから、とりあえずはぼくが預かっておくよ。
夕陽のように赤い、その鱗を、残らずすべて。
 




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バード
 光冨いくや


 一人でいることに、何年も飽きなかった。シートの、海に伝わる神話を読みながら、永く暇をつぶしていた。精霊の女、の横顔の表紙。空腹の中、海に向かう道、カセットで、オペラを聴きながら、わたしは車を走らせた。食事をとる場所を探す。風が、目に当たる。細める。道の脇、女の顔が転がる。ブレーキを踏む。ハンドルを横に切る。
 女の顔は白い。軋むかのような声で、鳴いている。翼を抱えて、鳥の体の女はわたしの目を見て、鳴く。光る目が、心に残る。ドアを開け、風が流れ込み、鳴く。それに近寄る。歯が白いが、鋭く、わたしのほうに転がる。わたしは屈み、抱きかかえる。
 シートで、女の顔を押さえる。鳥の体は羽毛が柔らかい。片方の翼を痛め曲げている。
「ハーピーか」と、わたしの声に女は鳴く。
 それは、ひとの食事を邪魔するだけの存在だが、わたしは後ろのシートから、乾いたパンを出し、カップの牛乳に浸し、与える。女は笑うような目で、わたしを見上げる。わたしの股の上で、喉を動かす。次第に、激しく、水分をふくんだパンを、くらう。髪は赤茶で、ウェーブがかかる、その線にわたしは触れる。女の体は重い。

 わたしは、女と車を走らせる。風が、女を喜ばせる。笑い声がする。ただ走っているだけなのに、うれしいらしい。海が眼下に広がる。崖。ブレーキを踏む。ハンドルを静かに回す。鍵のアクセサリーの翼を、女は唇でつつく。わたしを見ては、何か言いたげに、ねえねえ、と目で話す。
 どうすれば、この時間を延ばせるか、わたしは、女の頬に指をあて、撫で続ける。
 雨でも降るのか、窓からの風は湿り、辺りは薄暗い。無言の時間が過ぎる。サーチライトをつける。舗装された道が続く。何年かぶりに女と話したくなる、が言葉はない。車内の沈黙に、ラジオをつける。
 DJの声はなく、歌声がある。
 ラジオに、女は聴き入る。女の横顔は、本の表紙の精霊に似ている。首を伸ばし、翼を拡げる。目が青く、海を思わせる。その深み、に触れたくなる。
 女は歌う。白い喉が震えている。その声は、わたしを眠りに誘う。ひとに死をもたらす、セイレーン、であるかもしれない。
 向こうから、ひとをおそう、女の仲間が来る、前に、わたしは、ラジオのボリュームを上げる。アクセルを踏む。女を窓から放り捨てるべきか迷う。片手で女の口をふさぐ。女が指にかみつく前に、わたしの体は眠りに傾く。

(死ぬな、これは)
 ハンドルを切り損ね、道の脇に落下する。

 女はそこにいた。シートに、挟まれ身動きできない、わたしの胸の上でうずくまり、頭をこすりつける。頬と頬がすれあう。女は鳴いた。わたしは夜の曇った空に、女の仲間が来ていないことを知り、はぐれた者同士、そのままの姿勢で、朝まで眠ることにした。携帯電話、を持たないわたしは、誰にも連絡をとれない。遠く、で波の音だけがする。キーを回す、がエンジンは動かない。キーの、折れ曲がった銀の翼が揺れる。本を台にして、コップに水を注ぐ、暗がりの中で。二人だけの沈黙に、女はむせぶ。

 女の目は濡れている。その縁を指で、たどり、こもるような声をかける。寒い暗がりの中で、わたしと女は互いの体温だけを頼る。片方の翼を、わたしは撫で続ける。
 女は笑うように、目をつむる。




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A-JI-SAI
 5or6


駅に紫陽花が落ちていた
拾って公園の土に埋めた
その日はこちら側だった

道に白い猫が死んでいた
眺めてその場から去った
その日はあちら側だった

僕の心の中にいる
神様きどりの心は
僕のまわりを決め付けて
死ぬことの意味や生きることの意味を
前にしたり後ろにしたり
なすりつけたりおしつけたりする

だから僕の進行はいつもきまぐれのまま
紫の太陽の下で平伏し
降りしきる雨に僕の養分は
浄化され流れ出していくのだろう

緋色の傘の下にしゃがみ
時間を巻き戻していくような一匹の蝸牛の間を思考は潜りゆく
その先にある水滴の橋を渡り
たどり着いた墓標のビルに挟まれた信号の色はブルー

霞んだ両目

踏み出した途端
水溜まりに掬われ左足は弧を描き
仰向けのまま地面の上に倒れこみ
十戒のモーゼのように水しぶきは二つに別れる
そして僕は大の字になって
びしょ濡れのまま笑いながら朝を語るのだ

その時
体を覆う精一杯のウォータークラウン達が
僕の鼻先からダイブするから
辺りに咲き誇る紫陽花は
ピンクに染まるのだろう

まばらに
淫らに
黄色の点滅を始める信号

暁はいつも雨

六月




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風にほどかれてゆく
 如月

束ねられた記憶が
ゆっくりと
開かれていく、朝

垂直に落下してくる空を
横たわるクレーンが支える
音の鳴らない道

いつまでも完成しない、
高架の足下に
密やかに置かれた、
暖かい場所のとなりで

きっと、ここが
ひだまりなんだね
と、微笑む少女

夢を見ない呼吸が人知れず
あじさいの葉を濡らしている

流れていくものを
ひとつ
ひとつ、結ぶ指遊び

どこまでも清みきった声が響く
与えられたもの全てを
燃やしながら
風にほどかれてゆく





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うわつき
 海斗

0./ごがつのひと
いっしょの数を
いつもの数に
もどかしくおきかえて
そこで悩んだ

楕円の水面が眠っている
しろいはなにうずもれてる
淵に落とすよ
きらきらのオルゴール

つられて歌う
水に眠る金属音


むねからのどからてのひらから
たちのぼる気泡の針路を仰ぎ
淡いブルーの胸騒ぎ
眩しい日の色は、しくしくと、瞼を刺すよ
のどのあたりが砕けるよ

ひかりに片腕をあげる
てのひらに落ちる温度
おいこされてゆく
つれてゆかれる

きみに描いていたんだ
綺麗に鋏を入れてくれるきみに
帰らぬ潮の鳴き声と
幾百の夕暮れを
持ちきれずにいたの


1./雪の舟
さそわれたけれど
双眸の承諾を得るまえに
かがみをのぞくようにきみにキスをしたら
きみは難破したかのようにしずかな眼のいろであるいてゆこうとする

夕日の赤が廊下に渡りきりました

粗末なわたしが
口移せるものときたら
生命力か火花か寂しさか
いっときの裏切りか
磨いたビスの脆いさま
さきわいには遠い安らぎ
終ったら笑おうと、決めていたのに


2./託卵
それは哀しみと悦びをいちどにみたされたよう
まるで白水晶の群れによびこまれた虹いろのよう、はじけちる清楚な雫のよう

それなのに
死に際の蝶をほおばることは
青い無理を含みます

月がひろがる
暈が咎めます
呑みこんでもきえてゆく
はみだした羽がもがいてみせて
いるので
びいどろの月は次第に次第に凍てつき
薄く、ぱりんと破裂して


3./仮眠
ひかりのなかに片腕をあげる
連続してゆく
夢はゆめのまに
かたちをかえてゆきますように
きみの傷があしたにはあどけなくなりますように
わたしはいきることをあきらめませんように
二人で棘をかさねていのりあう
誓います、真っ暗のなか目を瞑り


かたむいて
うつむいて
口元に愉しさをこぼした
神々、それはあの日の少年の眼差し
どこかへ行こう

ドアをおしあけるんだ
白い手を繋いだ
そして腕をはなすんだ
きみは、真っ白を踏む最初の者

痛みにささやかれ、わらいながら

うるわしい薔薇
怜悧な、棘の瞳
すべてをわたしに嫁がせようとこころみはじめる、弱気は、やはりやめさせてやらないと、と


4./ウィンドウ
背中をからからとさせ歩くわたしはついバランス感覚をなくしたばかり
信号のライトが正しく切り変わるように(どうぞそのままつづけて)いつかは離れるつもりなのです


名前の無いゆうがたにしては
仕様もない雨水が、ガラスをうち、ふりそそぎだしたではありませんか
さらさらと耀くぬばたまの街がみえています
水掻きのない一人のわたしくらいは溺れさすつもりなのでしょうか
騒がしさ、爽やかさ
雨、雨

眉根の皺はいま、やわらかく
靴のコーティングがくたびれぬようそっとおぼえておきました

ふいに一本でただよう櫂を見る心地です
耳の後ろの髪がさかだつまえに
もうすぐ帰りますと
誰かに電話したい気持ちをおさえていました

いっしょの数を
いつもの数に
悩ましく、すりかえて
そこで黙ってしまう

プロットを違えて漸く辿り着いた
けれども
友達は、きみをしあわせにしていますか

なにもない日にわたしは溺れている

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