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 稲村つぐ


数匹の私から、より良いと思える者を選びなさい
前夜、干し肉を片付ける父親の目を
被さるようにして横切った

年月を生きのびた植物たちの
時の声が聞こえる
別の新しい、命のため

腫れ物に触るような
おはよう、を今
静かに
涙の塩気、乳の匂い、母親の手
歌声が振動させる頬
手拍子する人の、指先についたスープ

集団を抜けると
太陽が放つ帯の中
車窓の隙間へと繋がる空間を行くことができた
温みきったコーラ
運転手の、恐竜のような腕
点火
そこで私は吸血している

あともう一昼夜の暑さを明かせば、それは
試練と言えたかもしれず
さもなければまた
より良い朝を
ただうるさく飛び交っている




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雨(盛夏テイク)
 桃弾
 

雨の降りよう夏のゆうべには
ようよう息をしております
ゆきかう人みなゆらゆらと のっぺらぼう
遠く鳴るカミナリに
一斉に振り返る

濡れた電飾の花吹雪を抜けると
ビルの谷間の理髪店から
色の剥げかけた煙草屋の看板まで
みながみな しょんぼりと佇みながら
晩年という踏切に老いた掌を預けて
池の波紋をじいと見やる

髪の白いお嬢さんが
束の間の数えきれない雨音に耳を澄ませております
一羽浮いては一羽潜り
やがては
独りでは傘も開けんようになってしまわれて

池の畔で
ゆれてないてるのは笹の青
冷たい水の潔さ
欲しがってばかりいた
あたしの指の恥ずかしさに俯いて

いつまでもずっとずっと一緒
ひよこ色の長靴のままで
シャボンをそっと吹いてね
もう帰れないと知ってるからこそ
ふるさとの月は大きく見えるのかしら

拭いてばかりおります
最後まで貰われなかった仔犬の時のように
なんだかすこしちくちくする
です
拝んで暮れる雨に濡れた縁側に
初めての襟を開くように
静かに鳥が舞い降りて
雨がやみましたな
綺麗な声ですね
若葉から洩れる ほとけのひかり
いとまを告げて水鳥は眠りました
真白い毬のように



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小夜
 凪葉
 
 
ほどけない気持ちが
見えないところで絡まって
ゆるゆると溶けていく途中の
深い眠りを求める夜には
出来るかぎりのやさしい仕草で
こぼれないように
そっと、星を手にとる
 
 
願いごとは
聞き飽きましたかと
吐く息のように呟いて
きらりきらりと
遥か遠く
届かない距離を
感じさせない瞬きは
誰のものでもないけれど、
たぶんこれからも
願いごとは
積もり続けてしまうから
せめてわたしだけでも
この夜に
さようならを届けます
 
 
意味もなく、
辞書を開いてみれば
今日の夜は、星月夜
月のない
星たちだけの長い夜
しゅるしゅると
風が肌をすりぬけて
眠らない?
眠れない、
ほどけない気持ちと
星の瞬き、
そのふたつが
音のない音を響かせて
静かすぎる夜の空に
混ざり合って
混ざり合って重なって
 
 
深い眠りは
もう、すぐそこですか、
手の届きそうなほど近くに
見えそうで、
見えない
身体だけがほどけていくような
感覚だけを置き去りにして
更けていく夜の暗闇に
包み込まれて
またひとつ
瞬いている星を
手にとって、
 




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hirosima
 5or6


呼吸困難で躓いた私と
駆け上がった太陽が
光合成と共に
坂道を降りていく

遠回しの光が
左の肩に伸びて
眩しくて
揺れ動く
私の髪

川を包む手足の枝
したたらせた純白の皮
コンクリートに映し出された
焼き尽くす光
爛れた皮膚や声
同じく
前部、さらに多く
醜く
八月の空が泣いた
この場所から

この場所から
逃げ出すように
歩くしかなかったのです

それは歩いています
それは歩いていきます
安らかとは程遠い死へと向かいながら
通り越されてゆくのです

毎日落ちる理由が探されています
垂れ下がる爪の周りに廃棄される
力は
約二千フィート上空で
熟考しない鼓膜を破裂させて
その残忍さを隠しながら
私自身を壁の上に埋葬していく
たとえそれが
ここで影絵となろうとも
私が持つ形は
愚かな私を
待っていてはくれないのでしょう

多分
解らないまま溶けて
理解しないで
同様に意図にない惰性が叫ぶ

それは
子供の声でも
大人の声でもなく
ただ光から避けるために
離れるために

明日まで
のろまな私を
愚かな私を
待っていてはくれないのでしょう

多分
あなたは無慈悲にそれが
強いことではない
弱いことではない事を知っているから

それが生きること



希望すること
それを望むだけ
同じぐらいの嫌悪の念を抱いて
語り継がれる
忘れられない
強固な願い

ここにあるのだから





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水の庭
 及川三貴


風の強い朝に吹き散らされた雲の放恣な広がり
僕たちの寝乱れたシーツのようだねという君を
横目に見ながら私は昨日身体の中で一度だけ
咲いた水の踊りを思い出そうと必死だった
テーブルの上に置かれた花はこの世界の十方にも
いつか咲くと囁かれて私は秘密を打ち明けられたかのように
身を震わせて 君の耳を優しく噛みたいと
私たちが作ったたくさんの形 どれも還らずに
吹き付ける息の中に寂しく廻る羽根
袖が擦れる乾いた海砂を掬い取って零す
一粒にいずれの君も居ないというあきらめが
曇天の昼過ぎから再び雨を呼んで
同じ音を聞く 雨は砂が落ちる音
私の嘘を暴く 君が朽ちる音
髪が凪いでひとときの静けさ
風の強いおしまいに 発した言葉
水面に落ちて 身体の中で一度だけ
咲いた 





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未の空
 菱山

結婚しているのか
どうもわからない
顔馴染みの、をんな
あるときは、口論が外まできこえていた
ちいさな体つきは、さまざまな苛立ちが分裂して
いっぱいになっていく、ふうに見えて
わたしの背中は騒ぐ

大丈夫なんだろうか
まさかとっくに破裂しては、いないだろうな
町内を遠く囲む堤防をしんしんと移動してゆくすがた
めずらしく窓をあけて見ていたよ

をんな、ひざをみつめるように歩いている
ゆっくりと散歩に出たりして、おるのかなぁと思ってみる

はっと閃く
違ったんだ
歩きながら、空想しているんだ
それはこんなふうに

をんなの頭のなかでは未があふれている
既におなかをすかせきっていたらしい
籠められ、犇めいていた未たちは、空にわっと駆け出して、きんいろをむしゃむしゃ、たべている
生っ白いほほ、ごくしあわせそうだ

をんなの表情はうつろで、つねに鎖骨が傾いだぐあいのまんま、ぼんやり歩き通す
そのうちに
をんなは、ふーっと深い息を吐いたのか
未たちのしょくじがおわった

あたりは残光が交差して、ゆらぎだして、日暮れの形をたもっているのがせいいっぱいの様子

健やかな未たちを頭に戻し、ふかぶかとこきゅうするをんな
ないているようにも見えました

無造作に未をはなす動機は、度胸といいなおすべきなのかしら
それはじつに、夕焼け雲に誓いを立てるようなもの、と
ちらりとそう感じてしまったために
むねが痛む

わたしは窓を閉め切り
薄暗さにかくれた
をんなは、未をかがやかせるから
もう大丈夫

とうめいの炎
嘆き
突き放されている
ぴりぴり、と
すきとおっている
けれどもやがて
諦念のうたの聴こゆるまま
逝くのだろう
こころが今はキチキチ、となく
落ちても翔びなおす羽虫のようだ




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トロイの月
 ピクルス
 

 
山行きバスに乗って
おんぼろ森で降りました
看板には赤い字で
おなかがすきません
と書かれてた
夜は夜は
とっぷりと暮れて
冷たい星座が
もう帰れないよ
と囁いた

滲む事と濁る事は
どう違うのかしら
どこがどれだけどんなふうに
よしてよしてよ
どうして花に罪を問えましょか

いつか贈られたイヤリング
触っただけで濡れて仕舞う
あなたの声が
もっともっとよく聞こえるように
いつまでも耳を触る
その仕草が
とても子供みたいで
かなしくなって

つれていくなつれていくな
春色バスケットには
おやすみを云って
ボクハステラレタノ?
いつか拾ったブリキの玩具を
ソッと撫でる

見慣れた机のこと
洗面器にいっぱいの水のこと
遠くで鳴る踏切の音
最終最後の貨物列車が運ぶ
薔薇色の金米糖を
噛めずに舐めている
まだうまく喋れないから
しゃがんでる私の影
ゆらりゆうらり揺れて

前髪が眼に入って
月は真珠色になった
眼を瞑ったら
欲しいものがなくなった
 
 
 
 
 
 

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砂漠の人魚
 ルイーノ
 
(あるいはsummer gone)

だって雨の決壊を待つばかり、吐息くさく蒸す夜風の坂、自転車で抜けてきたあたし、部屋に帰ってきたとたん、噴き出す汗に全身を舐められる想像。

こんな事は何度もあったし、汗を掻くたび恨みもしない。ただ反応の身体浅ましく、あたし忌々しく、重たい洋服剥ぎ取った。

奇妙に空白な室内。

開け放しの窓から入り込む、老いた夏影。この嗅覚は知ってる。あたしは知ってる。遠宵の砂漠に乾いた人魚や、重い宝石の空刺す十字架。静かに奏で始めた弦が、二度無い夢を惜しむ様。そう、あたしはこの窓から多くを見渡す。視界を塞いだ死の堆積を、見えない汗が血のよう流れ、ゆっくり命は奪われる。満月欲しがる、一瞬の絶頂に果てる、時間の流れ無為だけを、あたしは何度も凝視する。あたしがそこへ足を浸すなら、音塊の岸は泳ぎ出す!吠える、昂ぶる獣の夏に、あたしの声は犯し続けた。


熱狂を洗う雨が来るなら
これは
魚の腹の宵
 




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