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 ホロウ




朝は来なかった


操作された、昨日のトレース
デスクトップのアイコンみたいに

ただ
並んだ
とき


おれは、よく喋る亡者だ
記憶のぬけがらを
抱えて

こわれものみたいに生きる

通いなれた道を
歩かなくなる
ことばかり
考えて


腕を裂いても
なにも
出てこない気がする
ただ ただ 真っ白な

白が

漏れてはいけない
水のように
音もなく
少しずつ


食卓のコーヒーカップ、現実だった
その横の砂糖、それも現実だった
クリームのポーション、ソーサーのヒビ、そのほかの、あれやこれや

俺の指紋は
そこにはないような気がする
触れた途端に 消える
魔法の命

いつか聞こえる、呪文が怖いから
いつでも耳が
片方開き辛い


助けを請うには、時間が経ち過ぎた
どうしてだろう
間違えたような痕跡、あの日の、あの時の

感情のあれやこれや


朝は来なかった
おれは
自己意識の過ぎる

かげろうのように


昨日も明日も 持たず
ゆらゆらと
立ち尽くす


夢だ
夢だ
朝方の
必ず
途中で終わる
意味の無い
夢の中だ





朝は来なかった


ただ
ただ









真っ白な







白が






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クロロホルムひと瓶ください
 吉田群青

クロロホルムひと瓶下さい

最近寝てないんです
空が美しすぎて
風がちらちら光るので
眼を閉じても
どきどきしてしまって

気絶したように
眠ってみたいんですよ


ないですか?
ないの?

ああ許可が要るんですか

誰の?
偉い人の?

偉い人ってどの辺にいるんでしょうねえ
わたしの署名じゃ駄目ですか
書道十段なんですけどねえ

駄目ですか?
ああそうですか

じゃあ
タイガーバームあります?
最近誰かが鼻を塞ぐから
生きづらくて仕方ないんです
苦しくてくるしくて

鼻の下に塗るんですよねえ
これおいくらかしら?
あのわたし今
二百円しかないものだから

あら
お笑いになりますのね

持っているのが
二百円でも百万円でも
歩いてゆくのは一緒だもの
道路を歩くのはただですからねえ

それにお金って
ちゃらちゃらうるさいでしょう
誰かに追われてるみたいだから
いやなんですよ


わたし?
わたしのとし?

二十五歳ですよ

あら
そんな年寄りに見えます?

二十五歳ですよ
だって生まれが千九百二十八年だもの


それなら八十ですって

いやだわ
文明開化が
ついこないだあったばかりじゃないですか

フランスでは革命が起こりましたってね
わたしも参加したかったですよ
気持ち良かったでしょうねえ

シホンシュギっていうんですか?
今の社会
なんだか馴染まなくてねえ
ぶち壊してみたいわあ

あら
薬屋さん?
どこ行ったのかしら
いなくなってしまった

あら
そういえばさっきから
誰もいないような気がする

一人で喋ってたのかしら
おかしいわねえ

フランス革命に参加してみたかったわあ

わたしは二十五歳ですよ

ああ
クロロホルム吸ってみたいわ

気持ち良く眠れるんでしょうねえ



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器と器
 木立 悟



右まわりに触れられ
そこにいると知る
笛の音の房
こぼれる鈴の輪


細い光がたなびき
夜を分けるのではなく
既に分かれて在る夜を
ふいに消えた家々を描く


微動する熱
器のなかの
器のかけら
忘れられるのに十分な距離


鉄は火照り
鉄は冷める
鏡の裏に鳴る鏡
映るものの目をふちどる錆


渡しそこねて根づいた光
窓辺を手招く夜になる
仮面の門へ至る道のり
曲がり角に消えてゆく背


氷の花がつづいている
鏡の前の灯火を消す
器のかけらに水をそそぐ
あふれてもあふれても止まない傾き


周りだけが速くなり
熱の行方に咽を鳴らす
器の辺に映るつらなり
鉱物表にひらかれる冬


こぼれてはこぼれては根づく光
つぶやきつづける森になり
どこにも行けない羽に埋もれ
他の森より早く夜になる


花も茎も根もない草に
鳥が一羽眠っている
金に回る飛沫の風車
水音が作るけもの道


声と緑
岩と雷
欠けたしずくが戻りゆくさま
牙と牙の暗がりを揺らす


癒すもののない裂けめに冬は集まり
新しい冬を受け入れる
静かに静かにむらさきは降る
治らぬものにむらさきは降る


水が水をかきまぜる
器の底の器のかけら
ゆうるりと動き鳴り響き
夜のうつろを引き寄せる


森 鳥 鏡 かけら 手のひら
かけらかけらかけら 手のひら
水の目でもあり火でもあるもの
月と手のひらを貫いている


眠る姿 沈む姿に
悪戯な片目の笑みが重なり
横顔が うしろ姿がさらに重なり
灰色の器のなかでさざめいている


笛が巡り
鈴が巡る
たどりつかないものがたどりつき
器と器のはざまを巡る



















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冬 燃える
 丘 光平


こぼれる、
果実の傷から
後戻り出来ない


しずかな皮膚に
吊された鍵
開いたのだ


間もなく
あの小鳥は
飛ばないことを見つける


 沈む陽の爪先から
月の瞼へ

燃える



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海の風景
 前田ふむふむ



律動している自然の怒りを蔽う、薄皮で出来ている海の形象を、
剥いで、赤裸々な実像を曝け出せば、煮えたぎる本質が、
渇きの水を欲して、知恵の回廊で語りかけるが、
気づくものはいない。
風でさえ、空でさえ、ひかりでさえ。
誰も海の全貌を捕らえぬ儘、
海の始めの半分は血まみれの海の意識を、
世界の意識の外で隠している。
おぞましい生身の顔を見たものはいない。
海のあとの半分は痛みを持つ季節で成り立つ。
自然の美しき生と死との葛藤を、展開して、一度、海の眼の黒点に、
集約されてから、いっせいに解き放たれた、現在という海の景色。
その細胞を塩の臭いの濃い窓辺で老婆が、眺めている。
沖から一隻の船が戻ってくる。
老婆の人生の苦悩で痛んだ血管の中へ。

島に向かって歩く海鳥の夕暮れは、
欠落した空の形状を立ち上げて、浮かぶ船のほさきに、
繰り返しながら、港をつくる波は 
凪いだ水平線を飲み込んでゆく。
昇天する午後は 冷たい唇を海風に浸して、
錆付いた窓の中を抱擁する。
放浪する時間が海の濃厚な音律の中で、泳ぎだして、
黄色いひかりの、結晶体を産み出す。
そのひかりを浴びた老婆の住む海の家のドアノブに、
少年の手はいつまでも固定されている。
甲高い声をあげて、引き綱を船に乗せる、
少年の背中を夕陽が照らして、細かく金色を撒き散らす。
遥か海の形相の上を、波に揉まれている色濃い魚影が、
生臭い風に乗って、少年の腕の周りを勢い良く叩く。
期待に満ちた漁師たちの熱気が、
船のいろどりを艶やかにする空隙を、
勇ましい汽笛が埋める。次々と港を離れる船。また船。
荒れ狂う戦場に向かう儀式か。
妻や家族たちが手を振り見送る。微笑ましい笑顔と不安。
見送る者のこころに闇が蠢く。

海に灯りが点滅すると、月が煌々とする海辺では、
色彩を攪拌して黒くする瞑想の風景が、渇き出す抽象を燃やして、
潮の香りを充たしている、ひかりが切断して裂けたベッドは、
老婆の棲家を取り返す。
波の静けさが醒めた音を鳴らして、町並みを蔽い、
細微な事柄を夜の卵の殻の中に仕舞い込み、地上から封印してゆく。
夜は闇の手助けを受けて、海を波の上から、少しずつ固めてゆく。
音だけが空に融けている。




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room
 5or6

あなたに僕の書いたものを見せると
さっぱりわからないわ、と首をかしげるから
だからあなたのことが好きになったんだよ、と笑うと
じゃあ何故いつも机にずっといるの!と怒って
僕の書いた原稿用紙をビリビリと破って
居間にドカドカとせんべいの袋持って座って
バリバリと拗ねてテレビばっか見て
呼んでも振り向いてくれないから
ため息ついて続きを書いていたら
どうして追いかけてくれないの!と
また僕の部屋にやってきて書いた原稿用紙をビリビリと破って
居間にドカドカとポテチの袋持って座って
バリバリと拗ねてテレビばっか見て
呼んでも振り向いてくれないから
深くため息ついて続きを書いていたら
なぐさめにきてもいいじゃない!と
また僕の部屋にやってきて書いた原稿用紙をビリビリと破ろうとして
ふと
僕の書いた字を読んでくれた

ごめんね

しばらくその紙を眺めて
僕の顔をやっと見てくれて
微笑んで

ならちゃんと声出して謝りなさいよバカ!

とドカドカまた居間に戻って行った

けど

あの紙は破らないでちゃんとポケットにしまってくれたみたいだ

というのも

僕が洗濯した彼女のズボンから
クシャクシャになって出てきたから

帰ってきたら
今日は居間にいよう

何も話さないことが多くても

それはそれで幸せ




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ステフ
 鈴木


狐面のステフ飽きたら去る
頬に入る赤い線のうわべ美しく肌光り
つまりそれは僕に入るのだが
僕は枝分かれした通過点アスファルトのいち疣に過ぎない

四方形の回転は終わりました
沙羅双樹に包まれて
ステフ耳を貸して一人きりのステフ
犬が糞をひるタンポポの笑みを獲得するにかかる日数は

海辺に建つ小屋の少年に片思い
月が光のごとく全方位に照射され
丸太を貫き少年を運ぶ塩のにおい
通行証明書は砂の
米粒ほどに有用ではない嵐
吹き荒れる魂の穂積 遊びの塊 黄色い地平線の奥に透ける女
地域性 マナドリ かどわかされて 過度に交わす 
旋回する四方形 白に飲み込まれる
狐面のステフ飽きたら去る
頬に入る赤い線のうわべ美しく肌光らない世
耳を貸して


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或る傍観者の記録
 吉田群青


早朝
たくさんの赤ん坊が
一定の間隔をおいて
路傍に置かれているのを見た
色とりどりの布でくるまれて
まるで
プラスティックのおもちゃのようだ
町はとても静かである
赤ん坊は一人も泣いていない
小さい猿のように
黒眼がちの瞳で
しいんとちぢこまっている

それを端から拾ってゆく男がいた
ぴかぴかの尖った靴を履いて
顔は黒く塗り込められたよう
広げた腕は鳥のよう

わたしは
あれがどこの誰か
なんとなく知っているような気がする
生まれる前
やはりあの男にあんな風に抱かれて
泣いていたような気がする

どこかで季節外れの風鈴が
ちいちいと鳴った
別の場所へ誘うような音であった


眼鏡を掛けた少年が
数種類の死んだ虫を分解して
羽を付け替えたり
脚を付け替えたり
熱中した眼で指を動かして
まったく新しい昆虫を
作り出そうとしていた

失敗すると
カッターナイフで
ざくざくに切り裂いて捨ててしまう

かわいそうだ
と ふと思った

少年と死んだ昆虫と
どちらに対してかは解らない
或いは
両方に対してなのかも知れない


りんぷんのようなものを撒き散らしながら
少女が一人で歩いてゆく
まだ人形のように小さくて
びい玉のような
何も映らない眼をしている
レースのスカートから覗く
からかうみたいな形のいい脚
噛みしめたら淡い塩の味がするような

あんなに小さくても
もう女なのだなあ
少女の髪からは
市販の安いシャンプーのにおいと
あと何か
世界のきらきら光るものを
混じり合わせたような
やさしい気配が立ち上っている

くるくる回りながら進んでいた彼女は
暗い煉瓦の路地に消えた
あんまりすうっと消えたから
もう帰ってこないみたいな気がした
二度と

かたかた
笑うみたいに
風が吹いてる


わたしは徹底的に
傍観者の姿勢をとっているから
皆より少し色がうすく
霧で出来ているかのように
体全体がぼやけている
存在感というものがないらしい
油断すると浮いてしまう

話しかけても
誰も答えてくれぬので
こうして壁に寄り掛かり
見たもの聞いたことを書いている
雨も降っていないのに
どうしてだろう
帳面も鉛筆も濡れている

胴体を縦に切り裂くように
人々がわたしの中を通り過ぎてゆく
街灯が見開いた瞳のように
煌々として

いつか中国の思想家が言っていたように
これはわたしの夢なのか
それとも
わたしが誰かの夢なのか
さっぱりわからないのだが
わからなくていいと思う
わからない方がいいと思う
自分がなにものかわかってしまったら
その時点で何かが
終わってしまうような気がしている



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