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零雨
 腰越広茂

あをすぎる(遠いおもいでの予感
 日輪のうるんでしまう
 空ろなカラスアゲハの羽音に
 さようならを果たすべきころあい。
水影かしぎつづける岸のほとりを
黙礼する雲の視線は
暈の鎖骨をすすみ密やかなアイロンの血判に降る

いけない
みちるしずけさ(です
いつかしら
私とめぐりあわなければならなかった私
いずれにせよ
つみとれない亡霊果実
黙秘する雲の
生あたらしい視神経から零れしたたる。
宙のすくいあげる深いまなざしにふちはなく
死であろうともこの魂をうばうことは出来ぬ
ひっそりと 青葉のゆれる 波紋の 縁の ないように

まだである
ふりかえればあわくにじみ
すべて一瞬にして過ぎ去る
いまだ(。いまがある
いついつまでもあおぐ私をいちわ舞う

つむる(水の軌跡の
 決して帰れないふるさとを出港したいわふねの羽を
 ひるがえす沈黙にうかびあがる。静脈を
ねむる血群青にそまる雲影
有形の門を通り映じる私 ひとりあやとりをする
しみこおる火をわたる素足
いちじょうのひかりによみがえるいのり

ここにある。
ただよう流れの静かないつくしみを忘れず日影を暮らし
死をふくみ生は口をすすぐ

絶えまなく黙識する孤独なロンドの
息継ぎをする幽かなかなしみの音階を
ふるふるとすべり上がり羽音は透けて
密生し律動する))))青雲と なり。
むすび
果てしない終りをえる
さようならと あをい視線の先に花は しん と咲いている、


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傍観者
 有刺鉄線
 
あまりにも静かで
殺されてしまったあとは
使いものにも
ならない思いまでが
棄てられようとする
いまだ空高く
散々に星を落として
うたが
聴こえないと
忘れられた名前
群青色の
いくつかの戦場が
いくつもの生命を焼いた
剥き出しの鉄骨が
眩しいのはなぜか
倒壊した倫理を仰ぐとき
整頓された景観において
私だけが異質であるような
陶酔を感じていた
遥か
深淵の向こう岸から
手をのばしている
ただそれだけのために
ぶら下げた
吊橋を渡っていく
人はそれを
恍惚をもって見送ったとして
私とてかくも等しく人なのだ
完成をみせないこの四肢を
引きずって抗う一対の瞳だ
宛もなく
送られた便箋が窓際で
色褪せるまでの間にある
焦躁をもって
生きいそぐ静脈にかさねた
胎動が
つんのめるように走らせた
あるべき姿
あるべき息吹
あるがままの潜在熱源が
傾くままに記す
私が
戦線へ赴く書記であります
 

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獣の死
 島野律子

火を除ける道があってはみ出た枝先は枯れても花がついていた午後の茂りが遠くまであるのか蛇の石に見える背が隠れていく先の何事もないよう願うようにかがめた腕に真っ直ぐ並ぶ水ぶくれへ鳥にしか用のない実のにおいがついてきていて出られないとつぶやきだした薄めた影に服が半分浸かっているところでここから上り切ったあたりには目をつぶす音がゆれて落ちて丁寧に拾うきまりまではがれた雨粒がとどくうすい足の蹴った手のひらのなでた骨は暑い夜のあいだひたり薄れても消えないで


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ゆめ、ゆき
 稲村つぐ


ゆめ、

野にまぎれて
逃げ出した
咲いていたのはたぶん、
たぶんコスモス

ゆき、

空から、ブルー
オレンジ
対岸に降りて濃いブラック
湖面にはまた、オレンジ
そしてブルー

ゆめ、

木の下に隠れて
濃いブラック
違う、見つめているのは私のほうよ

ゆき、

積もらないね
たぶんね

ゆめ、

「豚足みたいに手づかみで、ロールケーキを食べないで」
通いつめたカフェを
いまは横目に通り過ぎる

ゆき、

きみを掬い上げる
ぎゅっと、つかんだら
とけて無くなった
もう、逃げなくていいよ

ゆめ、

夢の中の灰色を
白く、
白いコスモスばかりが
揺れていた

ゆき、

車線をはみ出したバスに
すれ違うときの、クラクション
叫ぶような

ゆめ、

小鳥たちの羽や爪の音、さえずりが
やわらかく
跳ねたり、吸われたりするころ

ゆき、

暖かい座席で
車線を逸脱していく

ゆめ、

掬い上げられた
その、ほとぼりが
耳の奥に残っているから

ゆき、

雪、
信号が点滅する横断歩道を
途中で引き返す人
豚足みたいなロールケーキを
食べに

ゆめ、

チケットを切り直して

ゆき、

ゆきの朝
真っ白な契約書
ゆきの朝だとは、まだ
まだ知らされぬまま

ゆめ、

ゆめを見ている

ゆき、

あの人の
肩に




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十二時のしずく
 望月ゆき


一日の終わりに
シャワーの蛇口をひねると
十二時のひずみから
しずくが落ちる
窓枠の
カタカタ
と鳴くのもよそに
通り過ぎたのは
秒針で


洗いながしたのは
遠い遠い
約束
落ちたしずくは
皮下深い底へと
滲みて
消える


なにもなかった
かのように
毎日はつづいていく
なにもなかった
わけではない
今日のしずくを
れんけつして


さよなら
またね
さよなら



テールランプみたいに
笑う






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アン ソル ト アル
 黒田みぎ




 あめにうたれたしょうじょのしたい


 雨がころがって目をひらいて拡散する光にわたしは跪いてあげます
 ああ、あ、あとあの間に凭れた女の首を絞める
 あらゆる美しさを玄関に送って出ますか
 わたしは耳を澄ます
雨の音が鏡のなかで激しさを増せば風が吹くのと 同時に
 同時に
 わたしのこころのなかにすむゆめたちはくさのもえるはやさをしっている
 わたしはかこというものをはなさないようにゆびにひもつけている
 わたしはわたしになれない あのおんなは
 めぐまれないものをおりこんでいる あきがきたかつてはだれもが
 なにもかもうしなった
 ね 藤井の柚子さんの年齢が十七になっていました 信じられますか
 もうすぐで十八
 存在を赦されることのない彼女はそこで息を吐いていた 白い雨
 わたしだってわからないよ 生きているかなんて 夜が明けると
 まばたきをしながら沼におゆき そしてそこで
 消えてしまわないか
 わたしのこころのなかにすむわたしたち
 おそらくかのじょはわたしではなかった
 春に生まれて夏には死んでいた彼女の名前を柚子といいます
 月の光を静かに起こす


 そのしたいはもうだれかすらわからない


 かのじょの老いを見通して失せる道路に靄に隠れてしまえばわたしはくすみはじめる
 にいたかちょうのなきごえはあきばのやまにとどかず たちまち消える
 わたしはわたしがかかえている不在を少しも傷つけない
 もう誰かもわからなくなったしょうじょのしたいをわたしは食べたい
 いつからわたしでなくなったのか このおんな
 わたしはふたたびひとつになりたいのです
 わたしは九月にきみを生き返らせようとした
 わたしを拒否したのはきみだったのか
 わたし
 わたし わたし
 きみのいた一年は輝きが薄められ 空白が目立って 電話がなった
 なまえはない


 おもえばわたしにもなまえはなかった


 なんどもなんどもしんでいくかってないのちをまたいきかえらせて
 わたしはもはやどこにいるのかもわかりません
 かなしみをひろう
 わかうらのやまがしずかにないています
 らいねんには はたちのかのじょをおもうのでしょうか
 あきにたおれる あれはなんというはなか
かのじょは
 ゆきのはらにふりつづけるしろいあめなのです
 あとあのあいだにおんなのくびをしめる
 なまえをつけない
 つきのひかり
 わかうらにひびくかねのおと
 しずかにいきはく
 いきをはく



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求愛や越権
 クマクマ


まるくあった裂け目だ。そのように生じる他にないのは、密室の丸ごとの気狂いや身悶えに含まれる等しさやおかしさ。
              ついに殴るあなたを見つけ出せないあなたの猫背を撫でさすってやれないのは、生きているものと生きられた筈のものをそこに並べ置いたなら、わたしを光と影の帯流に爪先すらもかすめさせずにはじき出していたかも知れないから。
    どうぞ、見つめないでくれ。射ぬかないでくれ。

ささげた果実の皮の発色一つひとつの構成を、誰も把握に努めない。
つぶてを放る。ヤブレル。このすべからくは、望んだものや望めたものであって、敵ですらなく。痩せた白紙であったり、太った白紙であったり。
糸を切った凧のような構図がゆすぶって ゆらめいて、話の話は肢を小さく短くして。走らない、走れない。その刻みのところどころが、こなごなにぼけて安定を保つ。
もろびとの乳や蜜のおびただしい送り迎え はばたき。

ただの一人も否定しないからこその、夢の孤独があった。
                          銹びているのは、ふさぎきれないおびただしい断面か、凝らされたしぶきか。

砂が吹き込むばかりのうろの底で、アリ続ケルコトノ正誤ヲカタロウ。求愛や越権。
わたしたちは一蹴を待った。昼夜を繰り返した百年の生地を練りあげる。折りたたむ。あなたたちは一撃を待つ。老いたケルビムのまどろみ 刃こぼれに。能うことに期待はできない。

止揚された日常と謝肉祭のあわいだ。折りにふれてしたり顔をうかがわせるものの怪たちは可燃性か、不燃性か。
           彼らからのべつに手渡される、受け取る書簡の続きを綴れ。



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夜の帳
 如月

川に流されている
小さな魚のように
無数のテールランプが、
押し流されている

コンリートのビルの群れが
冷たく照らされはじめ
音もなく大きく
街が広がっていく

 *

道路工事の標識が立ち並び
夜警の赤いランプを
誘導員が揺らしている
真夜中ではない真夜中で
白いため息が舞っては消えて

そのほころびを結びつけて
私たちは満たされていく

煙突の煙が彼方
骨はここにはありません

 *

散り敷かれた夜の袖が
はためく雲の隙間に
密かに響く鹿の鳴き声は
願うすべを知らない
山々の声

 *

 ねんねこよ
  ねんねこよ

手のひらの奥で
鳴りやまない母の歌

誰も知らない記憶の底で
誰も知らない秘密の歌を

 *

いつもの公園を通りすぎる
相も変わらず人気はない

冬と呼ばれるお前が
そろそろ来る頃合いですか
枯れ葉はすでに
つむじ風の仕草にまかれて
去ってしまったよ

まつ毛をふるわせ
爪先まで染み渡る風に
ここが秋だとやっと知る

電灯で照らし出された木々が
さやさやと揺れている
波打つ池は煌めいて
どこか海に似ていた

 *

街のかがり火の向こう側
夜警の赤いランプが
ゆらゆらと
真夜中ではない真夜中で

夜の帳が、ゆっくりと
私へと開かれていく

 ねんねこよ
  ねんねこよ

母の歌がいつまでも
鳴りやまない、
固く閉じられた
手のひらの奥で
本当の声を枯らしながら
せめて夢を、と願うのです

指先でなぞるようにして






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