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ライクライクラヴェルサンバwith犬
 鈴木


梅干めく祖母のたなそこに御影犬が四千歳
私は自分の頭を内側から食い破りつつある
きゃつ
きゃつ
噛み音に苛まれるのは忍ぶとしても
犬が耳から侵入しては心配
と祖母の詰めてくれた梅の汁が染み
ドリッピングしますよ
など叫ぶものの自己にすら届かないので小の便をさらさらと執行していく
とにかく娯楽がない!
夏休みを控えピアニカを持った少女たちを眺めたくも窓は朱色に閉じて『それから』の代助になった心地
年端も行かぬ方々をマイナデスよろしく踊り狂わさんと連れ去ればそれは代助だろうけれども単に彼女らの柔肌に伝った汗の跡から辛子明太子の栽培をもくろむ私にこの仕打ちとは?
アン
畳の目に躓く癖いっちょまえにほえやがって君の歴史をスライスしてやろうか私の二十年で
例えばポエニ戦争を
ポと
エニセと
ンソーに分割し
ポ氏は1976年群馬県生まれ戸山女子大学文学部卒業2005年『シベリアン・スクール』で塵川賞‘07年『放蕩家族』で山崎潤一郎賞
エニセは挽肉・トマト・半熟卵・海老を使った火星風ピザの総称
ンソー氏はなんかいやらしい目つきの思想家
アン
あああ愛らしい黒豆柴に似た顔の輪郭に沿って白眉の降る先の下顎一点つややかな赤毛束へくるまり蚤が寝入っている!
きゃつ
きゃつ
たゆまぬ努力で強くなる頭骨掘削痛におののく心境を知らぬ血吸い虫
余裕こいて「すやすや」
にビブラートかまさせちゃおれんのでドリッピンしたるため飛び掛るとサッかわす犬ほんにすばやい
梅干さんはトマト様と化し怒鳴り散らしわたしには野菜語がわからず

一様に赤いわけではなく口もとや目じりつまり年の功を表象する箇所は青く膨張して丸い
そんなシャガール的かんばせを観察しつつあくまでも理性的であることを私は求める
落ち着いて落ち着いて
アッ
小学生の太ももも捨てたものではありませんなあ
トマトのへたが吹っ飛んで
きゃつ
きゃつ
きゃつ
きゃつ
私から私へのパヴェーゼを壁面にぶっつけて楽しむー



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八月の、リフレイン
 望月ゆき


透きとおる真昼に
日常が、消えていく
八月に買った青いびいどろは
もう割れた



観覧車に乗りたいと言ったのは
あのひとのほうだった
てっぺんに着いても
世界はちっとも見えなくて
あのひとは教えてくれなかったけれど
そんなことは
ずいぶん前から知っていた
わたしからあふれ出たことばと
うすいガラスの鳴き声
だけが そこいらじゅうに
つめたく散らばっていて
わたしたちは
できるだけ、ゆるく
手をつないだ
てのひらの温度がいつもしっくりきた



わたしのか
あのひとのか
わからない体温をつないだまま
となりで笑って
あんなにも許しあった
のに
今では もう
ときどき夢であうだけの
たよりない存在となってしまった



びいどろの音をわすれていくように
すこしずつ
わたしをひき算していくと
伝えるべきことばだけが
ちゃんと、のこる
それをテーブルの上に書きとめて
いつかまた、って約束した
あの
うまれおちた八月に、かえっていく







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花火
 如月
 

降りしきる星屑、
のような
低音の速度で、広がる
静けさに私たち
ゆっくりと、
手を振って

遠くで呼んでいる名前を
追いかける
いくつもの夏、に
焦がされて、また

離れられない。空
の輪郭を、胸にしまう



 


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いのちの感性
 前田ふむふむ





満月と星たちが次々と、深い海底に落下して、

水鏡には黒褐色だけが見える。

孤独になった空は雲を身篭って、

粉雪を定まらない海底に落としてゆく。

きのう、海辺の空を眺めて笑っていた僕は、

今日、海底の上を、不安な顔で当ても無くさ迷う。

海底にぶつけた今日の叫び声が、

わずかなブレをおこして振動している。

子供たちは歓声を上げる。

海底の岩を押しつぶす重力のような、過去を知らない子供たち、

過去を忘れた子供たち、忘却の恐怖を知らない子供たちは、

過去をもたないからこそ、

満月の頂を溶かす炎になって、

十分な過去とともに、豊穣な海の幸を啄ばむだろう。

僕は、目覚めた青い恒星の上で、風の粒子になって、

夥しい曖昧な過去のなかに、溶けていけるだろうか。

適わぬならば、僕は、濁った海底の塩をすすった、

都会の喧騒に佇む、ひからびた体を抱えて、

鮮やかな今を、霞みかけた棲家の中に導いていけるだろうか。

朝、窓を開けたとき、世界が剥製になって浮かんでいる。

すべての繊毛たちは戦慄する。

ああ、天使がくれた葡萄酒が、精霊に飲み干されて仕舞っている。

僕は、分かっていた、記憶していた、運命の爛れた灌木の中で、

始めから死んでいたという事実、

そこからすべてがはじまるという事実を。

空よ。太鼓を鳴らして下さい。

灯台のひかりで、惨めなぼろ船が酔っ払い、千鳥足で戻ってくる。

船の体液には僕のいのちが宿っている。

空よ。嵐が来る前に、知らせて下さい。

僕が汽笛を精一杯鳴らせば、大地は翼を携えて、

船を地上に持ち上げる。船は全身に帆を張って、

空から降ってくる、

絶え間なく忘却をもたらす血液を、受け取るだろう。

その時まで、暫く、愛のことばをいくつか覚えておこう。

すべてがはじまる、そしてすべてが通り過ぎる

その時のために。







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空と魚
 木立 悟









音の陰の音たち
ゆうるりと振り向く
何もない場所に
署名はかがやく



落ちそうな首を片手で支え
どうにか眠り
どうにか覚める
音を見るたび さらに傾く

丸い紙やすりが
触れるものもなく鳴っている
曇の魚がひとり 空を覆い
考えないように考えないように泳ぎつづける

水を吐きながら
空の終わりを記しながら
何も考えていないはずなのに
憎しみばかり 悲しみばかり在り響く

おまえはそこを出ることはない
おまえはただそこにいていい
おまえはそこで焼かれてゆく
おまえはおまえのまま炭になる



また消してしまった
また点けてしまった
どこまでも平穏な
枠の内に憩う人々

焼いていい
抱いていい
いつまでも胸に残るのは
粉の大きさのものだけだから

遅れてゆく
山とばすつばさ
海まげるつばさ
遅れてゆく



馴れてはいけない場所に馴れて
(光の渦は光でも渦でもなくまわり)
ひとりはひとりに噛み与える
(去られるばかりなのに笑んで)

笛を聴いている
音の奥にも
かたちの奥にも何もないのに
笛は響きつづけている

もう宝石はないと歌っている
(咽の痛みは消えたり現われたりする)
多くの観客が席を立った
(蒼い光のなか歌だけが夜のままでいる)



陽に褪せて道は消えかけ
わずかな光の線となり
別の光にたなびいて
たなびいてたなびいて消えてゆく

くりかえし濡れ
くりかえし乾き
影はやがて肌になり
街を閉ざす街を滑る



喩えたちが入れない野に
そのままの名はそのままに在り
海へゆくもの 空めぐるもの
草に埋もれた標を照らす




















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 吉田群青

電車の中に雨が降っている
どこからか漏れているというのではないらしい
天井全体から
灰色の雨粒が間断なく降ってくるのである
みんな透明のビニール傘を差して
何事もなかったかのように読書をしたり
ぼんやりと風景を見つめたりしている
傘を持っていないわたしは
びしょ濡れで手摺をつかんでいる
外は抜けるような青空で
空っぽの本棚みたいなかたちのビルと
そこから飛び立つ練習をしている人が見える


喫茶店の片隅の席で
女の子が手首を切っていた
どうしてそんなことをするのか聞いたら
生きるためにやっていると
生きていることを実感するためにやっていると
うつむいたままでそう答えた
女の子の手首は陶器のようになめらかで
切り裂かれた傷口から
夕焼け空が覗いている


帰宅途中の夜半
繁華街を通りかかった時
青白い 疲れたような顔の人たちが
黒々とした頭をゆらゆらさせて
行列を成しているのに行きあたった
よく見てみると並んでいる人々は
夜空色をした切符のような紙を持っている

行列の最後尾の人に
ねえこれはなんですか
と尋ねてみると
朝へ向かう行列だよ
と言われた

その切符はどこで買うのですか
君 持っていないの
これは買うものではなくて
いつの間にかポケットに入っているものなのだよ

ポケットを探ってみたが
くしゃくしゃに丸まったレシートしか出てこない
ふうん とさみしくなる
周囲には空疎なネオンがまたたくばかり
町にはだあれもいないみたいだ

空は何時の間にか
白々と明けかけて
朝へ向かう行列は
諦めたようにぞよぞよと動き始める


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待合せ
 腰越広茂

恋人よ
その安らかな寝息をまもれるのか
わたしは
同じ所に止(とど)まっていられない

飽和した
硬質な怠惰の
夏の深奥に
ワイシャツが青く干されていて
ノイズの走るレコードが
点々と飛んでいるので
言訳は通じない

10万光年の浮島の
夢は青く響く
惑星を道連れにまわる
その安らかな
寝息でつつんでおくれ

恋人よ
その青い星で待っていよう


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休暇
 島野律子

月から吹く風を網戸越しに見上げている塵ばかりの机から離れていかない影が、重なり合って千切れてはちりちりと揺れる道の上の靄のにおいを追って、いつかの窓の中に入ろうとしていた。隙間なく首を振る枝の流れに乗り上げた夏の雲の重さで、揃えられたようにしか見ることのできない草もうねり続ける。木に隠れた雨までの通り道を支えて飛ぶ、前の午後の切れ切れの夢を冷たく映す空から、通じた水の残す最後の音ばかりにおおわれる。落ちかけている段差の熱気をはめ込めそうなえぐれが狙う気配まで、よじれた傷跡から浸みる湿気に手を引かれ、叩きつけては伸びてゆく温度の隙間をつかむようにすべりながら、膝に盛り上がる皮膚のうえで固まる昼をつれていきたい。





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